第88話 大罪


「あっ、ソラお帰りー」

「ただい……ま。ありがとう」


 ベクトル商会で休憩したのち、ミランダさんは忙しそうだったのでそのままラキシエール伯爵家へと帰ってきた俺を満面の笑みで迎えてくれる天使。

 なんと天使はエプロン姿で出迎えてくれており、天使力をアップさせていた。

 出迎えてくれただけなのに、つい天使すぎて感謝の言葉を述べてしまった。

 目がくらむほど輝いて見えるのは気のせいではないだろう。


 俺に近づいてきたティナはそのまま抱き着いてくる。

 うぅーー。暖かいよ。なんでティナは天使なの?どうしたらここまで癒せるの?

 

「ソラ……毎日見ているでしょ?私でも結構耐性がついてきたのに……」

「そこ、うるさいぞ。天使を愛でて何が悪い」

「可愛い顔が台無しなのよ。見てみなさい。筋肉という筋肉が弛緩しているじゃない」


 ほんとうるさい外野だ。

 ふん。もうフィリアなんぞに構っておれん。

 俺の腕の中にはなでてと頭を差し出している天使がいるんだ。

 

「にゃにゃや」

「わふわふわふ」

「そうなのか?」

「わふーわんわん」

「フィリアもティナのエプロン姿に鼻血を出したらしいな。何が耐性がついただ。ぜんぜんだめじゃないか」

「し、しかたないでしょ。私はティナちゃんのエプロン姿初めて見たんだからね。それになんでそんなにテトモコちゃんの言っていることがわかるのよ」

「ふっ。家族とは言葉が違ったとしても会話ができるのだよ。心がつながっているんだ。」

「いいことを言っているとは思うけど、その顔で言われても何とも言い難いわ。表情が緩みすぎよ。それにもうそろそろ、ティナちゃんからはなれなさーい」


 テトモコ情報だと、ティナのエプロン姿を見たフィリアはそれはもう大歓喜、大狂気。

 鼻血はだすは、詰め寄り抱きしめるわ。

 数分ティナから離れず大変だったとか。

 ほんと、もふもふと可愛いものを目にすると人格がおかしくなる。

 よくフィリアは俺のことを病気だというが、フィリアの方が絶対重症だからな?

 俺はそこまで狂気じみた顔をしてはいない。


 まあ、うちの子たちに手を出したやつに見せる顔は見たことないんだが。


「ティナは何か料理してたの?」

「そうだよっ。ケーキ。ソラのお祝いなの」

「お祝いか。ありがとうな」

「えへへ」


 やばい。うちの子が可愛すぎるんだけどどうしよう。

 影世界から見ていたので知ってはいたが、言葉として教えられると目から水がでそうなほど喜んでしまっている。

 可愛い。

 その言葉しかでない。


「お腹はすいているのかしら?おやつの時間にでも食べようと思うのだけど」

「そうしよう。ナイスな提案だ。夕食なんてまってられない」

「わかったから、いきなり詰め寄るのはやめて。びっくりするでしょ」


 フィリアのナイスな提案ですぐにティナ手作りケーキを食すことができそうだ。

 フィリアもたまには役に立つな。

 ん?あれは……


「シロ。こっちにきなさい」

「きゅう?」


 床にだらーんとしているシロを呼びつける。


「この口元にあるクリームはなにかな?」

「きゅっ……きゅうきゅう」

 

 俺の言葉を聞くとすぐさま舌でぺろりと口元についたクリームをなめとるシロ。

 なにやら。テトモコも食べたと主張しているようだが。

 これはどうゆうことなのかな?

 

