第98話 通りすがりの村人Aではなかった

 迷いの森をでて草原を走るモコ。

 

 短い間だったが、自然あふれるダンジョンでの生活は俺に心の平穏を与えてくれた。

 やはり自然はいいな。心が洗われるというか、人から離れ、おちついて生活できた。


 老後は静かな田舎。または死の森でもいいかもしれないな。

 俗世から離れ静かにくらしてみたいものだ

 その時は、周りにモフモフを集め、俺だけの楽園を形成しよう。


「わふわふ?」

「うん。そのままでいいよ」

「わふっ」


 ようやく地上からでも騎士の隊列が見え始めた。

 モコは心配性なんだから。俺たちはドラゴンとは無関係。

 それに証拠なんてものはないからね。

 たとえ、質問されても、俺たちはただ休暇を過ごしただけ。それを突き通すのみなのだよ。


 ここで変に避けるような行動は怪しまれるからね。

 影世界にも入らず、堂々と通るのが一番穏便に済む。

 


「すごいねー」

「あー、これだけ武装した騎士を見ると圧巻だな」


 俺たちの前方には綺麗に隊列を組んで進む騎士の姿が。

 騎乗をして金属音を響かせながら、草原を進んでいる。


「おおー、ソラじゃないか。こんなところで会うなんてな」

「えーと……。」

「ジェイドだ。訓練場であっただろう?隊長様だよ」


 あー、思い出した。

 クロエさんに会いに王宮に行ったときにいた赤髪の顔に傷がある男性。

 ガタイがよく、豪快な笑い声が印象的だった人だ。

 そして、公にはない零番隊の隊長。


「ごめんなさい。名前を覚えるのが苦手で。ジェイドさんもこんなところまでお疲れさまです」

「いいってことよ。それより武闘大会優勝おめでとう。ほんとお前は勇気あるよな。皇帝直々の褒美を断ったんだろ?」

「あー。そのことか。だって、王宮勤めとか拷問じゃん」

「俺たちを前にしてそれを言うか。ほんと面白い坊主だ」


 がははと豪快に笑いだすジェイドさん。

 だって、権力の巣窟とかめんどくさいことこの上ないでしょ。

 零番隊なら結構自由に行動できるのかもしれないが、それはこの国において、皇帝が許している間だけだ。

  

 今は全世界で自由を保障されている冒険者。

 そんなホワイト企業に就職してしまっているからね。超絶ブラックそうな職場には興味ありませんよー。


「ソラ、やっぱりここにいるんだな……。」

「あれ?ルイじゃん。珍しくきれいな鎧なんてきてどうしたの?」

「今は緊急案件だからな。俺も駆り出されたんだが……。とりあえず、こっちこい」


 隊列の後ろからルイが表れ、話しかけてきたが。

 その装備はいつものラフな格好ではなく、ちゃんと騎士と名乗れるような恰好をしていた。

 こうやってみるとやはりイケメンだな。

 一応ルイに呼ばれたので近づいてみる。


「なに?」

「なにじゃない。どう説明してくれるんだ?」

「何を言っているかわからないんだけど」

「はぁ……俺たちがなぜ駆り出されたのかは想像できているよな?」

「さっぱり」


 いや、わかってはいるんだけど。ここで知ってるよーというのもおかしいだろ。

 それにドラゴンのことを言わない方がいいと言ったのはルイだからね。

 

「オレはドーラだっけか?そいつのことを知っているからな?でだ。オレはどう上に報告すればいい?突然現れたドラゴン二体。そしてそのうちの一体はエメラルドの鱗をしたドラゴン。まさにヴァロン帝国の守護竜である暴風竜のイメージそのものだ」

「俺は無関係」

「頼む。エメラルドドラゴンの情報だけでもいいんだ。ヴァロン帝国においてエメラルドドラゴンの情報はなによりも重要とされている。ソラが知っていることを教えて欲しい。それにソラが帰っているということはすでにドラゴンは迷いの森を離れたのだろう?このままだと何日も迷いの森で無意味な時間をすごしてしまうんだ」


 まあ、ドラゴンの情報が欲しいと。それもフールだけでもいいとね。

 ルイは俺が知っている前提で話しているけど俺が本当に無関係だったらどうするんだか。

 この騎士たちはドラゴンの調査アンドできれば接触を試みるぐらいの命令できたんだろうな。お勤めご苦労様です

 雇われは大変だな。そんな無意味なこと俺だったら絶対嫌だな。


「……クロエに会う時間がへってしまうだろ。なぁー、ソラ頼むよ」


 こ、この人間は誰だ?ほんとうに俺が知っているルイか?

 さぼりたい、楽をしたい。そんなことだろうと思ったんだけど。

 くそ。ここでも惚気なのか?

 俺に喧嘩を売っているのか? 

