姫守の君
その麗しい女性は、血相を変え息を整える間も取らず、林道を走る。
「華多那‼ 華多那ーーーどこだーーー」叫ぶと、肩口の穴から血がどぼどぼと音を出して噴き出した。
「くそっ」彼女は、乱暴にそこを布で縛ると再び走り出す。やがて周囲に異様な臭いが立ち込める。それは彼女が戦場で嗅ぎ慣れた血の臭い。
そして、間もなくその現場を見る事となる。
まるで腰が抜けた様に座り込む自分と同じ顔の女と、そしてその傍に横たわる2つの死骸。少年と、もう一体は首が切り離されていて顔から判断は出来ないが、その少年と同じ格好をしている事と――生き残っているのが華多那である事を考えるとそれが尾満の2人だという事は容易に考察が行きつく。
「よかった、華多那。ごめん、あいつら予想よりもずっと強くて手こずった。いや、強さと言うよりも……生きようとする意志がすごかった……でも、終わったよ。我々がやはり運命に選ばれたんだ」村上は強く、その自分と同じ顔をした少女を抱き締め、そして安堵から一筋の涙を流す。
そうして、8名の尊い命の下、この儀式は終わった。
瞬く間に、それぞれの郷へ――その結果は知らされる。
そんなそれぞれの悲しみを背に――2人は自分達の郷へと戻る。しかしてその足取りは今までの人生の中で恐らく最も軽いものだろう。
陽が沈みかける真っ赤な夕焼け時――もう、郷は目の前であった。
「ご覧。華多那――とても綺麗な夕焼けだよ」村上は微笑みながらその少女を見る。
そして、夕焼けに染まるその瞳を見た瞬間。
「……そんな……馬鹿なっっぁ、そんなっっ‼ 」彼女は頭を抱え、ひどく、ひどく取り乱した。
「嘘だっ、そんな……‼ 」そして、自分と同じ顔の少女の――その夕焼けの様な瞳を見つめ続ける。
「嘘だーーーーーーーーーーー‼ 」その叫びはまるで身を裂かれる程の悲痛なものであった。
その後、全国の郷々へ風の噂で、安芸の剣神とまで言われた村上翠鳳が自ら割腹したという話が流れた。理由は不明であるが、一説には意味深な辞世の句を残していたとも言われている。
そしてこの儀式より1年後の天文19年。
毛利元就は配下の井上元兼並びにその家族を一部を除いて全員を処刑する。
その理由は後世には、元兼の暗君極まりない悪行の粛清とされているが、未だに真実は不明となっている。そしてそれに伴い、元兼の直属の家臣五楼撰は解体。元兼へ絶対の忠誠を誓っていた柳王の城主は元金と共に処刑を望み、元就の下、執行された。その後は一部の家臣と彼の家族は元就の保護を受けたが、そこに安芸一美しいと評判であった華多那姫の姿は無かったという。
姫守の君 ジョセフ武園 @joseph-takezono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます