第106話 新たな教訓

「ソラ?起きないと。フィリアおねえちゃんが来るよ?」

「んー。行きたくない」


 今日はカトレアさん主催のお茶会の日。そう、俺たちの処刑日だ。

 二日前はティナたちの可愛らしい正装姿に浮かれ、なんて素敵なイベントだと心が弾んでいたが、結局のところ、めんどくさい貴族の見世物になるだけだろ?

 気持ちがついていかねー。

 なぜか、ティナとシロはすでに起きており、服を着替える準備ができている。

 もしかしたら楽しみにしていたのかな?


「ダメだよ。フィリアおねえちゃん言ってたよ。起きないならフィリアおねえちゃんがソラを着替えさせるって」


 ティナの声を聴き、すっと布団から出る。

 フィリアに着せ替え人形のように着替えさせられるとか拷問すぎるわ。

 どうせ行かなくちゃいけないしな。

 気持ちを切りあえて、おとなしく着替えていく。


「どう?準備できた?」

「できたよっ」

「あらー、ティナちゃん今日も可愛いわね。髪はお母様がしてくれるって」

「わぁー。ソラいってくるー」

「あー、いってらっしゃい」


 ティナは黒いドレスをなびかせながら、颯爽と部屋を出ていく。

 なぜかその後を追うテトモコシロ。

 

 カトレアさんにブラッシングでもねだるのだろうか?

 あの人のもふもふの理解度は計り知れない。うちの子たちが揃いも揃ってカトレアさんのブラッシングが大好きなのだ。

 ラキシエール伯爵家にお世話になるようになって、カトレアさんの手が空いている時を狙い、うちの子三匹はカトレアさんの部屋によく突撃していた。


 カトレアさんも喜んでいたみたいなので、注意はしていないが、帰ってきたテトモコシロはつやつやのもふもふなのだ。

 あの人は魔法使いなのかもしれない。


 それぞれの鳴き声でいってきますとご機嫌に部屋を出て行ったテトモコシロ。

 ほんと飼い主一人残していくとわ。

 俺も寂しいんだぞ。


「みんな行っちゃったわね。お母様はティナちゃんのようになんでか魔物に好かれるのよね。何が私と違うのかしら?」

「んー。フィリアは怖いからな。わかりやすく言うと捕食者のような目をしているぞ?」

「そんなに私ってやばいの?」

「あー。やばい。テトモコシロじゃなきゃ泣いちゃうね」

「うー。お母様がうらやましい」

「あまり知らないが、カトレアさんやティナのような人種は特別だと思うよ?そもそも比べるのが間違いなんだよ」


 カトレアさんがどれほど魔物に好かれるかは知らないが。

 あの雰囲気、醸し出すモフラー感。あれは圧倒的な強者だ。

 魔物に好かれる選手権があればティナと一位二位を争う優勝者候補筆頭だろう。


「ソラ君。準備はできましたか?」

「はい。できました。今行きます」


 あー、サバスさんが確認しにくるってことはもうすぐお茶会の参加者がくるんだろーな。

 俺は一応今回の目玉らしいので、お出迎えもしないといけないらしい。

 なんともめんどくさいが、名前と顔を一致させるのはマナーだとか。

 いや、さすがにそれぐらいのマナーは必要だと思うが、お出迎えしたところで名前と顔の一致なんて不可能だからな?

 子供の時から英才教育をした貴族と違って、俺にはそんな頭の記憶力はない。

 写真、動画を一週間前に与えてくれたら、覚えられたんだけどな……。


 だが、こんなめんどくさいイベントだが、俺には必勝法があるのだよ。

 それはカトレアさんのそばをひと時も離れないこと。


 今回のお茶会で注意することは参加者全員が俺たち目当てだということ。

 それはすなわち、質問攻め、勧誘、使命依頼などなど、あらゆるイベントが降りかかってくる。

 およそ三十名の参加者からの一斉射撃を受けたら、俺だけでは対処ができない。

 だからこそ、一番の安全地帯。カトレアさんフィールドを活用するのだ。

 

