第2話 自信家な出納係

「よーし村長さん、ここがあんたの職場だ!」


 担がれたエドワルドが見た光景は、違和感の塊であった。彼はこの村がただの山の多い田舎の村だと思っていたが、まるで様相が異なる。役場だけ何故か整形された石材で作られている。豪華すぎないかとエドワルドには疑問しかなかった。


「あの……なんでこの村に不釣り合いな建物が建っているんですか? 言っちゃあれですけど、他は簡素な木造だったじゃないですか、違和感しかありませんよ」


「ああ、石材で作った立派な役場だろ? なんでも最初にこの村に開拓に来た奴らは、相当な見栄っ張りで我儘だったらしいぞ。開拓そっちのけでこんな物を作らせたのだから、そりゃ当時の村人達は相当苦しんでいたんだとよ」


(見栄のために村人を犠牲か。偉い奴はどこまで行ってもやることが変わらないな)


「そうなんですか。嫌な予感がするので聞かない方が良いのかもしれませんが、その時の村長はどうなりましたか? 追い出されたのかと思いましてね」


「村人と喧嘩して吊るされた。記念すべき第1号だとさ」


「予想通りすぎて、驚きすら出ませんよ」


 この村は悪行をすれば大木に吊るされる文化でもあるのだろうか。彼はまだ1日も働いていなかったが、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。行く場所なんてないのだが。


「まあこんな辺鄙な村だが、住めば都だ。あの豪華な建物の中で仕事をしていりゃ、問題はねえからよ。良い場所の分、良い仕事を期待しているぜ」


「怨嗟の声の詰まった見栄っ張り役場でね」


 ダドリエルはエドワルドを逃がさないようにするためか、ずっと肩で抱えたまま役場の中へと入っていく。中に入って右に曲がり、廊下を少し歩いたところで何かの事務所に辿り着いた。入り口の立て看板には、【本部】と書いてある。


「入るぞ」


 ダドリエルがそう言うと、事務所の中に入っていった。事務所の中はかつての政庁で働いていた時と変わらないものである。机が数個並んだ一番奥に鎮座する机に【村長】と書いてある木札のネームプレートが置いてあった。


(事務所のレイアウトは、何処に行ってもそう変わらないものなんだな。安心できるものの、新鮮味が無くて残念だ)


 事務所の入り口に入ってすぐには【出納係】と書いてある札がある、カウンター付きの机があった。ようやく降ろされたエドワルドは、ひとりの女性に声を掛けた。


「お……お疲れ様です」


 彼は声を掛けてみたが、声が小さかったか無視をされているかのようで、返事はない。思わず彼は、じっと彼女を見つめた。


 彼女は眼鏡をしており、クリーム色の髪を短く結わえたポニーテール、スラッとしたスタイルの良い言わばカッコ良い女性であった。ただ若さも見え、童顔である。


「おーいハンナ、お前の上司を連れてきてやったぞ」


 彼を降ろしたダドリエルは、豪快に彼女に声を掛けた。彼も、もう一度改めて挨拶をする。


「はじめまして、本日着任したエドワルドです。よろしくお願いします!」


「すみません。今、仕事をしているので話しかけないでもらえますか。はっきり言って邪魔です」


「わおっ! ダドリエルさん、この子は変なクスリでもやっているのでしょうか?」


 彼女はエドワルドの顔を見ることすらなく、手元にある書類を素早く片付けていた。左手は手元にある算盤をパチパチパチと子気味の良いリズムで弾いており、右手は書類の項目のひとつひとつを丁寧に色鉛筆でチェックしていた。


「至って通常運転だ。すまんが仕事に集中させてやってくれ」


「分かりました。仕事は免罪符になるって学びましたよ」


(こいつ……僕は一応上司になるはずなのだけど、何考えているんだ? 何も知らなくて、ただの流民とでも思っているのかね)


「すまんな村長。こいつも悪い奴じゃないんだが、何というか……不愛想なだけなんだ」


「不愛想で片づけられる領域を突破していると思いますが、この村基準として受け止めますよ」


 彼は申し訳なさそうに言ったのだが、返ってきたエドワルドの返事は皮肉たっぷりである。彼女も問題だが、親切にしている彼に対するエドワルドの態度もかなり悪い。


 エドワルドとしては多少ムッとはするものの、仕事の邪魔をする気はない。前の職場であれば、罵詈雑言と説教と名の付いた暴言のオンパレードを受けていたので、むしろ子猫に甘嚙みされている程度にしか感じない。


「じゃあな村長、仕事が終わったら村のみんなを連れて挨拶に来るからよ。帰らずに待っていてくれや」


「そんちょーさん、バイバーイ!」


 ダドリエルは重そうな槌を軽く肩にかけ、モリーはブンブンと全力で腕を振りながら事務所を後にしていった。彼は、仕事をいきなり始めるのではなく、役場内の散策に出かけた。


(僕は邪魔らしいからね、終わるまでは放置しておくのが吉ってもんだ)


 事務所を出て左側に出てみると、お手洗いと調理場のようなものがあった。更に奥に進んでいくと、倉庫のようなものがある。鍵がかかっていなかったため、中を開けてみると、使われていない農具などが沢山転がっていた。


「流れに流れてたどり着くはダスターランド。そんな所に建物だけは立派な役場がポツンと建っていました。多くの人で働けそうですが、ななななんと役人は僕を含めて2名だけであります。一体他の連中はどうしたんだ。全員精神が病んで休職中かい?」


