第37話 テトモコシロがあふれている?


「見えてきたよー」


 ティナの喜ぶ声が馬車に響きわたる。

 およそ、一週間の日程でスレイロンに戻ってくることができた。

 長い間滞在していたのではないが、なつかしさがある。

 

 これで、長期にわたる依頼も終了だ。

 特に仕事という仕事はしていないが、フィリアの従魔が決まってよかった。

 チロと呼ばれているイタンチは嬉しそうにフィリアに寄り添っている。


 チロの名前の由来はティナの一言だった。

 チロチロ動いていて可愛いね。

 ティナの目には、小さい体で動くイタンチがチロチロ歩いていると見えたのだろう。

 その効果音は俺にはよくわからなかったが、フィリアにはドンピシャにハマったらしい。

 色々と考えてはいたのだろうが、即決でチロに決まってしまった。


 あの時の宣言はどこにいったのやら。

 まあ、互いが喜んでいたので、俺は何も口にしなかった。


 馬車は進んでいき、門のところまでついた。

 伯爵家の紋章が刻まれている馬車なので、簡単に門を通過することができる。


「うわぁーーーーー。見て。テトちゃん、モコちゃん、シロちゃんがいる」

「ん?何を言っているんだ?テトモコシロならここにいるだろう」

「ちがうよ。外」

「外?」


 俺はティナが見ている窓から外を見てみる。

 そこに見えるのは、黒と白のテトモコシロパーカーに身を包んでいる子供たち。

 公園でみんなで遊んでいるのだろうが、うちの子が三匹とも勢ぞろいしている。

 十人ほどいるが、八人はテトモコシロパーカーに身を包んでいるようだ。

 

 すっかり、頭の中から抜けていた。

 あの恥ずかしい出来事を。

 思い出さないように、頭の中に封印していたものが一気に記憶としてよみがえる。


 ミランダさんの説明では一か月後と聞いていたが、少し早まったのかな?



「きゃーー、かわいい子たちがいっぱいよ」

「ねっ」


 馬車の中にいるフィリアも大騒ぎだ。

 早く着なくちゃとつぶやいているが、屋敷に届いてるかどうかわからないだろ。


 俺たちはギルドの目の前で馬車からおろされる。


「はい、受注書。わたしは忙しいの。早く受け取りなさい」


 さっと、渡されるサイン付きの受注書。

 忙しいって、どうせテトモコシロパーカー着るだけだろ。

 帰ったばっかりで、次の準備をするはずがないし、絶対にそうだ。

 それにフィリアの目がそう語っている。

 目は口ほどに物を言うというが、初めて実感できたよ。

 

 チロとうちの子たちは別れの挨拶を終えたのか、それぞれの主の傍に近寄る。

 こういう時は主人より、従魔の方がえらく感じるよ。


「チロよ。これから大変かもしれないが達者に暮らせよ。なにかあったらうちを頼るんだぞ?ティナに言えばいいからな?」

「そうだよっ」

「ちょっと、うちの子になんてこと言っているの。私がいるから大変なわけないでしょ」

「フィリアがいるから大変なんだ。あんまり構いすぎるなよ。嫌われるぞ?」

「なぁっ」


 

 驚愕な顔を見せているが、ほんとだぞ?嫌われても知らんからな。

 俺たちにできるのはここまでだ。

 アフターサービスは受け付けておりません。


「きゅうきゅう」

「ほら、チロが心配そうな顔してるだろう。ちゃんとしろ伯爵令嬢」

「もう、伯爵令嬢なんて呼ばないで。チロごめんね。大切にするよ」


 いや、伯爵令嬢を伯爵令嬢と呼んで何が悪い。

 それにしても、こいつは親バカになるだろうな。

 甘やかされるチロの姿が目に見える。

 たまには遊びに顔をみせるか。

 うちの子たちも喜ぶし、なによりチロの教育が心配だ。

 食べ過ぎて丸々と太ったチロを見たくない。

 いや、それも可愛いのだが、それはそれだ。健康体が一番だ。


 チロを抱っこしたまま、馬車に乗り、ティナは颯爽と去っていった。


 俺たちは受注書を提出しにギルドへと足を入れる。


「おう、久しぶりだな」


 今日も元気なギルマスのおじいさん。

 だから、いつもなんで受付にいるんだよ。

 呼ばれるので、仕方なくその受付に向かう。

 

 おじいさん、横の受付嬢の顔みて?怖い顔してるから。

 うちの子たちはファンが多いんだから、あまり敵を作るべきではないぞ?

