条件

「はぁああ~~~~~?? 手を組むぅうう~~~~~???? 」

 その痣だらけの腕に薬草を当てた湿布を治療された柴姫は麗しい顔を歪ませてそう言った。

「そうさ、協力は別に禁止されていないだろ? 」

 あっけらかんと咲がそう言うものだから柴姫は言葉を失う。


「あんたね、この儀は最後の一組しか残れないのよ? 解る? 協力なんて結局は成り立たないのよ。それは」そして、その真意を呆れた様に言ったが、受けた咲は自信満々に鼻を鳴らす。

「甘いな里々茶。それでは、より強い兵を持つ郷が有利になる。あ、や。決して桃谷殿が弱いと言う意味では無くてね? 」慌てて、その恵躰の少年の方へ咲は言葉を向けた。

「構いません。現に隼太殿に拙者は負けていますので」瞳を閉じてそういう姿はとても元服前で前髪を剃髪していないとは思えない歴然の武人の様な落ち付きようだ。そして、さきの命のやり取りの時とは表情から厳しさがとれ別人の様な優男の風貌となっている。


「ねえ、里々茶。君はひょっとして、死ぬ気なのかい? 」

 唐突に放たれたその言葉に、柴姫は流石に語気を強めて返す。

「はぁ~~~?? あんた、さっきから自分の立場理解ってんの⁉ アタシ達はね‼ 上の人達のゴタゴタで――‼ 」咲の白魚の如き指が、蕾の様なその口を制し塞いだ。

「いいかい? 里々茶。この先どんな状況になったとしてもね? 生きている限りは絶対に諦めてはいけないよ? どんな時にも可能性は必ず残るんだから。今、この時でもね――これは、隼太、桃谷殿もしっかりと肝に銘じておいてね」

 まだ、何か言いたそうだったが、柴姫はそれ以上は言い返さなかった。


 一刻程過ぎたのだろうか?

「……条件がある」

 その疲れからウトウトとしていた咲に柴姫は口を開いた。

「んあ? 」情けない声で意識を戻す咲に、柴姫は横目で続けた。

「手を組む条件よ。

 まず、あんたの言った策だけど。そもそもそれはもう叶わないわよ。

 もう、この山には姫は4人しかいないもの」

 その言葉を受けて、寝ぼけまなこだった咲はハッとしたように表情を強める「里々茶、まさか」だが、その言葉を予想していたのか素早く「違う」と彼女は答えた。

「儀を始めてアタシ達が最初に戦闘をしたのは間違いなくあんた達。でも、その前に遭遇はしてた……」そこまで言うと、彼女はその華奢な身体を自ら抱き締め震わせた。

「柴姫、ここからは拙者が」その肩に優しく手を置くと、桃谷が前に出る。気付けば隼太も真剣な表情で2人を見守っていた。

「拙者達は入山して直ぐに、地の利を得る為頂上を目指していました」



――――


「姫様」桃谷の声に、息を殺し彼女はその傍へ素早く向かう。

 その視線の先には――向かい合う2組の男女。間違いない。もう遭遇した郷がいたのだ。

「……どことどこかしら」その問い掛けに桃谷は右手を筒状にして視察する。

「兵が太刀を携えては居ないようです――となれば噂の柳王村上ではないようですね」


「ふん‼ 姫の方も見た事がない顔だわ。尾満でもないようね」

 気付けば、同じ様に柴姫も手を筒状にしてすぐ隣でその末を視ていた。


 この時、その該当した2組は柴姫陣営には気付く事はない。


「さて――、早くも出逢ってしまった様だが、どうするね? 」

 整った顔立ちに無精髭を蓄えた侍は「ククク」と笑いながら相手側にそう言う。

「無論――儀の習わしに従い、勝負でしょう」

 向かいの少年は、髷はおろかその頭髪の色は光輝く金色。そして蒼い瞳。更には身にまとう甲冑も日ノ本では先ず見かけない風貌である。

 その金髪の少年は、姫を背に隠すと背負っていた巨大な西洋槍ランスの先端を相手に向かい突き付ける。

「ひっ」その迫力に、侍の方の赤茶色の髪を横で二房にしたそばかすの姫が怯えた様な声を漏らして大急ぎでその場から距離をとる。



「まぁて、待て待て待て待て、いきなり始めたら勝ち残った方が倒した方の郷が解んねーだろが。それと、てめーさんの国ではどうか知らんが、この日ノ本では一騎打ちの立ち合いは名乗りから始めるもんなんだよ」


