第38話 宣伝活動は続くよ
修羅場をのりこえた俺は、へとへとに疲れきっていた。
本当にひどい目にあった。
うちの子たちはいつも、あんな好奇な目で見られているのか。
膝に乗せられ頭を撫でられるのが、あれほど恥ずかしく、居心地が悪いものだとは思わなかった。
子供の時はおばあちゃんやお母さんにされると嬉しかった記憶があるが、成人すると精神がもたないな。
冒険者ギルドの綺麗な職員さんにされるのが別に嫌というわけではない。
でも、改めてそういう性癖はないと確信が持てたよ。
嬉しいよりも恥ずかしいが勝つ。
疲れ果てた俺は冒険者ギルド前の大通りで人目を気にせず、モコに抱き着く。
モコも突然抱き着かれ、しっぽがぶんぶんと振られている。
黒いもふもふ……癒しだ。
俺はやはり、癒される側でいい。
決して癒しの対象ではないのだ。
「ソラ……なにしているの?」
モコに抱き着いて、心の癒しを得ていると、突然頭の上から声が聞こえる。
誰の声だ?ティナの声ではないな。
俺は声の主を確かめるために、モコから離れ、振り返る。
「ミランダさん?」
「ひさしぶり。大通りで宣伝してくれるのはうれしいのだけれど、モコちゃんに抱き着いてだらしない顔をしないでくれない?」
「俺の勝手だろう。精神的事情により、早急にモコの癒しが必要だったの」
「そうなの?でもソラが私服として、モコちゃんパーカー着るなんてどうしたの?あんなに嫌がってたのに」
「はぁっ」
忘れていた。
冒険者ギルドの女性にもてあそばれた俺はそのままの恰好でギルドを出てしまっていた。
そして、大通りでモコの姿をした俺がモコに抱き着いているところを見せてしまった。
「あれって、死神だよな?そんな怖そうにみえないぞ」
「バカ、やめろ。大鎌で切り裂かれるぞ」
「やっぱりいい子なのよ。ちゃんとお兄ちゃんしてる」
「本家のモコちゃんとお兄ちゃんのモコパーカー姿が見れるなんて……それに、仲睦まじく抱きついて顔をスリスリしていたわ………興奮して今日は寝れないかもしれない……」
近くで冒険者の声が聞こえてくる。
死神のことはもう受け入れよう。少しカッコいいし、気に入っている。
だが、いいお兄ちゃんていうのは恥ずかしいからやめてくれ。
もちろん、うちの子のためならいつでも、いいお兄ちゃんでいるつもりだが、お前たちに見せるためにお兄ちゃんしているんじゃない。
そして最後の女性は早くどっかに行ってくれ。身の危険を感じる。
「もうなにしているのよ」
「脱ぎ忘れただけだ」
そう言って、すぐにモコパーカを脱ぎ、いつもの神様印ローブに着替える。
周りから文句の声が聞こえるが、そんなもん無視だ。
自分でテトモコシロパーカー着て鏡でも見とけ。
「わふ」
「ごめんて、宿で着てあげるからな」
「にゃー」
「きゅうきゅう」
「わかったって。テトシロのも着るからさ。宿まで待って」
脱いだら脱いだで、うちの子たちからも文句を言われる。
もー、なぜみんな俺のテトモコシロ姿が好きなのよ。
まあ、うちの子たちの願いなら全力でかなえてあげるけどね。
宿でうちの子ごっこしてやろう。
もちろんティナも着せ替えて、みんなでうちの子ごっこだ。
「それに私は言いたいことがあるんだけど」
「聞きたいことは俺もあるが、とりあえず、なに?」
「あなたたち、なぜ大通りで宣伝してからすぐに街を出るのよ。店で幼い子に犬ちゃんどこいったの?って聞かれる私の身にもなってよ。なぜか、その親も私があなたたちの保護者的なものだと勘違いしているし。全然、あなたたちの行動を知らないし。本当に困ったんだからね」
「あー、それはごめん。領主様からの依頼があったんだ今までヘンネルにいたよ」
「それは、数日して冒険者ギルドに聞いたわよ。商売のことで困っていると言ったら、ギルドマスターが教えてくれたわ」
おじいさん……
俺たちにプライバシーというものは存在しないのか?
仮にも領主様の使命依頼をこなしていたんだが?
そもそも、個人情報の保護など存在していないのかもしれない。
「ごめんごめん。で、なんでもう販売してるの?確か、まだ一か月はたってないはずだけど」
「それは予約数がとんでもないことになったから、出来次第販売することにしたのよ。一気に販売開始にすると店が混雑して、商売にもならなくなりそうだったからね」
「なるほど。それはよかったね」
「他人事じゃないんだからね?でも、職人も良い意味で忙しそうだったわ。今度はこれを帝都でもはやらすわ」
「……」
ここで、今度帝都に行くことを伝えてもいいのだろうか。
そうすればミランダさんは一緒に来るって絶対に言いそうだ。
そうなると不幸な未来が見える。
帝都を歩き回るうちの子たちとテトモコシロに扮した俺が。
でも黙って行ったとしても、いつかばれるのか?
もし、ばれたら……怒られそうだな。
お金のことになるとミランダさんは目の色が変わるからちょっと怖いんだよね。
ここは正直に話そう。
「近いうちに帝都に行くつもりだよ」
「え?なに?もう一回いって?」
目が金マークになっているミランダさん。
絶対聞こえているじゃんか。
「近いうちに帝都に行くつもりだ。ただし、一緒には行かない。フィリアが学校に戻る時に一緒に行くつもりなんだ」
一緒に行くとなると、通る街すべてで宣伝を行いそうだ。
そんな体力と、精神力は俺にはない。
時間は有り余っているが、精神力には限りがあるのだよ。
だからあきらめてくれ。
「あら?そうなのね。それは残念。でも帝都では宣伝をしてくれるのでしょう?」
有無をも言わせぬ言葉づかいで俺に圧をかけてくる。
お金は人を狂わすと聞いたが、この人も狂っているのだろうか。
それとも店を経営している人はみんなこんな感じなのか?
常に売り上げのことを考えているのではないだろうか。
「暇だったらやるね」
「なら、いいわ。どうせ暇でしょ?それに楽しみね。帝都でも制作を急がせないといけないわ」
人を暇人扱いするなよ。
そして、職人さんの仕事を増やしてしまったようだ。
ごめん。すべてあなたのところの会長のせいだからね。
俺は見も知らない人へと謝罪の念をこめて祈る。
「ソラ、またでいいから、商業ギルドに行って、口座確認しておいてね」
「あー、また見とくよ」
今のところ金は一億以上残っているし、困ってないのでまた見よう。
ミランダさんとも別れ、今日の任務がすべて終了した。
俺たちは、以前泊っていた幸せ亭に宿をとる。
時間はお昼を過ぎたころだが、長旅の疲れで、すぐに眠りについた。
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