第4.5話 僕は君の理解者だよ
「さっき僕が言ったことを覚えている、ハンナ?」
「どれのことですか?」
彼女はエドワルドに振り向いた。長いまつ毛が濡れていて、不謹慎ながら綺麗だなと彼は感じた。
「『理解ある上司が付いてあげないと、冷遇されるよね。君の性格をきちんと理解してあげる人がいないと』って。僕はもう、“君を理解したよ”」
「ううううう……」
(ズルい言い方だけど、仕方ない。この子は誰よりも“自分に対する理解者”を求めているんだ)
彼女は心情を吐露して、少し落ち着いてきていた。だがエドワルドの優しい言葉を聞いて、またボロボロと泣き始めた。彼にとっては、ある意味狙い通りではあったが。
「君が自分自身に纏わせていた鎧は、君とって呪いのようになっていたんだよ。でもそれがとっても重くて辛そうだったんだ。必死に自分を守ろうとして、鎧の中で怯えているよね」
「私は……私は……」
ハンナは動揺していた。もうこれ以上の醜態を見せることは無いだろうと思えるほど堕ちていたが、心が丸裸になっているところに更に手を差し伸べられ、混乱を極めていた。
「無理に言葉を出そうとしなくてもいいよ。ただひとつだけは覚えておいて欲しい。君のことを誰も理解しようとはしなかったけど、僕は君のことを理解してあげられる。君の最大の理解者は、君の新しい村長であり、上司である僕だよ」
「私の事を見てくれるのですか? 私の事を見捨てて、飛ばしたりしないですか? 私はもう失態まみれです。だからもう棄てられるかなって……でもこれ以上飛ばされるところが無いからそろそろ解雇を覚悟していました」
不安そうにエドワルドに目を向けたが、彼女の能力は彼の認めるところである。むしろ手放したくなかった。こんな優秀な部下を手放したいって思う馬鹿上司がいるわけが無いと言いたいが、散々手放されてきた捨て猫だ。悪いが彼にとっては僥倖でしかない。
(ゴミ箱だと思ったら宝石箱だったよ。ダメだよ、こんな育て甲斐のある子を放置したら。優秀な人がいても、上司がクズならここまで堕ちるんだな。最近特に感じることだ)
「大丈夫だよ、安心してくれ。さあ、君のことを僕にもっと教えてもらいたいな。君は何が好きなんだい? 君は何をしたら喜ぶんだい? 君は何をすることに生き甲斐を感じるんだい?」
エドワルドは、優しく語り掛けるように表情を和らげた。手を差し伸べ、涙の川におぼれかけた彼女の前に藁を差し出したのだ。
「あっ……えっと……」
「これから一緒に働いていくうちに僕に教えてよ、君の魅力をもっと知りたいんだ。ねえ、僕は君に比べたら大したことのない人物なのかもしれない。それでも……こんな村長でも付いてきてくれるかい?」
「うっ……ぐすっ……」
ハンナは心の高ぶりを感じていた。彼女は、世界に否定されているような感覚に襲われながら、常に自分を肯定し続けなければならないという焦燥感に追い込まれていたのだ。歩みを止めればきっと自分が自分でいられなくなる。
「頑張り屋のハンナ、自分の人生ときちんと向き合ってきたハンナ、ここに飛ばされても、自分を曲げることをしなかった強い女の子のハンナ……君は素晴らしい人間だ。もし君の事を誰から否定したら、そいつを僕が否定してやる」
エドワルドは、ハンナの背中を撫でていた。まるで愚図っている子供をあやすように。
頑張れば頑張るほど、世界はより自分を強く否定してくる。彼女にとって、世界というもの全てがそんな感じがしていた。
意地の張った先に流れついた場所は、島流しのような部署。そこでも否定されてしまった自分に居場所なんてものはもうどこにも無かった。
「おいで、ハンナ。僕はどこにも逃げないし、君から目を背けたりしない。間違えれば正してあげて、正しい行いにはきちんと褒めてあげるから。信賞必罰の正当な執行は上司の仕事だよ」
エドワルドは彼女に手を差し伸べる。彼の差し伸ばした手の先に伸ばされた藁は、充分すぎるほどの救いであった。彼女はエドワルドの手を掴んだ。それが自分の存在を認めてくれる唯一の人だから。
「はい……私、村長さんに付いていきたいです。それで……みんなから認められる人になりたいです。私、変わりますから!」
彼女は必死の表情でエドワルドの目を見ていた。エドワルドは彼女を優しく包むような笑顔で受け入れた。
「変わらなくてもいいんだよ。君はそのままで充分すぎるほどに魅力的なんだ。」
「本当に……ですか?」
「今まで君の周りに味方がいなくても、誰ひとりとして君の存在を認めなくても、例え世界が君を否定しようとしても……僕だけは……ずっと君の味方だよ。もう上司に恵まれない日々は終わりだよ。見せてあげるから……上司の違いってやつをね」
エドワルドは言い終わると、悪戯っぽくウインクして、自分のセリフの恥ずかしさを誤魔化した。
「さあ始めようか。認められなかった者同士、追い出した連中が後悔するぐらい盛大に復讐してやろう。楽しくなってきたじゃないか。僕達のような宝を棄てた連中が後悔するぐらい大活躍しよう。先に僕がお手本を見せてあげるから、付いてくるんだよ」
彼女の目から涙は止まらなかった。だが、彼女の顔は生きてきた中で1番の笑顔であったことは間違いない。
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