第97話 緊急案件だぞ

「ソラ―。朝だよー」

「んー。あと五分」

「ダメー。ドーラが人がきているって」


 ん?人?

 そりゃー、迷いの森はダンジョンなんだからお仕事に熱心な冒険者や、記念祭で散財しまくった冒険者が朝から仕事しにきたんだろ。

 そんなものほおっておけばいい。

 どうせこっち方面にはこないのだから。


「にゃーー」

「きゅうーー」


 テトシロによる両頬のテシテシ攻撃。小さなおててでリズミカルに俺への攻撃を与えている。

 もちろん爪は立てていない。

 んー。朝から元気なことだ。

 俺は昨日の風研究により精神的負荷がすごいんだ。もうすこし、この布団の魔力につつまれていたい。

 

「わふわふ」

「え?」

「騎士がおよそ百、冒険者数名。我とフールが確認しておる」

「迷いの森に騎士がきているのか?」

「そのようだの」


 どうやら何か緊急事態のようだ。

 モコ、ドーラの説明では帝都の方面から隊列を組んだ騎士の姿が確認できたと。

 ここは街道沿いを通るルートではないため、単なる移動とは考えにくい。


 俺は尾を引かれながらも、布団から出てテントを出る。

 そのまま風魔法で上昇し、迷いの森の木を超え、さらに上空に。

 視界が開け、上空から迷いの森が見えるほど高くなると、帝都の方向を見る。

 

「ちっちぇーな」

 

 確かに、遠すぎて判別がつかないが、人の隊列が迷いの森を目指して進んでいるように見える。

 ドーラが言っているからあれが騎士で間違いないのだろう。

 軍事訓練?ダンジョン探索?

 はたまた、緊急事態に対する騎士。

 

「確かに、結構な数の人がこっちにきてるな」

「おそらく我らのことを探知したのであろう」


 あー。そうか。緊急案件がここにいたわ。

 呑気に言っているドーラだが、君たちの緊急性はこの世界一だからな?

 

 とかいいつつも、俺もドーラとフールの存在に慣れつつあり、そのことを失念していた。

 確かに思い返してみると、ドーラとフールの登場の時すさまじい光と音が聞こえたな。

 あの時は不意のエメラルドのドラゴンの登場で忘れていたが、さすがに冒険者の情報や、もしかしたら帝都にその光が届いたのかもしれない。


「フールは戻るつもりないんだよね」

「もうないわよ。今更戻ってもその子孫やらとは面識ないしね。それにヴァロンがいなくなってからはつまらなかったし」


 ドラゴンのお気に入り、初代皇帝ヴァロン。

 どれほど徳を積んだ人間なのか、


「じゃあ、さすがにもうここを離れた方がよさそうだな。ドーラとフールはどうする?」

「我は巣に戻るぞ。久方ぶりにその周辺を見て回ろう」

「私はふらふらしているわ。みっちゃんにも会いたいし」

「みっちゃん?」

「そう、風の大精霊のみっちゃん、あの子いつもふらふらしているから見つけられないのよね」


 大精霊。存在だけは知っているが、この世界に来て精霊と呼ばれるものを見たことがないな。

 モコの話ではどこかの霊脈を整えているということだったが。

 

「そっか、さみしくなるな」

「何よ。そんな可愛いこと言って。はい。これ」


 フールはそういうと忽然と空間からエメラルド色のなにかがでてくる。

 収納系のスキルかな?このドラゴンたちのスキルの数はいかほどなのか。

 ドーラに関しては全属性魔法、収納、遠視?呼んだときに見せたテレポート的なもの。

 ほんと最強にもほどがあるからな?

 物語ではドラゴンを討伐している話がでてくるが、この世界ではありえないな。


 それにしても、フールが出したものはまさか……。


「わたしの爪と鱗よ。これで寂しくないかしら」

「あー、ありがとう。これを見てフールの事を思い出すよ」


 そうですよね。そうだと思っていましたとも。

 最近三億使ったんだけどな。これで所有資産が爆発したぞ。

 まあ、元々ティナのカバンの中にはドーラの素材があったらしいが。

 これもティナ行だな。


「ティナ宝物増えたぞー」

「ティナがもらっていいのっ?」

「はい、ティナちゃんの」


 おいおい、フールさんよ。先ほどの数でも十分すぎるからな?

 ティナのためにわざわざ出さなくていいぞ?

 俺はドラゴンの素材の処理の仕方を知らない。それつまり影収納でほこりをかぶることになるぞ。まあ、ほこりなどないのだが。


「フールありがとっ」


 ティナはフールに抱き着き、その真っ白な頬でエメラルドの小竜を頬ずりする。

 もう色々考えるのはやめよう。

 うちの天使がこれほど喜んでいるんだ。その価値が数億しそうな素材のことなどかすんで見えるよ。

 ティナの笑顔は億を軽く超える。


「我も何か……」


 ドーラはそういうと、静かになり何かを考えている。

 ドーラ、もうお腹いっぱいだから。

 俺たちは一生金に困ることがないからね?会ってくれるだけでもティナが喜ぶ。それが何よりの報酬なのだよ?


