第5話
吾輩たちが森の入り口に着いたのは、日没の直前だった。
「レベッカー!いるのかー!」
ダニエルが森に向かってできる限りの大声で叫ぶ。
だが、返事は聞こえてこない。
ダニエルは立ち止まって何も聞こえないのを確認する。
そして覚悟を決めた表情をし、森の中に入っていった。
そのダニエルの後ろを吾輩もついていく。
夜の森は昼よりいっそう恐ろしい雰囲気をまとっていた。
魔物がいつ出てきてもおかしくない。
森の中心に近づくにつれて、暗闇と恐怖が増していく。
ダニエルはその恐ろしさを振り払うかのように、ゆっくりと歩みを進める。
と言っても、吾輩にはこの程度の暗さなど関係ない。
猫である吾輩は夜でもこのかっこいい大きな眼である程度見えるのである。
人間より猫が優れている能力の一つであるな。
まあ、天才の吾輩は人間に劣っている部分など一つもないがな。
日は完全に沈みきり、夜になっていた。
ダニエルは少し歩いては、レベッカの名前を呼ぶという行為を何度も繰り返した。
しかし、変わらず返事は返ってこない。
もしかしたら吾輩たちの勘違いで、森に入っていない可能性もあるな。
と吾輩が思った瞬間に、
「おにーちゃーん!」
と誰かが叫ぶような声がかすかに聞こえた。
レベッカ!!本当に森の中にいたのか!
吾輩はレベッカが本当に森にいたことに驚きを感じたが、その後安堵する。
まあ、なんにせよ見つかってよかったな。
そう思い、ダニエルの方を見る。
しかし、ダニエルの表情には変わらず恐怖と焦りが浮かんでいた。
吾輩はダニエルの様子に変化がないことに首をかしげる。
そして、理解した。ダニエルにレベッカの声が聞こえていないことを。
眼だけでなく、耳も吾輩に劣るとは。人間は本当に無能だな。
そう思い、レベッカのことを教えるためダニエルにニャーと話しかける。
「うわぁ!なんだ!」
ダニエルは大きな声を出して驚いた。
「なんだお前か。いつからそこにいたんだ。黒すぎて気づかなかった」
吾輩は完全に森の暗闇と同化していたらしい。
ずーっとお前の後ろにいたぞ。
「なあ。お前。レベッカを見なかったか」
ダニエルが吾輩に話しかける。
当然吾輩は人間の言葉で答えられないので、代わりにニャーと鳴く。
そして、自信満々な様子でゆったりとレベッカがいであろう方向に歩いていく。
こうすると人間はたいてい吾輩の後についてくる。
以前に迷子になった子どもをこうやって親の元に連れて行ってやった。
吾輩は本当に優秀で天才であるな。
案の定、ダニエルも吾輩の後をついてきた。
「なあ、本当にレベッカはこっちにいるのか?」
ダニエルは吾輩の後ろをついてきながら何度も何度も話しかけてくる。
心配なのは痛いほどわかるが、こいつ少々しつこいな。
そんなことを思い始めたとき、吾輩の耳に小さな泣き声が聞こえてくる。
レベッカだ!吾輩はそちらに全力で駆け寄る。
「なんだ!見つかったのか!!」
ダニエルも吾輩に慌ててついてくる。
「レベッカ!無事か!!」
ダニエルが叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
レベッカの返事が聞こえた。
そして、ダニエルはレベッカを見つけると、走り寄りそのまま抱きしめた。
「良かった。本当に良かった」
ダニエルも涙を流していた。
吾輩も涙を流しそうである。感動モノには弱いのだ。
しばらく二人は抱きしめあって涙を流していた。
「お前もありがとな。本当に感謝している」
ダニエルが吾輩に感謝の言葉を述べる。
「あれっ、なんでお兄ちゃんとクロマルが一緒にいるの?」
レベッカが首をかしげる。
「いつの間にか後ろにいた。レベッカを探すのを手伝ってくれたんだ」
「そうなの、クロマル!ありがとう!」
レベッカがダニエルを振りほどき、吾輩を全力で抱きしめる。
