追放された悪徳官僚による領地開拓は、どこからどう見ても合法です
翔鳳
第1章第1部 全ての始まりの村
第1話 ようこそ、ダスターランドへ
「エドワルド、お前はあのゴミ溜め達の集まりの孤島であるダスターランドに異動だ! 終わったな、お前の人生は! お前のような卑しい生まれのクソッタレにはピッタリな異動先だろ? 俺が人事に言ってやったんだ、感謝しろよ!」
センチュリオン王国の政庁にて、突然大声が上がった。声の主はエドワルドの上司であるイノセントであった。彼は色黒で黒色の短髪、背は高くもなく、低くもない男であったが、腹は出ていた。更に優越感に浸る彼の顔は不気味なほど醜く、エドワルドをギョロギョロといやらしく見つめている。
「そんな……僕は毎日必死に働き続けてきました! どんな無茶な命令だって、どんなに残業したって、どんなに職場で朝を迎えたって……僕は可能な限りお答えしてきたはずです! 手も散々汚してきたじゃないですか」
「成果が出てねえんだよ、成果がよお! てめえは無駄に残業だけやって、俺の指導に応えきれなかったんだよ! やっぱり片親の貧民生まれの貧乏育ちには何もできねえってのがよく分かったぜ!」
イノセントに理不尽な命令を突きつけられたのは、エドワルドと言う青年であった。彼はセンチュリオン王国の貧困層の生まれであり、背は高くもなく低くもないが、やせ型で、苦労のためか白髪の多い黒髪である。ずっと政庁に籠りきりのため、青白い肌をしていた。
「僕の仕事を表立って評価できないだけじゃないですか、それを何故今更?」
「おいおいまさかお前、上司命令に逆らうって訳じゃないよなぁ?」
理不尽な命令を下していたイノセントは、センチュリオン王国の上級官吏を輩出し続けてきた家系であり、貧困層出身のエドワルドを目の敵にしていた。選民思想がかなり強い。
エドワルドは毎日辛い目に遭っていたため、辞めたいと何度も思っていた。だがその度に母子家庭の貧困層にいながら、息子に学を与えるために自分自身の食事を抜きながらでも必死に働き続けてきた母の姿が目に浮かんで踏みとどまっていたのだ。
「わか……分かりました。ただ、申し送りをしなければならないので、数日資料作りの時間をください。特に僕のやっていたことは、他の誰かにはかなり厳しいと思います。こんなの、誰も引き継げないでしょうに」
エドワルドは唇を噛みながらも必死に言葉を絞り出した。自分の不手際を罵倒されるのは受け入れられたが、母を馬鹿にする言動には腸が煮えくり返っていた。それでも殴ってしまえば母の頑張りが無駄になってしまうので、あと一歩と言うところで耐え抜いた。
「てめえごときの仕事なんざ、申し送られなかったとしても誰でも出来るんだよ! 明日には出立しろ、貧乏臭えガキが! 無能が俺の視界からいなくなって、明日から気持ちよく働けるぜ」
イノセントは彼を嘲笑い、汚いものを払うかのように手を振ると、自分の机へと戻っていった。
──────エドワルドは、政庁を離れる最後の1日にも関わらず、魂の抜けた骸の如く力が入っていなかった。あまりに突然の出来事に、頭の整理が追い付いていない。通常、異動命令は最低でも1ヶ月は前に出るはずだ。
彼は1日中悩んでいたが、気が付くと勤務時間が終わったことを示す鐘が鳴った。
(やばい……腹が立ちすぎて、今日は何の仕事をしたのかすら覚えていない。しかし、本当に誰も引き継がなくて大丈夫かな、きっとひっくり返ることになるよ)
全員が帰った後にようやく机の片付けが終わったエドワルドは、詰め込めるだけ詰め込んだカバンをもって政庁を後にした。整理もしていない、とにかく乱暴に詰め込んだのだ。
「すみません、次に僕の席に座る人。机を拭いたり、中の掃除をしたりは、僕の代わりにやっておいてください」
