第4話 例え君が否定されても僕が肯定する
エドワルドの前で泣いていた彼女であったが、ようやく落ち着いたようだ。彼女は立ち上がると、服装を正して彼に正対した。エドワルドは自分のハンカチを彼女に渡し、恥ずかしそうに自分の顔を拭いていた。
「はあ……参りました。前の村長さんは黙って決裁するだけでしたし、異動前の勤務地でも指導してくれなかったので、自分のことを完璧だと言っていました。自己評価を上げないとやっていられなかった状況もありますが」
「みんなはよっぽど君と君の仕事に興味が無かったんだね。書類って見ればなんとなくなんだけど、性格が読めちゃうんだよね。もちろん万能ではないけど」
(腫れもの扱いされている可能性も否定できないな、この子。最近は女性の役人は珍しくないけど、場所によっては嫌われている可能性も否定できないからね)
「私の性格……丸裸にされちゃいました。でも私は私の事をきちんと理解できておりません。どうしたら良いのでしょうか……このままでは嫌です、教えてください、村長!」
彼女はスカートの裾を皴になるのを機にせずに強く握った。エドワルドは向上心のある者は好きであるが、目の前の少女は言葉を誤れば砕けてしまいそうである。彼はどの程度で教育するかを図っていた。刹那、エドワルドは口を開く。
「焦っちゃダメだよ。急に変わろうとしても大変だからさ、一緒に過ごして覚えていこうよ。まずは人付き合いからだね」
「人付き合いが苦手ってわけじゃありませんけど……」
ハンナは否定する。だがエドワルドは納得しなかった。心の根っこの部分にある人間不信が目の深淵に隠れている気がした
「苦手の証拠に、他人が積み上げたデータの整理が甘いでしょ。他人の書類なんて触りたくないってことが伝わっちゃった。人間不信の最たる例が僕の前に映っている」
彼はハンナを見つめた。彼女は指摘されたことにハッとした顔をしている。
「理解ある上司が君に付いてあげないと冷遇されちゃうね。君の性格をきちんと理解してあげる人がいないと、また勘違いされて飛んでいくよ。まあここが飛ばされる限界か。とはいえ、君は自分をもっと知ってもらった方がいいよ」
「すぐに変わります、変わってみせます。そうすれば私は活躍できますよね」
軽い覚悟だなと彼は感じた。人格の否定に対する防御本能が働いているかのように、彼女の返答が早かった。
(若いな……だが、その若さが仇になっている。能力が高いから、肝心な部分が育たなかったのかもしれない。優秀ってのも大変だなぁ)
「君の年齢は?」
「19歳です」
エドワルドは想像以上の若さに少し驚いていた。たった4年で少なくとも3回は異動していることを考えれば、相当優秀なのか、それともヤバい問題人物としか考えられない。
「19年間、君はその性格を作り上げてきたんだよ。それを明日から急に180度変われるとは思えないんだよね。【男子、三日会わざれば刮目して見よ】なんて言葉は一応存在するけど……難しいよ?」
「だったらすぐに変わってみせます。何も問題はありません。3日で変わります」
鼻息荒く彼女は答えた。だがエドワルドは首を振る。
「甘い理想だね。厳しいことを言うようで申し訳ないけど、その性格を完全に変えたいなら数年間はかけないと無理だと思うよ。それか……今まで自分が全くやったことのないことでもやってみるかだね」
「ううううううう……」
ハンナはスカートを握りながら悔しそうにしていた。彼女は震えながらボロボロと泣いている。エドワルドは泣かすつもりは全くなかったので、どう対応したらよいか分からなくなってしまった。
「私だって……私だって……男に交じっても負けないように頑張ってきたんです」
「よく頑張っているとは思うよ。後は、正しい方向に頑張るだけ」
「でも、女だから何もできないって言われてきて、女のくせにって……女は……女は仕事ができないって言われたから……頑張っても、どうせ結婚して家庭を持って仕事に来なくなるって言われて……負けたくなかった、負けたくなかったんです!」
「あらららら、気持ちが溢れちゃったか。よしよし、言いたいことがあるなら全部吐いちゃいな」