(せっかくの可憐な女の子なのに、ああ怒ったかのような吊り目で接されると台無しだね。枯れてしまった花瓶の花を見ている方が、まだ心が落ち着くよ。なにせ棘が無い)


 話し相手を失ったエドワルドは、観客のいない独りぼっちの悲しい漫談が始まった。


「なるほど、これが王国民の皆様から非難される“ハコモノ行政”とはまさにこれの事でありますな。責任者の首は晒されるのがお似合いだ! ってもう吊るされとるやないかい! ハッハッハ……違うか!」


 エドワルドは少しでも楽しくなれるように、両腕を高く掲げて手首のところをクロスさせ、右へ左へ揺れながらふざけて歩いて事務所に帰ってきた。


「♪僕達は~責任はあれど権力はない悲しき存在~今日も今日とて叱咤激励を沢山いただき~中身はただの罵詈雑言~熱血指導の皮を被って~今日も誰かを軟禁状態~あゝ 国家の奴隷か~上司の奴隷か~同情するなら給金を上げてくれ」

 

 ふざけた歌を上機嫌に歌いながら事務所に帰ってくると、決済の書類を入れた箱を持って村長の机の前で待っているハンナの姿があった。どうやら、話しかけても良い状態になったようだ、何様だ。


「あっごめん! 待ってくれていたんだよね、ちょっと役場の中を探検していたんだ」


「いえいえ、私も先ほどは失礼いたしました。仕事を邪魔されるのが嫌いで……ついあんな口をきいてしまうのです、申し訳ございません」


(気が付いているなら直そうよ。まだ初対面だから黙っているけどさ)


「とりあえず、この机の上に重そうな決裁箱を置いてもらっていいかな?」


 ハンナは箱から書類が落ちないように、ゆっくりと置いた。とんでもない量を作っている。着任したての村長に対して渡す量ではない。


「それじゃあ改めて自己紹介するね。僕の名前はエドワルド、王都のヴァリアントからこちらに来ました」


「我が国の首都から来られたのですね」


「うん。でも急な命令を受けて即日異動だったから、実はこのダスターランドについて全然知りません。それにただの役人として働くと思ったら強制的に村長になっちゃいました。だから色々と教えてね」


 彼が右手を差し出すと、彼女は両手で握り返してくれていた。


「私はハンナと申します。元々は王都の隣接都市であるトータスの政庁の出納係を務めておりました。その次は隣接都市のコンカラーで同じように働いていましたが……上司との折り合いが悪くて、いつイラっとして不正経理を告発しようとしたらここに飛ばされちゃいました」


「正しいことをしようとしただけなのに、可哀想だね」


(僕も色々と告発できる材料は準備していたけど、出来なかったなぁ。反撃するなら、元気なうちにやらないといけない教訓を得たね)


「そう言っていただけると助かります。それでここに来てからも村長達の横領の手伝いをやらされそうになって、拒否していたら牢屋に入れられちゃいました」


「罪人が無実な人を投獄とな? 何罪なのか気になるけど、続けて」


(牢屋? 横領拒否で投獄されるなんて、法が無いみたいなもんだな)


「ええ。それでようやく解放されたのに、気が付いたら事務所には私ひとりだけでした。本当に、来ていただいて嬉しいです。この広い事務所に私だけは寂しすぎますから」


 彼女は少し照れ臭そうに言った。確かにこの事務所の広さに独りぼっちは辛すぎるだろう。


「それなら良かった。ところで横領以外に、前任の村長さんの仕事ぶりはどうだった?」


「酷かったです。飛ばされる前の職場で働いていた人の悪口と、ここで働くことへの愚痴ばかり。飛ばされる前はまともであったと信じておりますが」


「信じる者は足元をすくわれるってね。自己愛の高そうなポンコツ臭のする人達だから、横領にも手を出すのだろうさ」


(どこに行っても真面目に働けってのは酷だけど、性根が腐っているのはどうしようもないか)


 エドワルドは率直な感想を言ったつもりだが、それが彼女にとっては面白かったらしく、ケラケラと笑っていた。


「ふふふ、ここの村人は怖いですよ。ただ、仕事のミスについては寛大です。でも悪意を持った仕事をしていると、彼らは敏感ですからすぐに気が付いてしまわれます。真面目に頑張っていきましょう、それに逃げられませんからね」


「元よりその覚悟だよ。ところで、他の人達の机が汚いね。野盗にでも襲われたのかって言いたくなるぐらいの荒れ模様だ」


 ハンナの机の上以外は、書類が散乱している。こんな状態であれば、どの書類がどこにあるのかを探すのが大変になるのは目に見えている。良好な職場環境とは到底言えない。


「吊るされた皆さんは、勤務時間中に襲撃されましたからね。私もその時に解放されたのですが、衰弱しておりました。なので、ダドリエルさん達に助けてもらって休ませてもらい、今日からちょうど復帰だったのです」


「大変だったね。じゃあ悪いけど、書類を決裁している間はお片づけをお願いしても良いかな?」


「はい、畏まりました村長。ただ書類はそのまま決裁していただいて結構ですよ。私の仕事はですので、今までミスをしたことがありません」


「随分な自信だね」


「その分、仕事の邪魔をされたら怒りますけどね」


(そんな態度取って、逆襲されても知らないよ。まあただの出納の仕事だから、そこまで点検が難しいものでもないか)


 彼は書類を受け取ると、何気なく点検を始めた。だがこの点検が、彼女との距離を破壊することになるとは、誰も思わなかっただろう。

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