圧迫面接官に一目惚れした

aaa168(スリーエー)

第1話

 

「……」

「……」

「……」


ある会社の面接会場。

気慣れないスーツに身を包む、緊張した面持ちで順番を待つ就活生達。

そして俺もその仲間で、ちなみに五連敗中。

今は六度目の挑戦中で、半ばヤケで志望した所だった。


……そして今、俺は猛烈に後悔している。

ココの会社は普通の精密機器メーカーであり、そこそこの調子で利益を上げている。一番ではないが、真ん中より上みたいな。

それだけ聞けば全然普通なんだけど。



「……っ、くそ、何でココまで言われなきゃ――」


「……」

「……はぁ、止めときゃよかったかも……」



俺が待機所に居ると、悔しそうであったり泣きそうな顔で面接室から出てくる就活生。

実際さっきは泣いてた人も居るし。


《――「お前、あそこだけは止めとけ。圧迫面接で有名な所だから」――》


そう知り合いから教えて貰ったはずだったのに、気付けば忘れて応募してしまった。

後悔先に立たず。そしてこの友人の言葉を思い出したのは、ついさっきの事なので……もう逃げられない。


どうしよ、お腹痛いんで止めときますとか言って退室しようかな――



「――次の方、どうぞ」



採用担当者の声。

……呼ばれた。

くそっ、もう行くしかないじゃないか。





コンコン。


「どうぞ」


はい、ドアをノックしてこう言われたら入室ね。

次は部屋に入ったら、ドアに向いて静かに閉める、と。


舐めんなよ――俺は歴戦の就活戦士。



ガチャ。



「――!!!」



入った瞬間。

横に長い机に、面接官がズラリと四名。

圧を感じる視線が俺に集中。

これまでの会社とは、何もかも違う雰囲気で――だが、そんな事はどうでも良い。


――息が出来ない。

胸が苦しい。

心臓の音がヤバイ。


「……キミ、ドアも自分で閉められないの?」


「すっすいません」


思わず面接官に向いたままドアを閉めてしまう。

……やっちまった。


「……はぁ」

「……」

「……」

「……お座りください」


更に圧を感じる目線。


「あっ、ほ、本日はよろしくお願いします」


思わず噛み噛みになってしまう。

首を傾げたり苦笑する面接官達。


……とにかく、落ち着かないと。

この胸の高鳴りを何とか――


「あーうん。とりあえずキミ、ウチじゃなくても良いんじゃないの? やりたいことも曖昧で良く分かんないしな」

「志望動機からして全然弊社と合ってないよね~」


右のハゲ二人組が俺に詰めてくる。

……まあそりゃそうだ、ぶっちゃけ第六志望だったし。


『だった』、なんだけど。


「いいえ、僕はココでないといけません」


「ははっ何だそれ」

「理由聞かせて」


「この場所に入室した瞬間、そう確信致しました。それ以上はありません」


「……?」

「何言ってんの?」


「言っている通りでございます」


困惑し呆れた様に笑うハゲ二人。

ぶっちゃけコイツらはどうでもいい。


「どうせ内定こっちが出しても第一志望のとこ行くんでしょ? そういうの迷惑なんだよねこっちとしても。私達は貴重な時間を使って貴方を面接している訳で、断固たる入社の意思が――」

