二対一
「無礼者~~~‼ 最初の一撃で大人しく死んでおれば良かったものを~~~」
場に似つかわしくない声と共に、
「
「よりによってまさか、最初に戦闘するのが、あんたとはね‼ 」
だが、咲は泥だらけになった服を振り大きな音を鳴らし、嬉しそうに続ける。
「何を言う‼ 私達が最初に出会えたのは正に僥倖だよ‼ 界田から君が出て来てくれていたらいいのにとずっと思っていたんだ」
展開に、槍武者は警戒を保ちつつも背後の少女に指示を求める様に目配せをする。
「いい話がある‼ だから、戦闘を
「黙れ――ッッ‼ 」
しん……と、空気が凍り付く。
「余は、安芸界田城、
付き従うは、界田にて前髪ながら最強の武人として誉れ高き男、
さぁ、名乗りは済んだ‼ 姫守の儀の教えに倣い――其方らの命、余が貰い受ける‼ 」
その迫力に、男子2人は覚悟を決めた。
「おいおいおいおいおいおい。話を聴いていたのか~~~? 里々茶。なにをそんなに怒ってるんだ~~~」そんな中1人、咲だけが飄々と声を挙げる。だが、柴姫はもうその言葉に聞く耳は無い。
「仕留めよ‼ 諷太郎‼ 」「御意のままに――」
柴姫の指示の直後、ぬかるみをバチバチと蹴散らして、桃谷が隼太達に向かい突っ込んでくる。「姫‼ 」「解った‼ ――隼太……頼むよ? 」咲はそう言うと、心配そうに隼太から離れる。
桃谷がこの儀にて選択した武具は『槍』この天文の時代であれば、歩兵、騎兵共に戦場で多くの兵が使用する武具であり、太刀を上回る間合いの長さと突進力が大きな強みである。
対し――迎え撃つ隼太が選択のは、太刀よりも小型である大脇差。即ち小太刀と呼ばれる短刀であった。その攻撃範囲は、圧倒的とも言える差がある。
まともにぶつかれば、勝ち目など無い。
隼太はぬかるみに手を突っ込むと、突進する桃谷に泥を投げ込む。
「ちぃっ‼ 」同じ轍は踏まいと、桃屋は足を止め顔を隠し泥を腕に受ける。すぐさま視界を戻すが、そこに隼太の姿は無い。この時、桃谷は視界に隼太を入れてはいた。視界に入っていたのに、見失ったのだ。
要因は、この命のやりとりという極限状態にある。もししくじれば失うのは己の命だけに非ず。故郷の姫君も同じ天秤皿に入っているのだ。
この状況で周囲の変化も配慮せねばいけない。
確かに、この戦闘は桃谷側の奇襲から始まった。こちらが先手だとして。
誘い出されたという可能性は皆無ではないのだ。
そんな状況で泥で視界を遮られた後に湖側から水の跳ねる音がすれば。
桃谷は視界に隼太を捉えつつも――そこから目を離さなければいけない。
凄まじきは、隼太が石を湖に投げ込んだそのタイミング。
正に、桃谷が視界を戻すその刹那。ここぞという位置にドンピシャリ。
「もらったぁああ‼ 」
直後、飛び込んで来た隼太の渾身の横切りが、桃谷の胸を通過する。
「こ……の……‼ 」
桃谷は、槍の柄をを棍代わりに横薙ぎに払おうとして、その柄が丁度右手と左手の間で切断されている事に気付く。今の一撃で切り離されたのだ。
そして、隼太はそのまま次の動きに入っていた。この時点でほぼ決着。勝負ありとなるだろう。
だが、そうはいかない。
それ程までに。
両者には、武力の差があった‼
「うわっ‼ 」小太刀を握っていた右手に凄まじい衝撃が走り次の瞬間には隼太はそれを落としてしまっていた。見れば、切断された槍の柄を使い、その右手が撃ち抜かれていた。途端その顔に汗が噴き出す。今度はもう片方の槍の柄で鳩尾を突かれた。
思わず、吐瀉しそうになる衝動を必死で堪えるが、そのまま顔に強烈な頭突きを喰らい、これで決まりだった。大の字に倒れた隼太の腹の上に桃谷は思いっきり腰掛ける。
「ぐえっ‼ 」そして、その顔上に槍先を向けた。
「途中までは見事だった――だが、得物が悪かったな。並みの太刀であれば刃は俺の心の臓迄届いたであろう」勝利を確信したのか、桃谷は初めて口を開いた。
「ははは、太刀であれば僕の強みの
――が、違う。その事を彼が思い知らされたのは直後。
聞き慣れた少女の苦痛の叫び声が届いた瞬間だった。
「ぎゃっ‼ やめっ‼ い、痛い‼ やめっ」
悲鳴が響く度に、ドガンドガンと、鈍く重い衝撃音が続けて響く。
「ごめんっ‼ ごめん、ごめんよぉ~、里々茶~~」
それは、隼太による布を編んでこさえられた投石器によって行われた投石攻撃によるものだった。咲は涙を流し相手を慈しみながら。次々に攻撃を加える。
「ごめんよ~、万が一顔は狙わないけど、これ難しいんだ~~~ごめんよ~~」
その状況を目の当たりにし――桃谷は理解した。
「そうです。桃谷さん。貴方は僕なんかよりもよっぽど強い人だった。でも、貴方は勘違いしています。この儀は――最終的に姫が無事だった一郷が達成なんです。
貴方は自分の戦う相手がその付き添いの兵だと、決めつけてしまった。でも、敵はそれだけではない。そう――姫自身もまた戦闘をする事は禁止されていません。そんな中、貴方は僕の排除に専念してこちらの姫を完全に意識の外に追いやってしまった。
そして――、貴方は今一度僕から目を離してしまった」
桃谷の首元に背後から小太刀が押しあてられた。
「これで……僕の、僕達の……勝ちです」
その小太刀の方へ目を向けると器用なものだ。隼太は足で小太刀を掴み持ち上げていた。そしてそれを受けて桃谷は「負けだ。姫への攻撃を止めてくれ」と言って、湖へ槍を投げ捨てる。完全降伏の意と受け取って間違いないだろう。
そしてそれを確認すると咲は投石機を投げ捨て泣きながら柴姫へ駆け寄りその身体を抱き締めた。
「ごめんっ、ごめんよ、里々茶、痛かったね? 痛かったね? 直ぐに治療しようね? 」
その様子にもう、訳が解らないのは柴姫の方だ。
「なんなのよ~~~どうして、殺さないのよ~~~あたちをどうする気なのよ~~~」
困惑した2人の少女は年相応にその場で抱き合いながら泣き喚く。
「早くやれ。だが、一人の姫も護れなかったこの愚か者にもし情けを貰えるならば、是非腹を切らせてほしい」桃谷はすっかり力の失った瞳でそう言った。
隼太は立ち上がると、そのまま湖へ入り桃谷が投げ捨てた槍を拾うとそれを彼に手渡し、肩を支える。
「そんな事はさせませんよ。さ、中々騒がしくしました。他の郷の人に見つかったら事です。水も確保できましたしさっさと身を隠せる場所に行きましょう」隼太は、何事も無さそうにそう話すと、困惑する桃谷の手を引いて姫たちの方へと向かうのだった。
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