襲撃

 吉南の姫君、宇羅は一人娘であり、幼き頃から多くの愛情を受け続けて育った。

 戦を習った時、それは自分とは全く関係のない外の物事であり、父親や家臣達が片付けてしまうと何の疑問もなく考えていた。

 民々は全て自分の為に尽くしてくれる存在だと信じていた。


「おい、姫さんよ。よっほどショックだったんだろうがよ。そろそろ水くらい口にしねーとおっちんじまうぞ? まだあの金髪のガキを殺した事を気にしてんのか? 何日過ぎたと思ってんだ」

 だが、垰のその言葉にも宇羅はただ黙って地を見つめるだけだ。「仕方がねえ」と言うと、垰は力づくで彼女の口に水の入った竹筒を挿入れる。

「がはっ、ごほっごほっ」その勢いに当然、彼女は咳き込みほとんどを吐き出してしまう「ちっ、吐くんじゃねぇよ。それを確保するのもどれだけ俺が苦労したと思ってるんだ」そう吐き捨てる様に言うと、残った水を全て自分が飲み干した。

 そして、その竹筒を腰に戻そうとした時だった。


「動くな」

 思わず、身震いする様な多大な殺気が籠った声。

「柳王の村上翠鳳か? 」垰の息が荒くなり、肩が大きく動く。


「違う」

 ごくり。と喉を鳴らしたのは垰か、それとも今背後に居るこの男か。


「だろうな。いきなり背後から不意打ちなんて、かの英名高い村上殿がするわきゃあねぇ。余程の糞田舎侍だろうよ」

 後ろの者に明らかな動揺が見えた。どうやら相手は自分の実力を知っているらしい。

 その上で背後をとり、暗殺に近いこの形で排除しようとしている。

 だが――まだ未熟。妙なこの迷いが時間をつくってしまった。

「黙れ……」その時背中に針の様な衝撃を感じた。と、同時に相手の得物が槍であると見切った垰は、その衝撃の有った箇所を中心に一気に振り返ると同時に左の脇で槍先を抑えて、右の拳を放つ。