彼はブツブツ呟きながら家に帰ると、母に出立する旨を伝えた。少しでも躊躇うと、口が縫い合わせられたかのように言葉が出なくなりそうであった。
「エドワルドや、お母さんはひとりでも大丈夫だから安心してお行き」
「でもお母さんひとりになっちゃうよ。身体だってもう丈夫じゃないんだからさ」
痩せた身体をしたエドワルドの母は、彼を心配させまいと有りもしない力こぶを作って笑った。
「お前は私の自慢の息子さ、新しい場所が厳しい所だとしても、身体を暖かくして、風邪をひかないように頑張るんだよ。お母さんはエドワルドが元気にやっているだけで幸せなんだよ」
「うん……お母さんも身体には気を付けてね、手紙を送るからね」
突然の出立に、彼の母は怒ることはなく、優しく見送ってくれるようだ。本当は、『こんな理不尽な目に遭うぐらいなら仕事を辞めたい』と言いたかったが、母の優しい目を見ると、言葉が出て来なかった。
きっと、『毎日虐められて辛い、辞めてもいいかな?』と言えば受け入れてくれるだろうと分かる優しさに甘えたくはなかった。
──────翌日、彼は馬車に揺られながら町を出立した。母が町の外まで見送ってくれた先からは、何も覚えていなかった。ただ、馬車に揺られながら沸々と湧いてくるのは失望と怒りである。
何かを見た気がする、誰かと話をした気がする。だけども、彼にとっては空虚な時間が過ぎただけに感じていた。
だが、その時がやってきた。どれぐらいの時が経ったのかあやふやになってきたある日のことである。
「エドワルドさん、目的地に到着しました。陸の孤島、ダスターランドです。ご活躍をお祈り申し上げます」
「御者さんありがとう。ずっと道中静かにしていてごめんなさい」
「いえいえ、これも仕事ですから。それでは!」
御者は彼に笑顔で礼をすると、鮮やかな手つきで馬車を反転させ、王都であるヴァリアントへと帰っていった。
「さて、着いたものの、地図も無ければ案内板も無し……あるのはこの身ひとつだけっと」
彼は足元に大きなカバンを置いたまま、ポツンと立ち尽くしていた。馬車の走る音がどんどん遠くなっていくのが、置いて行かれたようで寂しかった。
「せめて村の役場まで送ってくれたらいいのに、気が利かないなぁ……言っても後の祭りか」
彼は誰にも聞かれないボヤキを呟いていた。そんな彼に更なる嫌がらせのように突風が吹き、砂埃が舞い上がった。
「うっぷ……ぺっ! 口の中がジャリジャリするよ。ああ、踏んだり蹴ったりだよ……うう……身体中も砂まみれだぁ。毎年が厄年かよ」
エドワルドは右腕で目を覆っていたものの、耳や鼻に少し入ってしまって涙目になっていた。彼が泣き言を言いながら身体中の砂を払っていると、不思議なことに少女が目の前に立っている。
「あなたがエドワルドさん? 今日は村にまたひとりやって来るって聞いていたんだ、迎えに来たよ!」
少女は小柄で茶色の長髪、目がクリっとしていて、とても愛くるしい笑顔で彼を見つめていた。
「私ね、この村で案内人をやっているモリーって言うんだよ!」
少女は元気よく挨拶をした。彼はかがんで、モリーと名乗った少女と視線を合わせた。
「丁寧にありがとう。うん、僕がエドワルドで合っているよ。まずは村の役場に行って、新しい職場の人に挨拶がしたいのだけど、案内してもらっても良いかな?」
「うん、案内してあげる! 長旅で疲れているだろうから、お兄さんの荷物も持ってあげるね!」
モリーと名乗った少女は重そうな彼の荷物をヒョイっと持ち上げると、楽しそうに歩き始めた。まるで重さを感じていないようだ、大人でもかなり重いはずなのに。
「重くない? 大丈夫?」
「いつもはもっと重い物をみんなで運んでいるんだ、軽い軽い!」
「そうなんだ、みんな力持ちだねえ」
