第96話 当たり前にそこに存在するもの


「それがハンバーグ?」

「あー、ハンバーグの焼く前のやつ。ぐちゃぐちゃにしないといけないからな。風魔法でやってるんだ」

「私もやろうか?」


 フールは初めて見るハンバーグづくりが気になるみたいで見学している。

 他のメンバーはみんなで集まり、まったりとお話ししている。

 それよりもフールか……。ドラゴンが料理……できるのか?


「えっと、できる?」

「誰に言っているのかしら。もしかして風を司る、かの有名な暴風竜の私に?」


 俺の目の前に浮き上がり、バク宙を決めポーズをとるフール。

 うん、その暴風竜という呼び名がそもそも怖いのだよ。

 この作業に暴風は関係ないからね。頼むから、大地を削るようなことはしないでくれよ。

 まかせてと目をキラキラさせているフール。

 さすがに異世界初心者のあの時の俺と違って、大規模環境破壊はしないかな?


「じゃー、お願いしてみようかな」

「よし。ソラ、もっと肉を出しなさい。この量だと足りないわ」

「あー、うん。ほい」


 さらに大きな箱に肉ブロックを投下していく。

 

 フールは満足したのか、箱の上を飛び、次々と風の刃を出していく、

 ふふふーんと鼻歌を歌いながら、数十個の風の刃を箱の中で動かしている。

 しかも俺とは違い、数センチ単位で列を作り、一片を切り、角度を変えさらに切り刻む。

 

 なんて精密操作だよ。寸分たがわぬ間隔で数十個の刃を操る。まじ精密機械。

 そのあとも、ただ宙に浮いているだけのフールだが、その下では無数の風により肉ブロックがミンチへと変化している。

 俺はその天才的な魔法操作に度肝を抜かれ、口をあけたままその光景を見つめている。


「これでいいかしら?」

「さ、さすがだね。俺には到底できない光景だった」

「これぐらい息をするのと同じよ」


 いや、ほんとにそうなんだろうな。

 初めに心配した環境破壊は行われず、箱さえも無傷でミンチをつくりあげたフール。

 俺は指の数が限界だというのに、百ぐらいはある風を自由自在。

 これには力量の差を感じざるをえない。俺も精進あるのみだな。


「ティナの番っ?」

「お?もみもみするか?」

「するっ」

「じゃー、まずは手を洗ってな」

「うんっ、テトちゃーーん」

「にゃー」


 どうやらティナも料理参戦したいみたいだ。

 味付けもみもみはティナにお任せしよう。

 ちゃんとテトが出した水で手を洗い、エプロンを着るティナ。

 賢いし、可愛いし、お手伝いできるし。ほんと天使か?


 よしっと腕まくりをして、手を肉に突っ込むティナ。

 必死にもんでいるが、さすがに量が多いな。

 俺もティナの横でもみもみ。


「ティナ、形つくっていって」

「はーい」


 そろそろ疲れだすので、ティナはここまで。

 ティナは一口サイズのハンバーグを楽しそうに、さらに並べていく。

 

 はぁー、可愛いけど、これから焼きの作業があるのを考えると憂鬱になりそうだ。

 どうしても焼きの時間は短縮できないからな。

 そしてここは外だ、コンロ一つ、鉄板一つ。

 いつもの二倍は時間がかかる。


「もうできたのかの?」

「ああ、ドーラ俺はやりきったぞ」

「ご苦労、食べてもよいか?」

「いいぞ、みんなも食べて」

「いただきまーす」


 俺の一声で一斉に食べ始めるみんな。

 何皿にも盛られた肉の塊たち。その塊たちが俺が一息ついている間にもみるみると消えていく。

 ほんとうちの子たちはハンバーグが大好物なんだから。

 もうちょっとゆっくり食べよな。

 とりあえず、先に俺の分を確保。


「ほー。これはおいしいわね。最初はなんでぐちゃぐちゃにするのかわからなかったけど、ここまで柔らかくなるとは」

「そう、おいしいでしょ?うちの子たちの大好物なんだよ」

「私も好きよ」

「ありがと」


 初めて食べたフールもお気に召したようで、ハンバーグを頬張っている。

 改めて考えるとドラゴン二頭、シャドーキングウルフ、アサシンタイガー、エンペラーフォックス、天使、異世界人。すごすぎる構成だよな。

 俺もThe物語の主人公みたいな立ち回りができているのかもしれない。


 最近は武闘大会で優勝もしたしな。これは俺の魔王への道も近いか?

 そう思い、ドーラやフールに目を向けるが……。

 魔王なんてなるもんじゃないな。

 こんな天変地異みたいな存在がいる世界で力だけで覇権を取るのは不可能だ。


 もし取れたとしても、おそらくまだ知らぬ強者に滅ぼされるのだろう。

 皇帝さんも上には上がいると言ってたからね。

 あれは人類を代表としての言葉だったのかもしれない。

 


「じゃーソラがんばってー」

「にゃっ」

「わふっ」

「きゅっ」

「いってらっしゃい」


 食事も食べ終わり、まったりと休憩をした後、ティナは再度ダンジョン探検へと向かっていった。

 ドーラが見守ってくれるらしいので、なにも言うことはなくそのまま見送ることに。

 世界一安全な場所だからな。


 それでは、風と向き合っていきますかね。

 

 風について結構な研究を行ってきたつもりだったが、いまだフールが言っていることの理解ができていない。

 

 こういう時は初めから考え直し、おおまかな全体像を考えると見えてくるものがある時がある。

 なぜ、俺は今風の研究をしている?

