第7話

長老?この村にはそんなやつがいるのか。

一体吾輩に何の用事であろうか?

吾輩は首をかしげる。


「お前のことを話したら、一度お前に会ってみたいってさ」


首をかしげている吾輩にダニエルがそう伝える。

なるほど。吾輩はレベッカを助けた命の恩人だからな!

お礼にうまいメシでも食わせてくれるのだろうか?

そういうことなら、仕方がない。出向いてやろう。

吾輩はダニエルに返事のニャーをする。


「大丈夫か?なら案内するからオレについてきてくれ」



ダニエルは家を出ると、どんどんと村の中心に進んでいく。

そして、レベッカの家より一回り大きい家にたどり着いた。


「ここが長老の家だ。長老!連れてきたぞ。」


ダニエルはその家の方へ一声かけると、そのまま家に入っていった。

これが長老の家……

吾輩はその少し大きい家を見上げる。

長老というやつが偉そうにする人間でなければよいが。

吾輩は偉そうな人間はあまり好きではないのだ。



中に入ると、長いひげを生やした人間が座っていた。

こやつが長老であろうな。いかにも長老っぽい恰好をしている。

吾輩は長老と呼ばれた人間をじろじろと眺める。


「ふぉふぉふぉ、お前さんがウワサの魔物であるな」


長老が吾輩に声をかけてきた。


「そんなところで話をするのもなんじゃ。そこにおかけなさい」


吾輩は長老に指示されたところに素直に座る。




「ほう、これはすごい!」


長老が驚きで細い眼を大きく見開く。

吾輩は何かしたか?ただ座っただけだと思うのだが。


「本当に人間の言葉がわかるとはの。信じられん」


こやつ!まさか吾輩を試したのか!

吾輩は長老に対して警戒心を高める。



「すまん、すまん。そう睨まないでくれ」


長老が笑いながら、吾輩に声をかける。

ダニエルが言ったことがどうしても信じられんでな」


「俺の言ったことは正しかっただろ、長老」


いつの間にか吾輩の隣に座っていたダニエルがそう答える。

一体ダニエルはこやつに何を言ったのであろうか。



「それにしても、驚きであるな。こんな魔物は初めて見た」

「やっぱり、こいつは珍しい魔物なのか?」


ダニエルが長老に興味深そうにたずねる。

そもそも吾輩は魔物ではないがな!


「珍しい以前に、正確に言うとそもそもこやつは『魔物』ではない」

「『魔物』ではない?どういう意味だ?」



老人特有の長い話を吾輩が簡単にまとめると、以下のとおりである。


・この世界のほぼ全ての生き物は体内に魔力を持つ

・人間と会話ができないものを『魔物』と呼ぶ

・エルフやドワーフなどは会話できるため、『魔物』には入らない



「しかし、こやつはそもそも体内に魔力を持っていないのじゃ」

「魔力を持っていない?そんなことがあり得るのか?」

「ごくまれにじゃが、そういった子どもが生まれると聞いたことがある。じゃが、魔力を持っていない『魔物』なぞ聞いたこともない」


まあ、吾輩はこの世界の生まれではないからな。

ちょっとだけ吾輩も魔法が使えるのかと期待はしていなかったぞ。本当だぞ。



「長老、ひとつ気になったことがある」


ダニエルが長老に神妙な面持ちでなる。

おそらくだが、吾輩がなぜあの「犬」に勝てたのかということであろう。

まさかこの吾輩が魔力がない代わりに天才的な頭脳を備えているなどと、

こやつらには想像できぬであろうからな。


そして、表情を変えぬまま、ダニエルはこう言った。


「もしかしたら、こいつ高く売れるんじゃないか?」


こやつ、かみ殺してやろうかな?


「おぬしはレベッカの恩人を売る気か!このアホが!」


長老がダニエルをしかりつける。


「いやだなぁ、冗談ですよ、冗談」


ダニエルが笑ってごまかそうとする。

こやつは本当に油断ならないな。



「まあ、おそらくだがそんなに高くは売れんよ」


長老は一応、ダニエルの質問に答える。


「なんでだ?珍しいなら高く売れるんじゃないか?」


吾輩も同じことを考える。

売られるのは嫌だが、高く売れないと言われるのもなんか嫌である。


「魔力がないということは、単純に弱いということだ」


そして、長老は吾輩に対して衝撃の言葉をかける。


「こんな弱い魔物みたいなものを買ってどうすると言うんじゃ」


吾輩はショックを受ける。こんなよぼよぼのじじいに弱いといわれるとは……




「でもこいつはフォレストウルフと戦って生き残ったんだぜ!」


そうだ、そのとおりである!言ってやれ、ダニエル!


「それはフォレストウルフがこやつを食う気がなかっただけであろう」

「どういうことだ、長老?」

「フォレストウルフは生き物を食らい、その生き物の魔力を自分のものとする」


長老がダニエルの質問に答える。


「魔力が高いものを好んで食らい、逆に魔力が低いものは好まない」


吾輩は嫌な予感がした。


「そして相手の魔力の高さを鼻にある独自の器官で感じ取るそうじゃ」

「さすが長老、長生きなだけあって物知りだな」

「はるか昔に『学院』で習った知識じゃよ。話の腰を折るんでない」


吾輩は長老の次の言葉を聞いたとき、ショックで鳴き声も出なかった。


「じゃから、こやつは何の味もしない栄養もないエサのように感じたのだろう」



吾輩の勇気は一体何だったのか……

ただ普通に逃げるだけでよかったのではないか!



「はっはっはっ!よかったな、まずそうなエサに見られて!」


ダニエルが吾輩を見て、大声で笑う。

こやつ、今度という今度は絶対に許さん!

吾輩はダニエルに怒りを込めた体当たりをする。


「なんだ、なんだ、遊んでほしいのか?」


しかし、吾輩の渾身の体当たりはあっさりとダニエルに受け止められる。



「ダニエル!お前がおると本題に入れん。家に戻っておれ」


長老がダニエルにそう告げる。


「はいはい。わかりましたよ。まあ、レベッカの世話もあるしな」


ダニエルはあっさりとそれを受け入れる。


「お前のメシの用意もしておいてやるよ!あの薄いスープだけどな」


そう言い残してダニエルはこの場を去っていった。




「決して悪い奴ではないのじゃがなぁ」


長老は独り言のようにつぶやく。

悪い奴かどうかは知らんが、少なくとも頭は悪いやつだな。

吾輩はダニエルをそう評価した。


「さて本題に入りたいと思うが、良いじゃろうか?」


長老が尋ねてきたので、ニャーと肯定の返事をする。


「まずは礼じゃ。レベッカを助けてくれて本当に感謝しておる」


長老は吾輩に対して深々と頭を下げる。


「この礼はたやすく返せるものではないとわしは思っている」


吾輩としてはうまいメシでもごちそうしてくれれば十分なんだが。


「そこで感謝のしるしとして、わしから一つ提案があるのじゃ」


吾輩は提案の内容が想像できず、首をかしげる。



「おぬしさえ良ければ、この村で我々と暮らさないか?」

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