エドワルドはモリーと役場に向かっていた。彼は何故ここが【ゴミ溜め達の集まりの孤島】だとか【陸の孤島】だとか言われているのかを知らない。ただ、この少女のおかげで、第一印象はそこまで悪いものではない。
もしかすると、あれはイノセントの悪質な脅し文句ではないだろうかと思っていた。事前に調べる準備も無かったので、何も情報を持っていない。途中で寄った都市で少し顔見知りとこの村について少し話をしたぐらいであり、変に先入観を持ちたくは無い。
「あっ、あの大木を見て! あれはダスターランドの観光スポットでもある場所なんだよ!」
彼女は大木を指して、カバンを持っていない左手で彼の手を引いた。彼女に引っ張られて大木に近づき、根元に辿り着いたときにはその大きさに彼は驚かされた。だがそれ以上に不思議な気持ちになった。なにせ見覚えのあるシルエットが枝のところに7つ程吊るされているのだ。
「この村って面白いね、大木を見に来た人を驚かせるために、人形でも吊るしているのかな? 魔除けでもしているんだろうか。人形の苦しんでいる顔がリアルだなぁ、ちょっと目が合って怖いね」
とても精工に出来上がった人形なのだろうと感心した。意外と技術者でも集まっているのだろうか。
「ううん、違うよ。お人形さんじゃない、前の村長さんとその取り巻きだった人達が吊るされているんだ」
「へえ……村長さん達を模った人形さんなんだ、不思議な文化だねえ……偉い人は高いところが好きって言うからね」
「村長さんの人形じゃないよ、村長さんそのものが吊るされているんだよ」
「ふ~ん……村長さん吊るされたんだ……」
しばしの沈黙が流れた。彼の頭の中へ彼女の言葉の意味がようやく理解出来た時、混乱の渦の中に放り込まれた。
「ええええええええええ!! どういうことなの!」
エドワルドは正気に戻った。
「え~っとなんだっけ? おとーさんが言うには、村長さん達が“おーりょー”って悪いことをしちゃったから、お仕置きでみんなに吊るしあげられたんだって」
「吊るしあげられるって、みんなから非難されるって言う意味だよね! 物理的に吊るされちゃったの!?」
「村で頑張って集めたお金を王国の偉い人に渡して、村を出ていきたかったんだって! いつも村長さん達はね、『いつか返り咲いてやる……ここで終わるような人間じゃないんだ』ってブツブツ言っていたよ! この村は良い所なのに、酷いや!」
彼は震えあがりながら、悪行を村中に晒された挙句に吊るされてしまった村長達に、自分の未来の姿を照らし合わせてしまった。しかもかつては村長だった物と目が合ってしまい、苦悶の表情が恐ろしかった。
(罪に対する刑罰が重すぎる! しかもこれって私刑じゃないか)
「あの……モリーちゃん? 僕って吊るされないよね、大丈夫だよね?」
「う~ん……わかんない! 吊るされないように頑張ってね!」
「ええ……」
モリーは満面の笑みで答えた。無邪気に答えているが、内容があまりにも血生臭過ぎる。エドワルドは大木の周りにやたらと鳥が飛びまわっているなあと暢気に思っていたが、真実を知ってしまった。もう餌になっちゃった村長さん達だ。
「ハハハハハハハハハハッ! どうだい、ダスターランド名物は! 驚いただろう!」
彼が大木を見つめていると、いつの間にか背の高い筋骨隆々の男が、肩に大きな木槌をかけながら後ろに立っていた。豪快な声の主だ。
「あっ、お父さんだ!」
「おおモリー! お前がいたから、赴任することになった役人がこいつだってことが分かったぞ」
「あ、あなたは?」
「そう驚かないでくれよ。俺の名前はダドリエルって言うんだ、この子……モリーの父でもあるぞ」
エドワルドは身を正して挨拶した。
「初めまして、僕の名前はエドワルドです。少しモリーから聞きましたが、これって人形か何かでは無いのですよね?」
彼は、吊るされている先輩方に指を指しながらダドリエルに聞いた。