 女社会は怖いんだからな。

 そんなことを口にして言えるわけはなく、そのまま受付へとたどり着いた。


「領主様の依頼は終わったのか?」

「あー、終わったよ。俺はなにもしてないけどな」

「サインがしてあるなら、それでよい。依頼料の金額が増えているがどうしたんだ?」

「料理を提供しただけだよ」

「そうか。ならよい。これで依頼達成だ」

「よかったよ。じゃー、俺たちはこれで」

「待て、ソラ達が来たら、エレナを呼ぶ約束をしている。少し待っておれ」


 ん?なんだろう。

 解体もお願いしてないし。これ以上ギルドに用事はないのだけれど。

 

「ソラ様、ティナリア様、お帰りなさい。お待ちしておりました」


 いつもきれいな眼鏡をかけた副ギルマスのエレナさんが二階からやってきた。


「あなたたち、行きますよ」


 エレナさんの声で、受付にいる受付嬢以外の事務仕事をしている女性が席を立ち始める。

 何事?

 

 俺たちはエレナさんの後について行き、いつもの部屋へと入る。


「天使の楽園様、十分ほど私たちに時間をくださいませんか?」

「いいけど、なにするの?」


 これからベクトル商会にパーカーの件で聞きに行こうと思っていたが、別に十分ぐらいではなんも支障がない。


「私たちに従魔とふれあう時間が欲しいのです」


 真面目な表情でエレナさんは言う。


「え?そんなこと?いいですよ」


 その言葉を聞いた女性たちは大歓喜。

 黄色の声が部屋中に響き渡る。


「ありがとうございます」

「「「ありがとうございます」」」


 綺麗に揃った、感謝の言葉。

 こんなことで、団結力を見せなくてもいいのに。


「それより、皆さん、仕事の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。これはすべてマスターが悪いのです。わたしたちはあれほど変わってほしいと申し上げたのに、受付に居座り、天使の楽園様を独占したのですから。天罰です」


 おおー、女性が沸々と怒っている姿は何とも言えない怖さがある。

 敵対は絶対に死を意味する。

 これはなにも反論せず、従うべきだ。

 

 そう考えるとギルマスのおじいさんは度胸のある人なんだな。

 こんな視線。俺だと一分ももたない。


「では、どうぞ」


 俺はうちの子たちを献上する。

 別に嫌がっている感じもないし、おやつに早くも食いつこうとしているので大丈夫だろう。

 気の弱い主でごめん。

 俺はこの人たちに逆らうことはできない。


 ティナも愛でる対象なのか、女性たちに囲まれお話ししている。

 

 あのー、俺は別に愛でなくていいです。

 こんな見た目だけど、精神年齢二十代なので、お菓子にはくいつきませんよ。


 あっ、テトモコシロパーカを着ろと?

 なぜ、冒険者ギルドにその服があるのかな?

 受付で見たことがある女性が無言で俺の前に持ってきて見せているが。

 その服知っているよ?

 俺も製作者側だしね。


 はい。俺に拒否権はないと、目線でねじ伏せられる。

 俺は命令に従い、テトパーカーに袖を通す。


 

 

 そこからの記憶はない。

 もう消し去ってしまった。

 最後の記憶は女性の膝に乗せられ、撫でられている時のものだ。


 これほど、十分が長いと感じたことはない。


 気づくとエレナさん以外の女性は仕事に戻っていた。


「天使の楽園様ありがとうございます。これで業務がはかどります」

「いえ、これぐらいでお役に立てて良かったです」


 俺たちは、いや、正確には、俺はふらふらとギルドの外へと歩みを進める。

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