第73話 煽るのダメ

「ソラ、もうすぐだねっ。楽しみ」

「がんばってくるよ」

「おう、ソラの戦いしかと見させてもらう」

「ゼンさんもうちの子たちをよろしくお願いします」

「まかせろ」


 先ほど、Eグループの試合が終わったので、次は俺の出番だ。

 ゼンさんは今日、解説の仕事はないみたいだが、俺の試合を見るために待っていたそうだ。

 予選はどうやらステージ近くにうちの子たちを連れていけないらしいので、試合の鼓舞をしにきたゼンさんに見守ってもらうことにした。

 考えてみると、五十人近い人の家族をステージ近くにいさせられないよな。

 

 俺は観客席から降り、ステージの待機室へと向かう。


「緊張しているっすか?こういうのは楽しんだ奴が勝っす。」

「してないよ。んー、本戦は楽しみだな」

「俺っちたちには興味ないと。面白いっすね。俺っちを舐めてると足元すくうっすよ」

「まあ、頑張って三人に残ってよ。本戦で戦おう。予選でヒロさんと戦うつもりはないよ」

「いいっすね。俺っちの右腕がうずきだしたっす」


 そんなやり取りを狭い待機室で行っている。

 案の定、周りからの視線が強くなるが、そんなものは無視だ。

 文句があるなら力を示せ。

 視線を気にせず、案内人が来たので一番乗りでステージへと向かう。


 ステージ上に上り、周りを見渡すと人の多さにすこしびびる。

 アーティストやスポーツ選手は毎日こんな世界を見ているんだろうな。

 うちの子たちと生活し始めて人の視線には慣れたと思ったが、やはりここまでの数になると緊張するもんだな。


 うちの子たちがいるあたりを見ると、ティナが手を振っている姿が見える。

 テトモコシロも大きな鳴き声を上げ、声援してくれている。

 これだけでどれだけ力が身に宿るか。声援の大事さを身に染みて感じるよ。

 天使たちに応え、手を振っておく。


 ステージ上を歩き、ステージのど真ん中に座り込む。

 さぁー、うちの子たちの期待に応えて華麗に予選を終わらしますかね。


「さぁー、これから予選最終グループであるFグループの試合が始まります。長時間になっていますが、皆さんまだ声はだせますか?」

「「「好きだぁー」」」

「皆さんまだまだ元気のようですね。そのまま最終試合も声援よろしくお願いします。あれ?少年が座り込んでいますが、あれは……あー。ありました。ソラ君ですね。十歳にしてBランクの冒険者。死神の二つ名を持ち、天使の楽園の守護者。メロディーが今大会で一番気になっている少年です。ソラ君楽しみにしてるよー」


 司会進行役のメロディーさんが紙を手に取り、俺について話していく。


 個人情報保護はこの世界にないのだろう。

 もう、このことに関しては気にしないことにするが、最後らへんの言葉は余計だったかな……

 ほら、俺の周りに出場者が増えてきたじゃないか。

 あんた人気者なんだからもっと発言に責任を持ってほしい。

 気になっているとか、声援とか、あんたに好意ある男性が聞いたらどうなるか。

 少し考えたらわかるだろ。


「おい、ガキ。メロディーちゃんのお気に入りかどうかしらないが、俺が殺してやる」

「いや、俺にやらせろ。子供だからって容赦はしない」


 ほらー。ゴキブリが寄ってきたじゃん。

 こういうのは何もしなくても増え続けるんだから変に煽って増やしちゃダメだよ。

 俺は周りの声をシャットダウンし、問題発言したピンク髪を睨みつける。


「あら、ソラ君も元気に見つめ返してくれてますね。ソラ君可愛いよー。十歳は武闘大会最年少よ。頑張ってね」


 不満を込めた睨みも効果がなく、さらに男性陣を煽る結果になってしまった。

 メロディーさんはペロリと舌をだす仕草をしているので、おそらく確信犯だ。

 あーいうアイドルは性格が悪いやつが多そうだな

 どーせ。男性陣の反応を楽しんでいるのだろう。

 はあ。見た目と作られた性格などに騙されないようにしないとな。


「では、皆さんのやる気も上がってきたみたいなので開始します。よーい。始め」


 誰がやる気をあげたのか……

 やれやれ、メロディーさんの開始の合図と同時に周りを囲んでいる数人が一斉に近寄ってくる。

 どの顔からも殺気を感じるが、こんなやつらの殺気など死の森の魔物に比べるとそよ風みたいなものだ。

 ただ、そよ風といっても気に食わないのは変わらない。


「サイクロン」

 