「俺達はいつもきっつい仕事をしながら必死に生きているんだ。そのみんなの血と汗の結晶を私利私欲でぜ──────んぶ賄賂にしようとしやがった。だからこいつらは吊るされることになっちまった。まあ当然の結果さ」
ダドリエルは白い歯を見せながらニヤニヤしていた。攻撃的な笑顔を見せる彼の姿は、彼を心胆を寒からしめるものであった。
「村の役人を勝手に刑に処したら、王国から罰を執行されませんか?」
「こんな村、辺境過ぎて誰も来たがらねえよ。一応横領したから処刑しちまったって中央には手紙を送ったが、お咎めなしだったよ」
「そんな馬鹿な」
「しかもご丁寧に返事までくれて、『愚かな役人を送って申し訳なかった、代わりにエドワルドと言う役人を送るので、引き続き開拓を頑張ってくれ。イノセントより』ってな」
腹黒い彼の姿が容易に想像できた。自分たちの責任になりそうな時、簡単に他人を売ることが出来る役人の鑑と言っても良いだろう。
「あんんんんんのおおおおおクソ上司! そういうからくりか! ふざけんなああ!」
「あんたは不祥事のスケープゴートにされちまったわけだな、ご愁傷様。しかも村の皆は役人に不信感を持ってしまったからな、頑張ってくれや」
ダドリエルはエドワルドに両手を合わせながら楽しそうに笑っていた。人の不幸は蜜の味だとよく言った物である。
「でも見た感じ7人吊るされてしまったわけですよね。それに村長も吊るしちゃったんでしょ。6人程足りないし、誰が村長をやるんです?」
「あんただよ」
「嘘でしょ!」
「まごうことなき事実だ」
突然のよく分からない昇任? にエドワルドは驚いてひっくり返った。ずっと下っ端の官吏であったにも関わらず、村のレベルとは言え、長に立つなんて考えられなかった。
「で……でも僕以外に誰か上位者はいるでしょ。その人が村長をやればいいじゃないですか!」
「上を見てみな、坊主。お前より上位者は全員吊られているぞ。」
「全員掛かりで悪事に手を出すなバカヤロー!」
エドワルドはショックで膝から崩れ落ちた。こんなの悪夢にも程がある。経験も足りないだけでなく、失敗したら村長みたいな目に遭うかもしれないのだ。善良なる管理者たる注意義務違反という理不尽極まりない処刑は勘弁して欲しい。
「そうだ……部下に助けてもらったらいいんだ! ダドリエルさん、僕の部下は何人いるのでしょうか?」
「横領に断固反対した結果、牢屋にぶち込まれていて憔悴していた出納係がひとりだけだ。お前さんと合わせてふたりだけだが、村の運営はお前の双肩にかかっている。頼んだぜ、村長さんよ」
「いやいやいやいや、待ってくださいよ。常識的に考えてください、村の運営をたったふたりで可能なんですか?」
「出来るか出来ないじゃない、“エドワルド君、君がやるんだ!”」
「精神論でどうにか出来ない!」
(懲罰人事だとは思っていたけど、命の危険があるとは聞いていないぞ)
「新しい村長は活きがいいなぁ、こりゃ長続きするぞ! 何日持つか楽しみだ、よし特別サービスに俺が担いで連行……連れて行ってやる!」
「やったぁ、村長さん1名を役場までご案内です~!」
「赴任と流罪が同議だとは思わなかったよ。悪夢だ……夢なら覚めてくれ」
彼は何故ここが【ゴミ溜め達の集まりの孤島】と呼ばれているのか、本当の意味で知らなかった。ただ、この村に降りかかる火の粉は、彼の予想しなかった出来事を巻き起こすことになる。
───かくして、王都で縛られていたひとりの官僚は世の中に解き放たれてしまった。センチュリオン王国は、この日を終わりの始まりの日であると記録している。王国がゴミ箱として捨てた物に着火し、大陸中を巻き込んだ大火事へと発展させた大悪党の男の物語が始まったのだ。
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