 

 俺の前には耳が垂れてしょぼんとしている子犬のようなルイ。


 なんだか、可哀そうになってくるじゃないか。


「ちなみに上って誰に報告?」

「隊長と皇帝のみだ」

「皇帝か……」

「皇帝のおっさんは大丈夫だ。あの人はバカじゃない。自分の皇帝としての立場を理解しつつも、その限界を知っている。報告したところで悪いようには絶対にならない。それはオレが誓うよ」


 皇帝のことおっさんとか言うなよな。 

 でも、ルイがここまでくだけた様子で話すのはエドさんの時以来だ。

 まあ、俺も公の場所だけど話したことはあるが、理解のある人という認識だ。

 こんな十歳の少年の不敬であろう言葉を実行してくれるんだからな。

 懐がデカいというか、寛容というか。

 頭の固いお偉いさんではないのは確かだな。


 だからといって今回はドラゴンが関わってくる。 

 対応一つで俺たちの人生が変わりかねない。


 かといって、親友であるルイが頼み込んでくることなんてめったにないからな。

 今までティナたちのことを世話してくれた恩あるし、返したい気持ちはある。


「ルイは皇帝さんのことは好きか?」

「好きか嫌いかで言えば好きだな。まあ、好きというか尊敬という言葉だがな。あの人は面白いぞ。はやく皇帝をやめて魔法研究をしたいとずっと嘆いているからな。皇帝になったのも兄弟や他の貴族からの評価が高く、外堀を埋められてならざるを得なかったからなっただけだしな」


 魔法研究が好きなのはこの前会った時にはわかったよ。

 皇帝をやめてまでしたいとは思わなかったのだが、話をきくかぎりすごく優秀な人なんだろうな。

 この国の皇帝になるシステムは知らないけど、自分がなりたくなくて、周りからの押しだけで皇帝をしている人は他にいるんだろうか。

 

 だいたいこういう話だと、王位継承権がある者同士がいがみ合い、王座をかけて血みどろの争いをするストーリーが多い気がすんだけどね。


「皇帝と会って話すことは可能か?それも俺たちとルイ、皇帝、あとはジェイドさんだけで。他のお付きの騎士がいたり、暗部がいたりしたら俺は何も話さないし、この国を信用しない。俺があってから話すかどうかは決める。それでいいならだけど」

「おっ、それでいい。皇帝のおっさんなら了承してくれるよ。周りの貴族どもは隊長が黙らせてくれるし。それでいこう。隊長オレと一緒に王宮に帰りましょう」


 ルイはノリノリで話し出し、ジェイドさんに声をかける。

 ジェイドさんは離れたところで俺とルイの会話を見ていたようだが、ルイの呼びかけでこちらに近づいてくる。


「いってぇー」


 ドガっと音を立てながら、ジェイドさんの右腕がルイの頭へと振り落とされる。

 ルイは膝を折り、地面につけながら頭を押さえている。

 めちゃくちゃ痛そう。

 こちらにゆっくりと来てからノータイムで頭部への打撃。

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 


「お前はいつも言葉が足らん。いきなり帰ろうとはなんだ?」

「それは、ソラが…」

「ソラがどうした?」

「それは……。言えません。でもついて来て欲しいです」

「上司に対して喧嘩を売っているのか?」


 ジェイドさんからあふれ出す魔力に、ルイは少しだけ体を震わせている。

 ルイもあほだな。別に俺の事なんて気にせず報告すればいいのに。

 この様子だと本当に俺たちの大事な部分は報告してなさそうだな。

 頭はいいくせに硬いというか、世渡りが下手すぎるというか。

 まあ、そういうところがいいんだけどね。


 数秒、ルイとジェイドさんのにらみ合いが続いているが、どちらもそらす気配がない。

 これは俺の出番かな?

 と、思った矢先、ジェイドさんが魔力を抑え、話し出す。


「そうか。わかった。ついて行こう。だが、しょうもないことで王宮に帰りましたじゃすまさないからな?」

「ありがとうございます」

「ソラも一緒ってことでいいんだな?」

「はい。皇帝に面会してもらいます」

「あいつにか?なるほどな。それじゃー帰らないとな」


 ジェイドさんは皇帝に面会と聞くと、楽しそうに笑い出した。

 あいつっていうほどの仲なのかな?

 あまりジェイドさんの事を知らないけど、もしかして騎士の隊長ってすごく偉い人なんですかね?


 ジェイドさんは残っていた数名の騎士に何か伝言をし、ジェイドさんとルイを残して他の騎士は隊列へと戻っていった。

 隊列はどうやらそのまま迷いの森を目指すらしい。


「ソラ、帝都に戻るぞ」

「ああ、モコ、馬のスピードに合わせてやってくれ」

「わふっ」

「ソラ。今度でいい。そいつに俺も乗っていいか?」

「なになにきこえなーい」

「だからその黒犬に俺も乗りたいって言ったんだよ」


 おっ、ついにルイがもふもふ愛を口にしたぞ。

 ふ、最初から素直になればいいのさ。

 もふもふの道は全人類に開かれているのだよ。


「だってー、モコどうする?」

「わふわふ」

「甘いケーキのホールでいいよだって」

「おっ、この前の店のやつでいいか?」

「わふっ」

「にゃにゃにゃっ」

「きゅうきゅう」

「黒猫と白きつねもか?」

「にゃー」

「きゅー」

「じゃー、三種類買ってくるからよ。喧嘩せず、嬢ちゃんにもあげるんだぞ」


 ルイは近づいてくるうちの子たちを撫で満足そうな顔している。 

 うんうん。モフモフは正義です。

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