第6話

吾輩は天才である。

だからこそ勝ち目がない戦いはしないようにしてきた。

戦うときは相手のことをきちんと調べ、弱点を見つけ、そこを狙った。

人間が言う「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」である。多分。


しかし今はこの「犬」の名前ぐらいしかわからない。

やつが吾輩の力がわからないように、また吾輩も奴の力がわからない。

そんな状況でこの作戦を行うのは非常に危険である。

吾輩の天才的な脳も成功の確率は低いと言っている。



吾輩は恐怖を理性で押さえつけ、勇気を奮い立たせる。

そして覚悟を決め、「犬」をにらみつける。

一方、犬は困惑したような表情で吾輩を見ている。

おそらく、吾輩を見くびっているのであろう。しかし、これこそ好機である。


吾輩は少しずつ「犬」の正面に近づく。

「犬」はそれをじっとただ見ている。

吾輩は一気にスピードを上げ、そしてそのままやつの前足に突撃しようとする。


しかしそのときであった。

やつは突然前足を振り上げたかと思うと、そのまま吾輩の体を払いのけた。

吾輩は近くの茂みに吹き飛ばされた。


なんという力だ。話にならないではないか。

吾輩は茂みの中に埋もれながら改めて力の差を感じた。

あの足の力では走って逃げたとても逃げ切れないだろう。

吾輩の命もここまでだったか……



しかし「犬」はいつまでたっても吾輩にとどめを刺しに来なかった。

それどころか吾輩の姿を完全に見失っているようだった。


なんだかよくわからんが、今が千載一遇のチャンスである。

そう判断した吾輩は静かに茂みの中から抜け出す。

そして、足音を立てぬようにゆっくりとやつから遠ざかった。



吾輩はやつが見えぬところまで移動した後、ようやく一息つく。

助かったのか?しかし、よくわからんやつだったな。

吾輩はやつの好みには合わなかったのだろうか?

まあ、確かに吾輩は食べてもおいしそうではないからな。

まあ、とにかく吾輩は無事生き残ったのだ!


さすが吾輩!!勇気があって運もある天才猫だな!!



さらに歩き続けると、とある場所にたどり着く。

それはあのくそまずい金色リンゴがなっている巨木である。

吾輩が辺りを見回すと、吾輩が昨日かじった金色リンゴが転がっていた。


ここからであれば、村への道がわかるかもしれないな。

吾輩は昨日の記憶をなんとか引っ張り出す。

そして、その記憶をもとに、吾輩の天才的な頭脳で考える。

おそらくこっちにまっすぐ行けばいいはずだ!

そう判断し、吾輩は辺りを警戒しながら歩みを進めた。



吾輩がレベッカと出会った小川に着くころにはすでに朝になっていた。

吾輩は小川を見つけると、前と同じように全速力で走る。

そして、その勢いで小川に顔を突っ込んだ。


生き返るであるな!

吾輩は生き残れたことを改めて実感した。

そして小川から顔を上げ、顔の水しぶきを飛ばし、目を開けると、



泣きそうな顔をしたレベッカがいた。

あとついでにダニエルもいた。



レベッカは吾輩を抱きしめながら泣いていた。


「クロマルー!無事でよかった!」


その様子をダニエルが驚いた表情で見ている。


「本当に生き残るとはな。大したやつだ。」



事の本末はこうである。

森から無事に戻れたダニエルたちは一度村にレベッカの治療をした。

そのときには森で採った回復草が役に立ったとのこと。

回復草はポーションにした方が効果が格段に高くなる。

だが、一応そのまますりつぶして塗っても多少効果があるらしい。

そして疲れをとるために一度休息をとった。


目を覚ましたダニエルが吾輩を探しに行こうとする。

すると同じく目を覚ましたレベッカが自分も行くと言い出したそうだ。

ダニエルはレベッカを連れていくことに当然は反対する。

レベッカは絶対について行くと泣きわめいたのであきらめたそうだ。

ダニエルはレベッカに弱そうだからな。

しかも、不思議なことに吾輩が小川の方から戻ってくると言い切ったらしい。


レベッカは一体何者なのであろうか?

もしかしたらこやつは魔法使いというやつなのではないか?

魔法少女レベッカ、元の世界だったらありそうなアニメである。

まあ、そんなことを気にしてもしょうがない。

それよりも問題は今の状況である。

吾輩の体はレベッカの涙でびちょびちょに濡れていた。

そして吾輩はレベッカに強く抱きしめられすぎて、死にそうになっていた。



吾輩は小川で体を洗った後、レベッカを背負い村へ帰るダニエルについていく。

レベッカはダニエルに背負われながら、吾輩の方をじっと見つめている。

そんなにじろじろ見られても困るのが……

少し居心地の悪さを感じながらも、吾輩たちは村に戻った。



家に戻った後、ダニエルはすぐにレベッカを寝床に寝かせた。

そして、事の本末などを村の人たちに伝えるに出かけた。

吾輩はやることもないので、昨日と同じカゴに入ってひと眠りしようとした。

しかし、吾輩をじっーと見つめる視線が気になって眠りにつけなかった。



「じーっ」


寝床に横たわっていたレベッカは見つめるどころか、口に出してしまっていた。

仕方がないので、吾輩はレベッカの方に近寄っていく。

それに気づいたとたん、レベッカは笑顔になった。


「クロマル、おいで!」


最初からそう言えばよかったのではないか?

そう思いつつも、優しい吾輩はさらにレベッカの手の届くところまで近づいた。

するとレベッカは吾輩を両手で捕まえて、自分の顔を吾輩の顔にうずめた。


「クロマルだ―」


はいはい。クロマルですよ。かわいくて天才なクロマルですよ。

吾輩はレベッカが眠りにつくまで、しばらくなすがままにされていた。



レベッカが吾輩のぬくもりによって眠りについたので、吾輩もカゴに戻った。

そして、ようやく眠れるかと思ったときにダニエルが戻ってきた。

ダニエルめ、タイミングが悪い奴だな。

吾輩は文句の意味を込めて、ニャーとひと鳴きしてやった。

すると、ダニエルがカゴの中にいた吾輩に気づいた。


「おお、クロマル。ここで寝ていたのか」


寝てはいない。むしろ寝ようとしていたのをお前が邪魔したのだ。

というかお前、吾輩の名前覚えていたのか?

吾輩が妙なことに感心していると、ダニエルが突然こう言った。



「今から村の長老のところへ行く。ついてきてくれ」

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