一旦落ち着いた彼女であったが、また泣き出してしまった。1度目は彼の優しさに触れて溶けだした心。2度目は自身への不甲斐なさである。彼はまた彼女の背中を擦った。本音を言えば彼の方も泣きたい状況なのだが、目の前で泣いている女の子がいたら頑張るしかない。
(ああ、コンプレックスを拗らせたまま孤独に陥って、間違った方向に全力で進み続けたパターンか。可哀想に……導いてくれる人がいなかったんだろうな)
「私の家は裕福でした。でも子供が女の私しかいなくて……男を家に引っ張ってくるだけの存在として育てられました。私は……私は悔しかったんです」
「名家にありがちな考え方だね。先祖代々の土地や財産を守るための手段だから、否定はしないけど。君の自尊心が傷つけられちゃったね」
センチュリオン王国は現在の国家が形成されてから、戦争らしい戦争はない。それ故、功労者達は現在の財産を守ろうと躍起になっているのだ。
「私だって立派に家を引き継ぐことができるってことを見せたかった。決して、決して結婚するだけの存在にはなりたくなかったのです。家族に私の存在を認めさせたかった、立派な大人として!」
「大変だよ、その生き方……家族は味方になってくれないもんね。まあ僕は大好きだけど」
人生にはレールが敷かれている人もいる。レールを敷く側の人間は無邪気な善意で動いているのだ。それに逆らって進むことは、敷いた側の存在への強い否定だ。それを成長と取るのか、反抗と取るのか。それは人それぞれだ。
「大変だったんです……本当に大変だったんですよ……! 勉強だってやりたいって言っても、両親からする必要がないって言われてしまって……だから私は隠れて必死に頑張りましたよ!」
「大したもんだね。凄いよ」
「仕事だって頑張って受かって喜んでいた所で、両親に沢山説教されましたよ。両親を説得するために、『エリート男性を捕まえるために頑張りました、これで我が家も安泰です』って言ってやりましたよ」
(親からしたら反抗期の娘に見えたのだろうな。両親なりの愛情だろうけど、必ず受け入れられるものでもないからね。レールも敷き終わった後だろうから、なお余計だろう)
彼女の涙は止まらない。足元に水溜りが出来てきており、嗚咽交じりの鼻水交じりで、端正な彼女の印象が完全に崩れている。
自らの感情を吐露し、必死に生きてきた様を見たエドワルドは、ハンナがとても魅力的な女性に感じた。意地を張れなかった自分と対照的に見て、好意を持てた。
「強いね。でも強すぎてポッキリと折れちゃったか。でも人生はまだまだ長いよ、先がある」
「ハハ……ハハハハハハッ……それだけプライドが粉々になるような、自分の頑張りを否定するようなことを言ってまで働いていたのに……結局上司と喧嘩して飛ばされて……村長に逆らったら牢屋に入れられて……私には仕事しか残っていないんです、仕事だけなんです!」
「それ以外もあるって、幸せになる方法なんていくらでもさ」
「仕事だけが私の存在価値なんです! ここを否定されると、私は……!! ふふふふっ」
自嘲気味に彼女は笑った。あまりに報われない人生に絶望して、笑うしかなくなってしまったようにも見える。
「仕事にだけ自分の居場所を見出すとしんどいよ。他のも見つけないと」
「いいんですよ。どうせ私なんて誰にも理解されなくて、次は森の中にでも左遷されるんですよ……ふふふ……精一杯頑張って生きてきた結果がこれなんですね」
「まだ19歳じゃないか、まだまだ人生が残っているよ。まあここに飛ばされて絶望しているかもしれないけどさ」
「♪ながれて~ながされて~おぼれて~とんで~酒に~おぼれて~まわる~……へへへへへ」
彼女は膝を落とし、村長の机に片腕だけ乗せて俯き、人差し指で机の上を丸くなぞっていた。エドワルドはそんな彼女の側に寄り、腰を落として顔の高さを同じにした。慰めではない彼の本心は、彼女の心を救うことが出来るだろうか。
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