 

 部屋を出て、食堂に行くと、カトレアさんの周りにうちの子たちが集合している。

 ティナは髪を結われ、髪に編み込みを入れ、綺麗にセットされている。

 テトモコシロの毛ももふもふ感が増えたような気がする。

 さすが、カトレアさんだ。


「ソラ君。今日はお友達だけだから緊張しなくてもいいですよ?みんな優しい方ばかりですから」

「は、はい。お茶会を楽しみます」

 

 カトレアさんの傍で、という言葉を添えて。



「今日は呼んでいただきありがとうね。レア」

「こちらこそ、きてくれて嬉しいわ、シャル。こちらがソラ君よ」

「初めまして、マーシャル・レミントよ。レアとは同級生でマイペースなレアのお世話役をかっていたわ」

「ソラ・カゲヤマです。妹のティナ。黒猫のテト。黒犬のモコ、白キツネのシロです。今日はよろしくお願いします」


 最後のお茶会参加者、マーシャルさん。どうやらこの方が一番カトレアさに近い人らしい。

 カトレアさんのことをレア呼びしている人はこの人だけだったから間違いないだろう。

 それにしてもお世話役。

 カトレアさんを制御するのは難しいと思うけどな。


 最後の参加者を迎えた俺だが、正直、すでに前半の人の名前なんて覚えてない。

 いや、覚える気すらなかったのかもしれない。

 

 考えてみてくれ、中学、高校で習う世界史のことを。

 カタカナの国名、名前、地名。日本人にとって漢字以外の人名を覚えるのは難しすぎないか?

 絶対に苦手な人が多いはずだ。俺はもれなく苦手な分類だ。

 そもそも、俺には興味がない人名、そしてカタカナ。最初から無理ゲーだったのだよ。

 出迎えを終えた俺は再度、カトレアさんのそばを離れないと誓った。


「今日は私のお茶会に来ていただきありがとうね。今日はみんなソラ君のことを知りたいとのことだけど、迷惑かけてはダメですからね。では、お茶会を楽しみましょう」


 ラキシエール伯爵家の庭で行われるお茶会。

 今、その主催であるカトレアさんからのおっとりとした、開催宣言ではありえないような言葉で、ゆるくお茶会が始まった。


 開催宣言の後、各々は近くの者と話しだし、俺たちもおいしいお菓子とお茶を堪能できている。

 

 思ったより、みんな俺には興味ないのかな?

 俺は今もカトレアさんと同じテーブルにおり、このテーブルにはうちの子たち、フィリア、マーシャルさんしかいない。

 んー、これだと俺がいる意味がないんだけどな。


「カトレア様」


 サバスさんが近寄ってきて、カトレアさんに耳打ちをする。

 カトレアさはそれを聞くと、俺たちに一言だけ残し、屋敷へと戻っていってしまった。

 なんだ?急用か?

 主催が庭からいなくなってしまったんだけど……。


「ソラ君。改めて武闘大会優勝おめでとう。褒美の王宮勤めを断ったようだが、将来はどうするのかね?」


 いきなり近寄ってきた男性に声をかけられる。

 んー、やばい。名前がわからん。爵位すらわからん。

 ここは秘技『当たり障りのない会話』

 これは誰にでも当てはまり、会話が進行できるという新たな力。

 大学で数回だけあったことがある人との会話を一定数経験すると獲得できるスキルだ。


「ありがとうございます。俺は冒険者として活動しようかと思っています」

「そうか。それは惜しい。ソラ君ならお抱えの騎士として優秀な成績が残せるだろう。まだ十歳だ。自分の道を狭めるのはよくないことなのだぞ?今度うちの騎士の訓練に参加しにこないかな?」


 うげー、綺麗な言葉で飾っているようだが、ただ騎士への勧誘じゃないか。

 普通にドストレートだと思うんだが、これでも隠しているつもりなのかな?


