終焉
彼等が歴史の表舞台に記される事は先ず無い。
唯一残る記録としては毛利元就の厳島の戦いの文論にわずか書かれているだけでそのルーツは謎に包まれており一説には毛利配下の忍びの一団とも言われている。
彼らは産まれ落ちた瞬間より他の忍びと同様に忍びとしての一生を背負わされ、その命は郷の為に余りにも軽く扱われた。滅びたとも言われる程に。
忍びの中で最も基礎的な任務は他国への潜入、その情報収集である所謂隠密である。
九鬼一族は、その中でも乳離れした程の幼児に忍びの術を教え込み、敗戦地の孤児に紛らせて他郷へ潜入させる
「なぁ、なんで、なんで何も言わないんだよ隼太。
お願いだ。隼太。そんな目で私を見ないでくれよ」
その様子を厳しい目つきで睨みつけると、華多那姫は言う。
「諦めよ、白雪姫。
そもそも、其方はこの者の事をどれ程知っている? 身長? 体格? 幼い顔立ち? 黒色の短髪? 話し方? この少年の――それが、其方が知るこの者だとすれば。
――残念だが、それはまるで書かれた文字の中で其方が想像し創造した隼太と言う少年の像でしかない。存在する全ての者には決して書かれない過去が存在する。
つまりこれがまごう事なき事実で運命なのだ。こちらは
そろそろ、向こうも決着が付いておる事だろう。
さあ、凪丸。お前の手でこの儀式をそして永きお前の任を、終わらせろ」
華多那姫の言葉を受けて隼太は、小太刀を鞘から抜く。
そして、その切っ先をしばらく眺めたのち――。
咲の方へと向き直る。
咲は怯えた表情を浮かべ、後ろへ後ずさる。そしてその分、隼太がその距離を詰めていく。
幾度も。
幾度も。
その様子を瞬きもせずに華多那姫は厳しい眼差しで一挙手一投足を見守る。
隼太は思っていた。
この時が来てしまったと。
一族の習いに従い。今まで郷の為に生きてきた。
偽りの顏で。偽りの心で。偽りの言葉で。
そして今忍びとして、郷の為に、一族の為に。正に絶好の機を得た。
その目標が動きを止める。もうその背に逃げる範囲はない。
2人の眼が重なり合う。
――思考を止めろ。隼太は、いや凪丸は自分にそう言い聞かせた。
だが、なんだ?
何かが五月蠅く自分の前で呼んでいる。
誰を。
まるでガラス張りのその箱に。水を張った先の様な声。
だが、何故だろう。その声はとても懐かしく。とても温かい。
「姫様」
途端、真っ暗な凪丸の、隼太の目の前の景色に――。色が蘇る。
ああ……。
「姫様、危のぉございますよ」
「姫様、足下にお気をつけて下さいませ」
その景色の中には
いつも居る。
自分と、目の前の姫君が。
血と、戦と、謀略と死の色を義務付けられた己の宿命の中で。
その景色は、あまりに眩しい。
天真爛漫に、突拍子もないような事をするのに。
彼女はいつも、ふと寂しそうな顔をする。
「なあ、隼太。いつか私と共に、外の世界を見に行ってくれないか? 」
そして、そんな困らせる様な事を。いつも言う。
貴女はいつも――。
儚げで――。
脆そうで――。
淋そうで――。
眼を離すと消えてしまいそうなほど危うくて――。
だから。
「どうした? 凪丸」
華多那姫のその麗しき眉間に崩れる程の大きな皺が刻まれた。
暫らくの間、返答はない。
だってその顔を
泣きそうな目で見ている。
その少女に見せなければいけないのだから。
「隼太ぁ~~、隼太ぁ~~~~……」
その情けない声を聴いた後、彼は華多那姫に向き直る。
その瞳、もう迷いはない。
「……成程。真意は解らんが。それが、お前が選んだ解答だな? 」
華多那姫は、それだけを言うと彼に静かに太刀先を向けた。
「なれば、城主の代わりとして我が郷の反逆者を斬る」
対し、低い体勢になり小太刀を逆手に持ち、横手で構える。これが、隼太の本当の構え。
「姫………いや、咲」
その言葉の返答はきっと聞けない。それを知りつつ隼太は言う。
「行こう。全部が終ったら。全てを放り投げて。
僕も、いきたい。君と、いきたい。
君と、僕で――外の世界を、自由に。行こう。何処までも」
姫守の儀式――開始より3日と10時間。遂に、その終焉の刻――。
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