「おー、これでよいか。ほら、ソラ手をださないか」

「……これは?赤い液体が小瓶に入っているけど」

「我の血じゃよ。飲むことで万物の病、ケガを治すぞ。すこしだけ人間の域をこえてしまうがの」


 なんだその不穏な最後の言葉は。

 ケガや病が治るのはティナのためにもなるし、俺たちも使えるからありがたいが。

 最後の言葉が気になりすぎて使えないんだけど。


「ドーラ?人間の域をこえるとは?説明を求む」

「うむ、身体能力の向上、保有魔力量増加。そしてすこしだけ肌が白くなる」


 なるほど。

 一旦、美白効果のような、どこかのOLが喜ぶ話はおいておいて。


「その能力上昇具合は?」

「だからすこし人間の域をこえるほどじゃ」

「ちなみに俺は今人間か?」

「何を言っておる、ソラもあっていない期間で成長したものだが、いまだ可愛い人間よ」

「……」


 ほんとこのドラゴンは……。

 あほなのか?世界を混沌とさせたいのか?

 なんだこの超危険薬物。

 どれだけの人間がこれを欲しがると思っているんだ?

 

 帝都最強を決めるという謳い文句で開催されている武闘大会で優勝をした俺が可愛い人間で、これを飲めば、身体能力、魔力量で俺を超えることができると。

 俺もわかってはいるさ、帝都で最強ではないかもしれないと。

 だが、それでも上位一桁パーセントにいるんだぞ?

 

 能力だけとは言ってもそんな俺を凌駕する力を得ることができる小瓶。

 俺は今すぐこれを破棄すべきなのかもしれないが。

 能力関係なく、俺たちにとって安心できる回復手段は非常に捨てがたい。

 

 唯一といっていいほどの弱点。それは俺とテトモコシロが回復を使えないという点だ。

 ティナがケガする。テトモコシロがケガしたときの回復手段。それもとびっきりの性能。

 うん。これはうちの子のために使う。

 

 人間をやめてしまうかもしれないが、必要な時が来れば俺は迷わずティナに使う。

 今でも天使なんだ。ちょっと人間をやめたところでティナが天使に近づいただけだ。

 そう思うことにして俺は数本の瓶を影収納へ。一応テトモコの影収納にも二本ずつ入れておく。


 そう、気づいたかもしれないが、一本じゃないんだよね。

 俺が四本、テトモコ二本+二本。俺の四則演算能力が確かなら合計八本。

 うん。八人人間やめれちゃいます。

 もう、俺は振り切ったからね、大丈夫。大事な人が必要な時俺は躊躇しない。

 そしてこれの存在は世界には内緒。


「ドーラ……」

「ティナよ。すぐ会えたであろう?また呼べばよい」

「ドーラ寝ない?」

「ティナが生きておる間は寝たりせん」


 案の定ティナはドーラとのお別れでぐずっている。

 フールの話を聞いていたからか、ドーラの睡眠状況を聞いている。

 確かに寝られたら、呼びかけに答えてくれない可能性があるからね。

 ほんと、うちの子は賢いんだから。


 今もドーラに抱き着き離れようとしないティナ。

 

「ティナ。人が近づいているから早くドーラとフールを行かせてあげよう」

「うん」


 わかってはいるのだろうが、ティナは再度ドーラにぎゅっとする。


「ドーラまたね」

「うむ。いつでも待っておるぞ」

「フールもまたね」

「ティナちゃんまたね」

「フールありがとうな」

「ソラも元気でやりなさいよ?今度あったとき今みたいに下手な風魔法つかってたらまた特訓ね」


 うげ。フールとの特訓は体力的には問題ないが、精神的に疲れる物があるんだよな。

 

「ああ、もっとうまく使えるようにがんばるよ」


 テトモコシロも二頭のドラゴンに近づき、お別れの挨拶をしている。


「ではな、このまま離れてから飛び去るわ」

「うん。そうしてくれ。あまり人目につかないようにな」


 小さい姿のままダンジョンの奥へと向かうドーラとフール。

 一応、隠れる気はあるみたいなので、あの二人がその気なら見つからないだろう。

 まあ、見つかったとして、人間側にはどうにもできないと思うが。


「さて、じゃー俺たちもここから避難だな。何食わぬ顔で帝都に向かおう」

「うんっ。フィリアおねえちゃん元気かな?」

「いや、二、三日でそんな心配しなくても、あいつは元気だよ」

「うんっ」

「じゃー、モコ頼む。別に騎士がいるところの横を堂々と通ればいいからな。隠れる必要はない。俺たちはドラゴンと無関係だ」


「わおーーーーん」

 

 いきなりモコが遠吠えをすると、森の奥の方から遠吠えが一つかえってくる。

 ウルフたちも元気そうだな。

 達者で暮らしてくれ。


 俺たちはいかにも平然と迷いの森を後にする。

 

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