 ステージの真ん中で座り込んだまま、風魔法を発動し俺を中心に竜巻を発生させる。

 その渦を大きくさせていき、どんどんとステージを包み込んでいく。

 近寄ってきたやつらは初め、風に耐えていたが、威力を増す風に耐え切れず、徐々に飲み込まれていく。


 どうやら守護結界は半円状らしく、上空にも場外判定があるらしい。

 竜巻に飲み込まれていく出場者は上やステージ横の守護結界の判定に触れ、場外判定となり、ふわりとその横の地面へと落ちていく。

 これは観戦をしている時に知ったのだが、横に吹き飛ばされて退場した人はふわりと地面に落ち、ケガをすることはない。

 勢いよく場外に飛べば、観客席の壁に当たりケガをすると思ったのだが、ちゃんと想定してあったようだ。

 あまり血みどろの死闘をティナに見せたくないからこそ考えた竜巻戦法。

 

 これであれば、風の切り傷は多少あるだろうが、ほとんど血が出ることなく退場により戦闘終了だ。


「これは……Fグループの本戦出場者はソラ君だけですね」


 広範囲の風魔法を見たメロディーさんは動揺しながらも、静まり返った闘技場で試合終了の宣言をする。

 ステージ上は俺が座っているだけ。近寄ってきていたゴキブリや、端の方で戦闘をしていた出場者全員がステージ上から姿を消していた。


「「「おおー」」」


 メロディーさんの宣言から少し間が空き、闘技場は人々の爆音に包まれる。

 声の数が多すぎて聞き取れないが、どれも俺の戦闘に興奮しているみたいだ。


「ソラ―」


 そんな喧噪に包まれている俺だが、ふとティナの声が耳に入る。

 うちの子たちがいる方を向くと、大きく手を振りながら、俺の名前を呼んでいるようだ。

 飛び跳ねているティナの体をモコがしっぽでつかんでいるのが見える。

 

 どうやら、うちの天使を満足させることはできたみたいだ。

 これだけでもこの武闘大会に出た意味があったと言えるよ。

 天使が輝いているように見えるのはティナが笑っているからか?

 あー。目の保養。癒し。

 ありがとうございます。

 

 興奮しているうちの子たちに手を振り、声に答える。


「僕くん。強すぎっすよ。なんもできなかったっす」

「あー。ヒロさんごめんね。最初から予選をまともに戦うつもりなかったからね」

「そりゃー、緊張しないわけっすね。今回は優勝譲るっすよ」

「ありがと」


 ヒロは悔しい表情を見せていたが、そのままステージから離れて行った。

 他の出場者の中には睨んでくる者もいたが、ほとんどの者はそそくさとステージを去っていった。

 

 正直全員を場外にできるとは思っておらず、数人は残ると思ったんだけど……

 ヒロさんも強者感を醸し出してたし、魔法を使える人なら何かしらの対処をしてくると思っていた。

 想定より、Fグループのレベルが低かったのだろう。

 実際やってみないとわからないが、各グループの本選出場者レベルなら対処できたはずだ。

 口だけヒロだったのかな?


 それに試合後に意外と俺につっかかってくるやつはいなかったな。

 まあ、力量差を感じ取れる人が多かったのかな?一応、帝国最強を決めるという謳い文句で開催されているし、それなりにみな強者なのだろう。

 

 今年は俺と同じグループだったことを悔やんでくれ。それか運がなかった自身を恨むんだな。


 さて、うちの天使がお待ちの様子なので俺も戻ろう。

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