「――第一志望です」


「いや、どうせ違うでしょ? そう書いているけどならもっと早くウチに――」

「――第一志望です」


「……チッ」


次はネチネチメガネが俺に詰めて来た。

第一志望ですって言ってるんだからそうなんだよ。実際そうだし。


というかお前じゃない、俺は――


「……貴方、先程から本当にここで働きたいと思っているんですか?」


「――!!!」


来た。


美しく、棘が感じられる声。

まるで薔薇の様だった。


目線を上げれば、スーツに身を包んだ女神。

先程のクソ眼鏡と違い彼女のそれは宝石よりも美しい装飾品だ。

ドストライクな容姿にツンとした雰囲気で――俺はもう、狂ってしまいそう。


「あの」


ヤバい、胸の動悸が収まらない。

目をしっかりと見れない。


人生初の一目惚れ。

この思いで単行本一冊分は綴れそうなんだが。


今はしっかり、彼女に答えないと。


「……ココで採用されるのなら、他の内定なんて要りません。そう思っています」

「は? ……いや、そういう質問におかしな答えをする所がもう――」


「すいません、それなら今ここで改善したいと思います。何でも質問どうぞ! しっかりと答えて見せます!」

「っ……長所、想像力豊かな所とありますが……コレが弊社にとって何に生かされるんですか?」


「! 様々なトラブルを想像し、それの対応を予め自分の中で組み立てておく事が出来ます」

「それでは、どんな状況でも対応出来ると?」

「はい……ただ」

「ただ、何ですか」


「あなたの様な、美しい方に会う事は想像出来ませんでした」

「……はい?」


このセリフは会心の一撃だったに違いない。

彼女は目を丸くして固まっている。


「キミね、ふざけて居るのなら出て行って――」


「――僕は本気です!!!」


「!?」


ハゲのその台詞に、バン!と机を叩き立ち上がる。

この想いを『ふざけている』なんて思われたのなら心外だ。


「――他に何か、質問ありますか?」


「っ……」

「……」

「……」

「……」


面接室が静まってしまったので、逆に聞いたが誰も声を発してくれない。

さっきまでの質問ラッシュはどこに言った?

せっかく彼女にアピール出来るチャンスだってのに!


「もう良い、出て行きたまえ」

「……分かりました」


仕方ない、終わりと言われれば出て行くしかないんだ。

圧迫面接の会場であろうと……俺は礼儀正しい就活生だから。


でも、タダでは帰らない。


「名刺を頂けませんか」

「……!? 渡す必要は――」


「なら、僕から渡させて頂きます」

「っ――」


未だ固まっていた彼女に接近。

胸ポケットからそれを取り出し、それを彼女に渡す。

両手できっちりと。職業柄か彼女はすんなりと受け取ってくれた。


「……お帰り下さい」



「ありがとうございました」


まずは椅子の横に立ち、礼。


忘れずドアの前でも一礼。

最後まで気を抜かず――ドアはゆっくりと、音を立てずに閉める事。


「……ふう」


ドアが閉まり静寂が広まる。

それでも俺の胸の鼓動は、未だに煩く聞こえていたのだった。








……アレから。

無事違う会社から採用を頂いた。

俺の一目惚れの話をしたらスゲー受けたからそのおかげかもな。

そんな例の圧迫面接の所といえば――不採用だった。

まあコレは仕方ない、完全に俺暴走してたし。反省はするが後悔はしてないよ。



「あそこ、募集停止になってたな。やっぱ圧迫面接リークされたのかな」

「……ああ、俺録音して労働局に提出したよ」

「え」

「お前教えてくれたじゃん。それ直前に思い出して携帯で録音した」

「マジか……」



少し悩んだが俺はそれを実行した。

それはそれ、これはこれだ。あの会社自体は悪いから報告はする。当然の事よ――


――プルルルルルル!


友と話していると鳴る携帯電話。


「おい電話鳴ってんぞ」

「ああごめん、それじゃまたな~」

「……? おう」


俺は席を立つ。

まあ、相手が相手ですし……この会話は聞かれたくないもんね。


「――どうしたの?こんなお昼に」

「あ、その――ちょっと声が聞きたくて。忙しかったかしら」

「別に良いよ。俺も丁度聞きたかったとこ」

「……! もう……」


そんな、携帯のスピーカーから鳴る声。

美しく棘があるそれ。そう、例えるなら薔薇の様な――


「きょ、今日も会いたいなぁなんて……」

「勿論良いよ」

「やったぁー!」

「ははは」


……うん。やっぱり薔薇じゃないかもしれない。

なんせ――『今』は棘が無いからな。

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