裏切り
「へっへっへ~、俺の言葉に応えてくれたという事は、話を吞んでくれるって事だよな? 宜しく頼むぜ。んじゃ、ちゃっちゃとあいつらをぶっ殺そうぜ」
嬉しそうに笑う垰は、痛みも凌駕したのか重症の右手で鼻を啜ってみせた。その様子に、顔まで羽衣を纏った者が、凛とした風貌の女性の背後に回る。
そして、垰は弓を引き咲達へそれを向ける。同時に4人は緊張を高め構えをとった。
「貴様は――何を言っている」
その緊張を破ったのは、裃を着こなした麗しき女性だった。
「は? 」垰が間の抜けたその声を挙げ振り向いた瞬間。
彼の袈裟に流れる様な閃光が走る。
「ん、あちぃ? 」まだ、事態が呑み込めない垰が馬鹿の様にそう言って光が過ぎた胸に手を当てた瞬間。
血の雨――とはよくいったモノだ。様々な動脈が一気に切断された断面から空中に目掛けて噴水の様に噴き出した。
困惑する全員と、痙攣を起こしその場に倒れた垰に恐らくその言葉は放たれる。
「愚かなものだ‼ この儀の根本に反して手を組む郷も‼ 自分の郷の姫を殺し他の郷へ取り入ろうとするこの者も‼ 侍としての誇りがないのか‼
我々五楼撰は、井上元兼様の下、元兼様の中国統一、いやゆくゆくは天下布武の為に生まれた
当主殿の夢が破れた時は、共に死に――また来世への邂逅を願わんとす。
それこそか、家臣の、侍と生まれし宿命だ‼
夢、破れようとも――例え、五楼撰同士で戦わされようとも――。
その誇りを失う事、柳王城が姫、華多那の名を以て。
其方らに、死の罰を与えん‼ 」汚れ1つなかったその姿は、真っ赤な返り血によって歪な姿へと変貌する。
「咲、どうすんのよ‼ 予定と全然違うじゃない‼ 」
柴姫が泣きそうな声で隣の彼女の裾を強く引っ張る。
「大丈夫だ。最悪の場面は避けれた。まさか垰を殺すまでは思っていなかったが」
その言葉を否定する意図はない。だが、桃谷は自分の武人としての勘で言う。
「どうでしょうか――それは、己の士気を下げぬ為、いや恐らく自信があるのでしょう。我々4人を自分達だけで相手取っても、まず不覚をとる事は無い――と」
桃谷を以てして、そこまで言わせる程にその2人は異彩な何かを放っている。
そもそも、先の垰を屠った一撃も兵が放ったのなら解るが、姫君である華多那という女性が放ったものだ。では、あの羽衣で姿を隠した噂の村上翠鳳とはどれ程の。
そこまでの思考で、咲は衝撃をその脳細胞に走らせた。
「そうか……
桃谷殿‼ 隼太‼ 君達はあの羽衣の者ではなく華多那姫と名乗ったあの者だけに注意を払うんだ‼ 」
隼太は驚いた様に振り返る。その咲の顏は自信に満ちている。
「彼女は姫ではない‼ あの者こそが村上翠鳳なんだ‼ 」
この推察には、桃谷も驚きの表情で彼女に振り返る。
「おかしなことじゃない‼ 村上翠鳳の情報は、安芸一の剣豪としか外に漏らされていない。私達はその剣神という二つ名で屈強な男を想像していたが
その正体が女性であっても何も不思議じゃない‼
そして彼女は自らがその容姿を利用して姫を名乗る事で、自分に標的を集中させ相手を誘い出しているんだ‼ 」
3人は衝撃を持って、その言葉を受け止め――再度先の2人を見る。
2人は沈黙ののち「お見事」と呟くと、一気に羽衣に身を包んだ者がその場から逃げ出した。
「桃谷殿‼ 里々茶、彼女を追って‼ 彼女を拘束出来たら私達の勝利だ‼ 」
咲の言葉を受けて桃谷は目を見開いて「しかし、咲様達は⁉ 」と困惑の言葉を漏らす。
「大丈夫、村上翠鳳は私達が食い止める‼ だから行って‼ 」
真剣なその表情に、桃谷もまた強い表情で頷き一気に羽衣の者の逃げた方向へと柴姫の手を引き駆け出した。