 今度は、金髪の兵が横目で己の背の姫の息遣いを確認しながら構えたまま吠えた。

「皆臥が社聡之介そうのすけの三男、社クリスティーンだ‼ 」


「吉南、垰鯉之助剛仙こいのすけごうせん。宜しくな」


 一斉に両者が武具を構える。

 垰は左肩を前に出しやや前方姿勢だ。その手には弓が握られている。

 対し、西洋槍を構えた社は独特の構えでジリジリと間合いを詰めていく。


「諷太郎、どっちが有利なの? 」戦闘が始まってしまった事から震える声で柴姫が尋ねる。

「正直、あちらの変わった格好をした兵の武具が何なのか解りませぬ。槍の様にも棍のようにも見えまする。ですが、それを踏まえ――先手は弓兵です。最初の一撃で仕留めれば決着でしょう。だが、故に狙う箇所が相手にもある程度特定されます。鎧がある部分は狙えませんので」桃谷の声にも緊張が混じる。


 垰が左手を前に、そして低くするこの構えは理由がある。

 この姿勢なら右肩がより高い位置で構えれるからだ。よって利き腕の右手は弓兵として最も重要な矢をより迅速に捕れる。しかし、それは相手も百も承知。


 垰の右手が背負った矢筒から矢を引き抜くと同時に、社はその巨大な西洋槍で突進を掛ける。それに伴い、垰は右方向に横っ飛びしながら矢の射出体勢に入った。


 それを見て、桃谷は息を呑む。弓を宙で構える事等浮世離れした芸当――そして、その結果。何と、その矢は目標に向かい放たれたのだ。最早信じがたいがそれを光景として己の目で見た事に恐怖すら覚える。

 そして――それに対し社もまた驚異的な反応速度でその矢を避ける。


「惜しかったな‼ 」そして、再び社が突進を掛けたその姿を見て――絶体絶命という場面において垰は禍々しく微笑んだ。


「や……しろ」

「ズシャアアーーーーーーッ」と空気を揺らす様な凄まじい音を鳴らし、その突進を止め彼はその蒼い瞳が零れそうな程見開き振り返った。

 そして初めてその背後で起きていた事に気付く。


「避けちゃ駄目でしょ。避けちゃ」それに合わせて馬鹿にする様に垰は言う。


「ツネ姫ーーーーーーーーー‼ 」戦場で敵に背を向ける事等言語道断。しかし、それすらも今の彼には届かないだろう。

 あの矢は、自分が避ける事を想定して放たれていたのだ。本当の狙いのその避けた先に。

「あ、あああ……ツネ。ツネ、そ、そんな。そんな。ああああ」

 社は、その蒼色の双眸からボロボロと涙を流し、彼女の胸に生えた矢を引き抜く。そして強く彼女を抱き締める。

「や……し、ろ。生きて。お…ねがい。生きて……」消え入りそうな声で彼女は囁き続ける。

「ツネ‼ まだだ。傷は浅い‼ すぐに医者に行けば‼ 」

 必死で叫ぶその懇願は、余りにも冷たい言葉によって覆された。


「無理だぜ。この山にはブスが生えてたからよ。たっぷり矢に塗っといた。姫さん。もう死んでるよ」

 社は、時が止まった様に垰の顔を見た後、向き直り手の中の彼女を揺らす。揺らす。

 しかし、その瞳はもう自分を見ていない。社は静かにもう一度彼女を抱き締め。そのまま動きを止めた。


「さて、では儀の習わしに乗っ取って――お前にも止めを刺させてもらうぜ」

 垰の言葉に、社は先程とは別人の様な弱弱しい声を出す。

「どうか――どうか、このまま。姫の傍で、逝かせてくれ……」

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