痛いのである!吾輩は抗議のためにニャーと鳴く。
それに気づかぬレベッカは吾輩をしばらく抱きしめ続けた。
さて、あとは村に帰るだけであるな。
何も起きなければよいのであるが……
レベッカが森に来た理由はやはり吾輩のようだった。
レベッカの話をまとめるとこうである。
・吾輩を探しに森の入り口に来る
・見当たらないので、どんどん森の中に進む
・気づくと森の深いところに来てしまう
・あわてて帰ろうとしたら、足をひねって歩けなくなる
ダニエルがぎろりと吾輩をにらみつける。
吾輩は悪いことをしてないと思うのだが……
「まあいい、すぐに村に戻ろう」
ダニエルはレベッカを背負いながら言った。
「魔物に出くわしたら大変だからな」
そして来た方向に戻ろうとしたとき、吾輩は背中に気配を感じた。
嫌な予感がして、振り向くとそこには「犬」がいた。
前に出会ったものと全く同じ「犬」かは分からない。
だが見た目で考えると同じ種類ではあるだろう。
吾輩に少し遅れて、ダニエル達も「犬」の存在に気が付く。
「お兄ちゃん、あれってもしかして……」
「まずいな、フォレストウルフだ」
どうやら「犬」ではなく「狼」だったらしい。
「奴は魔力を感じ取ることができるらしい。逃げ切るのは難しいかもしれない」
魔力?この世界には魔法でもあるのか?
「おにいちゃん、私を置いて逃げて!」
レベッカがダニエルに言う。
「バカか!そんなことができるわけないだろう!」
素晴らしい兄弟愛である。
確かにこの状況は非常にピンチである。
この状況で2人とも無事に逃げる方法は天才の吾輩でも1つしか思いつかない。
吾輩はダニエルたちとフォレストウルフの間にゆっくりと移動する。
「クロマル!」
「お前、まさかフォレストウルフと戦うっていうのか?」
戦えるわけなかろう。だが、時間稼ぎぐらいはできるはずだ。
「クロマルにそんなことできるわけ……」
「いや、わからない。もしかしたらこいつは強い魔物かもしれない」
こいつには吾輩がどう見えているのか?
どう見てもただのかわいくて頭のよさそうな猫であろう。
「どちらにせよ、こいつに任せるしか方法はない」
ダニエルは吾輩の背を見て声をかける。
「すまない、逃げさせてもらう。恨んでくれてもかまわない」
吾輩は気にするなという意味を込めてニャーと鳴く。
その返事を聞いたダニエルは、レベッカを背負ったまま村の方へ駆け出した。
「クロマル!死んじゃだめだよ!」
レベッカの声が遠ざかって聞こえる。
さて、カッコつけてはみたものの、正直勝てる方法はまるで思いつかない。
サイズが違いすぎるし、そもそも吾輩には攻撃手段というものがほとんどない。
ネズミだったら倒せなくもないが、あんなのにはかすり傷にも与えられない。
唯一の救いが、奴が吾輩に襲ってくる様子がないことである。
というより、なにか戸惑っているように見える。
まるで今まで見たことない生き物に出会ったような態度である。
そこまで考えて、吾輩は気づいた。
やつは警戒をしているのだと。吾輩という未知の生物に。
おそらくこの森には吾輩に似た生き物がいないのであろう。
だからこそ吾輩がどのような攻撃をしてくるのかわからないのだ。
であれば、吾輩はとる方法は一つである。
それは奇襲からの即離脱である。
作戦はこうである。
まず、吾輩がやつに攻撃を仕掛けるふりをする。
するとやつは吾輩の攻撃を躱すか防ぐだろう姿勢をとるだろう。
そしてやつがその姿勢をとった瞬間、吾輩は全力で逃げるのである。
そうすれば、奴はあっけにとられ、気づいたときには吾輩はもういない。
名付けて「猫だまし」作戦である!!
さすが吾輩、天才であるな!!
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