「咲‼ 咲お姉ちゃん‼ アタシ達が戻るまで、絶対に死ぬんじゃないわよ‼ 」
そして、その場には3人だけが残った。
「其方が、尾満の
雪の如きその風貌はおろか、行動まで異彩だとは聴いてはいたが。
なるほどここまで早くこちらの策に気付くとはその
その裃の女性は微笑みを浮かべると、血まみれの顔のままゆっくりと2人に近付く。
すれば太刀を鞘に納め、ゆっくりと語り出した。
「そして、その慧眼を見込んで相談がある。
どうか、このまま自刃して頂けぬか? 」
余りにも紳士的に言うには物騒過ぎる提案だ。そもそも一方にしか利益がないこの事のどこにそんな交渉の余地があるのか。
「そんな事、突然言われて呑めるわけがないよね。
せめて、理由を教えてくれないかな? 」
しかし、これは好機だ。会話の時間を引き延ばせたらこちらは逃げた向こうの姫君を捕らえる確立は上昇する。
「先の言葉の通り。この儀式は表向きは井上殿から我々五楼撰の謀反の疑いの為となっているが、それは建前だ。
実際に命を下したのは、その上。毛利元就公。その目的は、井上殿の戦力を削ぐのと同時に殿に付きそうな配下への牽制。元就公は元兼様の謀反の気配にどうやら勘付いたらしい。継次ぐ悪運が強い男だ。
つまり、ここで生き残ろうが、儀を失敗しようが五楼撰は元就公によって間もなく井上殿と共に滅ぼされる事だろう」
隼太と咲はこの時、彼女のカリスマ性によってその言葉から耳を反らせなかった。納刀し会話を繰り返すその姿は攻撃に転じるには充分な隙と言えるだろうに。それが出来ない。
「その時――主である井上殿の傍で最も力になれるのは、誰だ?
決まりきっている。我々柳王の精鋭武力軍隊だ。
そもそも、毛利めの勝利した戦のほとんどは、我々の暗躍、戦成果だ。だが奴めはそれを自分の手柄のようにしか伝えない。奴は頭は回るが、武士としての志はない。
我々の力を生み出した井上殿こそが、この中国の地の支配者に最も相応しいのにだ」
話が終った。
暫らく2人と1人は視線を交互に交らわせる。
「貴女の……貴女の郷の主への忠誠心の高さ。よく解った。
でも、私も隼太も、自刃何てできない。何故なら、私達は生きてこの先も――貴女が言う様に毛利殿が私達を滅ぼそうとしているのだとしても。
生きて抗い続けたい
だから、その提案は――呑めない‼ 」
完全なる拒絶の意志と共に、その言葉は発せられた。
それを受けて彼女は小さく頷く。
「そうか、できれば速やかに済ませたかったが。
こうなってしまっては致し方ない」
そう言うとその瞳は咲から完全に離れ、1人の少年にのみ向けられた。
「
咲はその言葉と同時に、周囲に瞳を走らせる。
だが、同時に納得できない事が彼女の中でその行動を止めさせる。
もし、この場に儀式で選ばれた者以外の仲間を送り込めるならば、どこの郷も考える事だろう。それが無かったという事はそれが容易に出来ないと言う事だ。
事実――山の周囲は毛利元就によって多数の兵によって封鎖されており近付く不審者は即座に排除されている。
そんな中、咲の脳裏に一欠けら。
ほんの一欠けら、可能性。という抽象的で不確かな解答が湧き出でる。
それは、本当に小さくそして事実とはほぼ真向かいに位置する解答。
しかし、真実とは事実ではなく。事実もまた真実とは重なり合うものではない。
「嘘だよね? 」
咲は、幼い頃から――
だが、初めてだった。
初めて、咲はその少年の自分を見る瞳が。
何を考えているのか。
読みとれなかった。
「嘘だよ、嘘だと言ってくれよ‼ 隼太‼ 」
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