決死
「柴姫様、足下に重々ご注意を」
桃谷が、そう柴姫に気を遣いながらも、逃げる相手を追走が出来たのは相手の速度に余裕を覚えたからだ。彼は咲の推察を確信していた。
あちらの相手こそが、柳王の姫君だと。
それから、間もなくだっただろうか。追走の相手は足を止めてその場に立ち尽くす。
大きな滝を背に、その羽衣がまるで波打つ様にたゆとう。
「界田、桃谷諷太郎。怨みは無いが――済まない。我が姫君の為、士でない貴方の命を貰い受ける」その様子を見た桃谷はゆっくりとその者に槍を構え近付く。足早にその背に柴姫も付く。
その時、その者は自分の顔を隠す羽衣に手を掛け、後方の滝つぼの中へと投げ捨てた。
「なんだ……と? 」そこに現れた顔に、桃谷と柴姫は雷を受けた様な衝撃を覚えた。
「どうした? 我の顏に何かついているか? 」その相手は何も無いように。
先程まで聞き覚えがあったある人物と同じ声色でそう尋ねる。
付いていた。
見覚えのあるその顔が。
「さて、では我も名乗らせてもらおうか。
柳王城主、
そう言うと、村上は背中からゆっくりと見覚えのある見慣れない武器を取り出す。
「見れば、そちらは槍を扱うよう。こちらは本職ではないし和洋の差も有れど、槍対決といこうか」
それは、あの垰に敗れた金髪の兵が持っていた西洋槍。
「待ってくれ――」対し、桃谷は相手に注意を払いながら、目頭を強く押さえる。
「こちらから挑んだ、決闘――。それには異存はない。異存はないが――願わくば、今の状況の説明を願いたい。一体、其方は姫君か――村上翠鳳か――。何故、先のもう一人の女性と其方が同じ顔をしているのか。理解が追い付かない」
通常――。
決闘の舞台で、その様な相手の意見は通る訳がない。
豪傑でありながら、桃谷の戦場での経験の薄さがそれをさせる。武力の高さに対し、この儀で桃谷が敗北し続ける理由はそこにある。
そもそもそれは、柳王側からすれば狙いすました結果だからだ。予想外の光景で戦意を奪いよりその勝率を高める。
相手に説明する意味など無い。
それを踏まえ――村上は語る。
「あの白き肌の姫君が言った事は、半分正解で半分間違いだった。
我等2人は、どちらもが村上翠鳳であり――どちらもが柳王城が姫、華多那なのだ」
「双子」ぼそりと溢した柴姫の言葉に村上は瞳を閉じた。
現代は医学の研究により判明している事がある。双子で生まれた場合、そうでない場合より免疫力や精神面に異常をきたす可能性が遥かに高くなる。
この戦国の世でもそれは医学と言う言葉ではないが、認知されており特に城主などの権力者の下、双子が産まれた場合は「悪憑き」つまり「忌児」として扱われ城の未来の為、その命が奪われていた事は然程珍しくもない。
事実――戦国歴史の偉人に、双子が存在しないのはその風習が大きく関わっている。
故に――よりその事実は郷の外はおろか。内部にも知る者は指の数。
だが、その忌み嫌われる双子と言うこの状態は、この儀式において最大の有利性を齎した。同じ顔を持ち、そして両者が兵としても申し分ない実力があるのなら。
どちらかが倒れても、残った方が姫になればいい。
双子の姫である柳王だけが、持ち得た2人の姫と、2人の兵。
「そうだ――。解ったろう? この事実を知ってしまった以上。其方達はここで死んでもらわねばならない。そもそも、生きて帰る事は出来ないのだがね」
桃谷は背後の柴姫に離れるよう合図を送る。
「諷太郎っ………」ああ、何度この姫に自分はこんな不安そうな声で名を呼ばせたのだろう。
桃谷の心に、強い炎が灯り彼はその心とは真逆の優しい静かな笑みを彼女に送る。
「早く、咲姫様と隼太殿の元へ戻りましょう」そして、安心させる様にそう言うと。
――その巨大な相手へ槍を構える。
途端――。背に負う、今までにないその圧力、殺気。予感。予見。
経験が少ない代わりに彼を補う、戦人の勘が伝える。
自分がもうすぐ、死ぬであろう事を。
だが、それは初めてではない。
乗り越えた筈じゃないか。
それを乗り越え、界田一の武芸者の二つ名を、その手で得たじゃないか。
だが燃える心がその圧倒的な相手を前にし恐怖で消えようとしている、己の死を受け入れようとしている。
「諷太郎っ‼ 」
彼は――思い出す。
自分の背には――護るべき者がある。
死ぬわけには、いかない。
「行くぞおおおおおぉおおおおおおおおおおお‼ 」
心の炎は大きく震え。そして、その勢いを増す。全てをその炎で覆い尽くさんばかりに。
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