「それならぜひレクイエム家にも遊びに来て欲しい。今日は連れてきていないが、ソラ君と同い年の娘がおるのだ。よき友となってくれると親としてはうれしいものがある」

「うちの息子は今、見識を広めるため冒険者として活動していますぞ。ソラ君は冒険者を続けるようだが、どれだけソラ君が強かろうと、仲間の存在はさらなる力につながるはずだ。うちの息子と冒険をしてみないだろうか?」


 一人の男性が話し始めると、即座に俺たちの周りに集まり、話しかけてくる参加者たち。

 娘を進めてきたり、息子と仲良くさせようとしたり。ドストレートに指名依頼の話を始める輩も。

 カトレアさんフィールドがなくなって、ものの数十秒。

 ここまでされるともはやあっぱれだ。


 それになんか冒険者論を話してきたやつがいたが、なんかむかついたな。

 ただ、息子と仲良くさせたいだけだろうが、うちの子たちだけでは力不足だと言われたような気がした。

 おそらく、その貴族の人はそんな気はさらさらないと思うが、俺の中での評価は最悪だ。

 まあ、一度行ってみるのも面白いかもしれないな。


 どうだろうか。んー、死の森なんか楽しめるんじゃないだろうか。

 一応、命は守ってあげるが、傷を負う程度の攻撃は自分で対処させる。

 死の森の魔物の中には、ちまちま攻撃してきて、体力を削り、いたぶるような魔物もいるからな。

 そういう世界を知るのも楽しいかもしれないな。


 それにしても、うぜー・

 今も周りで自分の家はどーたら騎士はどーたら。

 興味のない話を振ってきており、俺はそれにただ生返事を返すのみ。

 

「皆さん?何をしているのかしら?私にはソラ君が困っているように見えるのですが?」


 おっとりとした声が聞こえると、急激に天候が悪くなり、空が雲に埋め尽くされる。

 雨雲のようにどす暗い雲にゴロゴロという雷の音。

 なにがおきた?

 テトモコシロはティナと俺の近くにより、あたりを警戒する。


 その間にも雷の音は近くなり、その轟が増していく。

 上空にはところどころで雷が見え、その姿は竜を表しているかのように見える。

 どこか、ドーラとフールの登場を思わせるほどの迫力。

 自然の魔力が荒れ、上空で雷へと変化している。

「あれは魔法か?」


 俺が見るかぎり、雷の正体は自然の魔力だ。

 ただ、コントロールをされているとは思えず、感情のままに荒れているという感じだ。


「レア。どうどう。ほら、チロちゃんだよ。もふもふだよ」

「……。もふもふね。可愛いわ。チロちゃん木の実食べる?」


 マーシャルさんがこちらに来ていたカトレアさんに話しかけ、チロを手渡すと、不思議と、雷を模していた上空の自然の魔力は形を変え、自然のままに消えていく。

 

「レア?怒っちゃだめよ。ここには可愛い子たちがいるでしょ?」

「そうね。ありがとうシャル」


 え?もしかして雷の正体はカトレアさんの魔法?

 いやいや、自然の魔力を使える生物って少ないんじゃなかったのか?

 制御ができていないみたいだけど、超広範囲殲滅魔法的な代物の魔法を発動していたぞ?

 それもただ、怒っただけ?やばすぎるって。

 俺やテトモコシロでさえ、警戒し、ティナを守る体制に入ったんだぞ?

 化け物か?


「ソラ君、ごめんなさいね。レアは怒ると大変なのよ。これがAランクの冒険者であり、レアが雷の女竜とよばれる所以。ねっ。お世話役は必要でしょ?」


 忘れていたよ。エドさんとカトレアさんはAランクの冒険者パーティに所属していた冒険者だったな。

 一度、聞いただけの情報だったため気にもかけていなかったが、まさかカトレアさんが化け物だったとわ。

 

 今日の教訓。

 カトレアさんを怒らせてはいけない。

 

 

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