 これの答えは簡単でフールに近づく、ドラゴンに近づくため。

 

 そのために必要なことは自然の風と魔法の風の同一化……。

 同じにできたとして、それがドラゴンほどの強さに近づけるのか?

 んー。それだけじゃないよな。

 ただ、俺の風魔法を自然の風にしたとして、別になんら変わりようがない気がする。

 ドラゴンに近づくという言葉が冗談のようなものでなければ、劇的な変化が俺に起きるはず。

 

 思考一つ、技術一つでそんな劇的な変化が起きるものなのか?

 考えていけばいくほど、フールが言ったことが冗談のように思えて仕方ないが。

 今も呑気に空中をただようフールを見ても、冗談のように思えない。


 フールがいうには、自然の風もこの世界が生み出した魔力でできている。

 それは間違いがないのだろうが、だからどうしたのだ。

 それが魔法の風と変わらないものだとして、俺が使えないものなら……。


 俺が使えない?俺は今なぜこんな思考をしている?


 確かに他人の魔法はその人の魔力で形成され、俺がそれを使うことはできない。

 では、自然の風の使用者はだれだ?この世界?大陸?

 もし、その魔力を俺が使えるとしたら?

 それは間違いなく化け物へと昇華する。

 

 体内魔力保有量だけではなく、自然にただよう魔力を使用し、風を生み出せるなら……。

 それがドラゴンへと近づく道……。


 俺はあたりに吹き散らしている風を止め、自然の風に帯びる魔力を探る。

 ここちよく体にあたる風を感じることはできるが、その本質であるはずの魔力は見当たらない。

 

 違う。そんなはずはないんだ。

 絶対に、この周りにも魔力はある。初心を思い出せ。

 モコに教えられたときのあの感覚を。

 存在しないだろうと思えるぐらい反応が小さい、血管を流れる血を探す作業を。


 俺は目をつむり全身の感覚を魔力感知に全振りする。

 

 

「あった」


 何時間ぐらいこの姿勢でいたのだろうか。

 あたりはすでに真っ暗で、気づいたらテントの中に明かりがあり、ティナたちの話声が聞こえる。


 時間はわからないが、自然に流れる魔力を探しつづけやっと見つけた魔力。

 それは小さな魔力ではなく、ただ、感知がしにくい魔力といえばいいのだろうか。

 あまりにもそこにあるのが自然すぎて気づかない。そんな感覚に近い物。

 一度気づいてしまえば、大気中に流れる魔力の多さに驚く。

 

「どうやら私の言葉がわかったようね」

「あー、自然の風と魔法の風の同一化。それの意味は自然の魔力と自分の魔力を同一視。もう、もっとヒントをくれてもいいじゃないか。必死に俺の風魔法を自然の風に近づけたじゃないか。まさか自然の風を俺の風にするなんて発想はなかったよ」

「ふふ。ヒントを出してもできない人は一生できないの。特にこの世界で生きている生物にとっては難しいのよ。ソラみたいな異世界の因子を持っている人でないとね」

「生まれた時から存在するものは当たり前すぎてそれが体の一部になっている。だからこそ、それを利用、感知するのは難しいってか?」

「そうなの。当たり前にあるけど、それがあることにも気づけない。当たり前を疑わない人にとってはたどり着くことがない場所」


 なるほどな。当たり前にあるけど、それがあることにも気づけないか。

 俺が異世界転移者だから他の人よりは見つけられる可能性があっただけか……。


「神が作り出したダンジョン。それが神の恵みってことは知っているよね?神はこの世界に生存する生物のためにあらゆる恵みを与えている。この空気中に流れる魔力も神の恵み。ただ、それが当たり前すぎて、利用するという概念自体がなくなってしまったもの。神の恵みだから誰でも使えるが、今となっては気づけた者にしか使えないものとなってしまっているの」

「少しだけ悲しい話なのかな?」

「神はそんなこと気にしないわ。この世界の生物は世界ができたときからこの魔力に触れ、時が流れていって、その子孫たちの体にその魔力が染みついていっている。だからこそ現在に生きる人間が体に染みついた魔力、自然の魔力を感知しろっていう方が難しすぎるのよ。だから今では私たちのような存在か。上位の魔物ぐらいしかその神の恵みの恩恵を受けていないわ」


 ドラゴン以外にも、自然にあふれる魔力の恩恵をうけている魔物がいるのか。

 どこにいるか教えてくれないかな?絶対に近づかないか、逆に友達になりにいきたいわ。

 一度気づけば、この自然にあふれている魔力量の異常さに気づく。

 こんな魔力量を使用した魔法を使える魔物、恐ろしいほどの強さだわな。絶対に敵対はしません。

 

「ちなみにテトモコも無意識化で使用しているわね。あの子たちは本能でその大切さがわかっているみたい」


 うちの子天才か?

 さすが神様から与えられた従魔。性能が優秀すぎるよ。

 それにしても疲れたー。もうへとへとなんだが。 

 この異世界に来て一番疲れているかもしれない。

 

「フールありがとう」

「いいのよ。私が教えたのではないわ。あなたが神の恵みに気づいただけ」

「それでもだよ。きっかけをくれたのはフールだ」

「ふふ。あまり褒めても爪と鱗ぐらいしかでてこないわよ」


 いや、それだけでも大金だぞー。


「自然の魔力を使った魔法はやってみないの?」

「いや、今はムリ。正直立っているだけでやっとなんだ」


 ふふっとフールは笑っているが、ほんとマジで限界。

 俺はふらふらと歩き、テントとへと向かう。

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