「くっ」相手はその一撃を避けたが、そこまでは想定済みだ。

「ぐふっ」思い切り踏み込んだ足で蹴りを腹に入れると同時に脇に挟んでいた槍を離す、と相手は後方へ一気に吹き飛ぶ。

「がっ」背後の木に思いきりぶつかり、桃谷は体勢を崩した。そして、その体勢を戻した時には既に。

「いいか、やるときゃあ、こうやって迷いなく殺すんだ。次の人生ではきちんと学んで活かせよ」

 垰は弓の照準を桃谷の眉間に定めていた。


「そこまでだよ‼ 」

 だが、その指が離される一瞬前に、その声は響いた。

 垰がゆっくりと声の方向を向くと、そこには首に小太刀を当てられていた宇羅の姿があった。

「もし桃谷殿に矢を放てば、人質の姫を殺す」

 その言葉を垰はまるで間が抜けた顔で聞く。


「驚いたな。この儀式でまさか郷同士が協力するなんてよ。全く想定してなかったわ。

 ああ、確かにお嬢ちゃん。あんたの言う通り。このままじゃ俺は詰みだな

 俺がお前等をぶっ殺して生き残ったとして、姫さんをやられちまっちゃあ郷に帰っても待つのは腹切ハラキリだけだ」

 終わった。咲も隼太も桃谷も柴姫もそう思っていた。

 だが、この戦いはここから彼女達の作戦と全く違う経路を辿る。


「だからよ――手っ取り早くしてやる」

 一瞬咲達の反応が送れたのは、その後に訪れた垰が齎した行動の結果の理解をしようとしたからだ。

 結論を記す。


 諦めた様に見えた垰は、素早く弓を構えると矢を放った。その先は。

「どう……し……て? 」

 それを最も理解出来なかったのは、矢を受けた宇羅自身だっただろう。

 矢は胸を貫通し、小太刀を当てていた隼太の身体も抉る様に通過した。

「隼太‼ 」咲が狼狽える声を挙げた瞬間、垰は乙矢に手を掛けていた。

「させない‼ 」その手を目掛けて桃谷の槍が貫く。

「糞が! 」貫かれた右手を強引に引き裂き、槍の拘束を抜けると垰は両者が視認できる場所へ後ろ歩きで位置取る。


「姫、大丈夫。僕は生まれつき毒に強いんです。衣類の厚みもあり、肌には僅かかすっただけ。大丈夫」隼太はそう笑って咲に言い聞かせると、優しく宇羅を横たわらせて、涙が溢れるその瞳を閉じた。

 そして、厳しい視線を垰に向ける。

「馬鹿な真似をしたものです。貴方は、自ら護るべき存在の自郷の姫を殺害した。突然の状況で混乱したとしても理解出来ない行為です」

 隼太は小太刀をゆっくりと構える。

 その平行線上には、槍を構え、間合いを詰める桃谷。

 垰は、冷汗を顔全体に流し、引き裂かれた右手で矢を握る。

「例え――僕達のどちらかが貴方に射抜かれたとしても、残った方が必ず貴方を殺す」

 その行為に対し、隼太は決意表明を口にする。無論、桃谷もまた同じ決意だという事が表情から明らかだ。

 それを受け、垰は言った。

「あいつはよー、二十も過ぎた年増だってーのにほんっと我儘でな? ほどほど愛想が尽きてたんだよ。こんなのが自分の郷の姫だと思うとよ。悲しくなったぜ。吉南もいよいよ終わりだってな」

 垰の言葉を聞きつつ、2人は間合いを詰めていく。

「やられたよ。正直村上翠鳳以外に俺は負ける事は無いと思ってた。一体どいつの考えだい? 組むだなんてよ。信じらんねぇコトしやがって。でもよ、おかげで俺もいい事を思いついたよ。

 なあ知ってるか? 柳王の郷にはあの九鬼忍衆くきにんしゅうの集落が存在してるってよ。

 んであいつらの秘術にはな? 人体の顔をそっくり別人に変えちまうっつー術があるらしい。

 ならよ。柳王に協力して柳王にこの糞みてーな儀式を勝ち抜いてもらったらよ。俺の顔を変えて柳王の郷に移っちまやー問題解決じゃんっ」

 壊れた様にカラカラと笑いながら、次々と言葉を発する垰の姿は異様だった。


「村上翠鳳ーーーー‼ どっかで見てんだろ‼ 俺は、お前等に付く‼ 既に自分の姫も殺したぁーー‼ こいつらは手を組んでお前を狙っている‼ だが俺と組めば楽勝だーーーー‼ 」

 樹木の中で安らいでいた鳥達が一斉に羽根の音を響かせて飛び立った。


 静まり返る場に――樹木の葉が揺れる音が鳴る。

「……隼太殿…‼ 」桃谷からその言葉が出た時には、彼も既にその者達を視認していた。


 顔まで覆い隠した羽衣に身を包んだ者と――まるで武士の様な裃を着こなした凛とした麗しい女性。その女性の腰元には煌びやかな装飾を纏った立派な太刀が携わっていた。

 一目で柳王の姫君と兵であると場に居た者達全員が理解する。それ程までにその姿は異様。既にこの儀式が始まり、入山して丸3日は経過しているのに。

 その2人の衣類には、土汚れ1つない。

「ひゃはっ」その姿を確認すると同時、垰は獣の様に手も使い草木の中を駆け回って2人の方へと駆け寄った。

 本来なら、柳王の下へ垰を合流させてはいけない。追走して阻止するのが得策だろう。だが、あまりに想定と違うその経過に、咲も柴姫も隼太も桃谷も、身動きが取れず受けの姿勢にまわざるを得なかった。

 そうこうしている間に垰は彼女達の傍へ辿り着いてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る