 テトモコをちらっと見るが、二匹とも顔をそらし明後日の方を向く。

 あれれー?おっかしいなー。いつもはちゃんと目が合うんだけどなー。


「テトモコ集合」

「……にー」

「……くぅ」

「うん。怒ってないからね。説明してくれるかな?」

「にゃにゃにゃ。にゃー」

「うんうん。それで?」

「わふわんわん」

「なるほど、ティナが一回目に作ったやつはすこし失敗したから、二回目を作ったんだね?」

「わふー」


 それで一回目のケーキはおいしく三匹がいただいたと。

 くそー。俺がその場にいればその作品も味わうことができたのかもしれない。

 なぜ、俺はキッチンへと直行しなかったのか。

 今考えるだけでも後悔しかない。テトにあの時言われなければ……


 テトに……


「テト?もしかして狙っていたとかじゃないよね?」

「にっ……」

「モコ?」

「……」

「シロ?」

「きゅうきゅうきゅっ」

「にゃっ!」

「わふっ!」

「ふーん。なるほどねー。確信犯なんだね。これは今日のブラッシングはなしかなー」


 そんなっと絶望の表情を見せるテトモコシロ。すこしかわいそうに思えてしまうが。

 でも、これはおこだぞー。ティナのケーキを独占するのは大罪だ。

 テトモコシロは俺に体を寄せ、なんとか許してもらおうとしているが。これは許せない。


「ソラ―。怒っちゃダメー。ティナが頼んだの」

「ティナが?」

「そうだよ?ソラにはおいしいの食べてほしくて。ティナいっぱい失敗すると思ったから、みんなで食べてねってお願いしたの」


 俺に近づき、一生懸命に説明するティナ。

 こんなにも必死に説明されると怒るものも怒れないし、そもそもティナの頼みならテトモコシロを怒ることはできない。

 てっきり大好きなティナの手作りケーキを独占するつもりだったのかと思ったよ。


「ティナのお願いなら仕方がないな。ちゃんとお願い聞いてあげたんだよね?」

「にゃっ」

「わふっ」

「きゅっ」

「なら良いよ。失敗したのを捨てるのはもったいないしね。ちなみにおいしかった?」


 俺の機嫌がよくなったと察したテトモコシロは俺に甘えだして、おいしかったーと鳴いているが。

 やっぱりおいしかったのかー。

 それなら俺も食べてみたかった。切実にうらやましく思う。


「ソラ君。ケーキをお持ちしますので、庭でお茶にでもしませんか?」

「そうします。サバスさんありがとう」


 サバスさんが堪え切れない俺の気持ちを理解したのか、さっそく食べようと提案してくる。

 そのまま庭にでてケーキを座して待つ。


「お待たせしました。こちらがティナちゃんが作ったケーキです」


 そこにあるのはシンプルなショートケーキ。

 売り物とは違い、すこし不格好なクリームで飾られているが、俺にとってはどれほど綺麗に飾られたケーキよりも貴重なものだ。

 

「魔力も入れてみたのっ」

「魔力?」


 ケーキが一人ずつに切り分けられて、いざ食べようとするとティナから声がかかる。


「売り物はしないけど。好きな人にあげるお菓子には魔力をいれるって教えてくれたの」

「へー。そんなことをするのか……」


 今、さらっと好きな人って言った。

 天使が愛の告白をしてきているんだけど……

 

 召されようとしている精神をつよく捉え、現世に戻す。

 俺はまだケーキを食べていない。こんなところで死んでたまるか。


「食べてっ」

  

 天使に催促され、フォークを使ってケーキをとる。

 そのままゆっくりと匂い味わい、一口。


「ソラどうかな?おいしい?」


 口の中に広がる甘いクリーム。

 中に入っているいちごの酸味と甘さがまざり絶妙なハーモニーを奏でている、

 それに優しく心地がいい味がするのはティナの魔力のおかげか?

 

 心が浄化されるとはこのことか。

 まるで、全身を天使の羽でつつまれているような感覚になる。


「おいしい……」

「やったぁー。大成功っ」


 ティナは隣で大喜びしているが、俺はおいしいとしか言うことができなかった。


「ソラ……ケーキ食べて泣かないでよ。もうほんとバカなんだから」


 フィリアに指摘されて気づいたが俺は涙を流していたらしい。

 自分でもバカだと思うけど、嬉しいんだからしかたないだろ。 

 勝手に涙がでやがったんだ。


 そんな俺を気にせず、失敗作をホールで食べたであろうテトモコシロはそんなことを感じさせない食べっぷりを披露している。

 ふがふが言いながらも皿に顔を突っ込む姿は実に可愛い。

 三匹揃ってしっぽをフリフリ。


「ティナありがとうな。フィリアもありがとう」

「別にいいわよ。私も楽しかったし」

「あのね。いつまで外にいるの?」

「ん?ダンジョンにってこと?」

「うんっ」

「いつまででもいいけど、何か予定がある?」

「四日後にね。予定があるの」

「じゃー、それまでにしよっか。その日にラキシエール伯爵家にいればいい?」

「うんっ。ありがとー」


 店の人の話だと二、三日ということだったから、おそらくスーツがその日に届くのかな?

 ティナだけの予定なんてあることの方が珍しいからね。

 それに顔が満面の笑みなので、プレゼント関係のはずだ。

 ここはそれには触れず、ただ、四日間待とう。

 世の男性よ。こういう気遣いができる男であれよ。

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