第4話

フェイは購入した花を包むのを待つ間に、クゥと<来る人>の3名でお茶を戴いていた。花屋の若は「お嬢さんのために淹れさせた茶ですから、あがってください」と店頭の椅子を勧めたのだ。フェイは断るつもりだったが、若の「合流したばかりお嬢さんに説明をしたほうがいいでしょう?」という耳打ちに流されたのだ。


『え、っと……』

お茶を前にした、沈黙を破ったのは<来る人>であった。

『わ、わたくし、小崎厳歌(こさき いつか)と申します……。言葉が伝わって、いるのでょうか?えっと、お兄さん?は……』

彼女はそっとフェイを見て、話しかけた。途中、不安そうに視線が揺れた。

『はい、わかります。イツカ。わたしはルーフェイ・ミズハタ・リースウェルです。フェイとお呼びください』

『フェイ、さん……先ほどは、そちらの方とお話しをまとめてくださって、ありがとうございました。つかぬことをうかがいますが、ここは何処 でしょうか?』

イツカはフェイを見てお礼を言うと、視線を彷徨わせながら問うた。

『ここはヒースラント王国の王都エリシェラントです。あなたがいた世界の近くにある別の世界です』

イツカは湯飲みを前肢で器用に傾けているクゥを見ると『別の世界……』と呟いた。

『この世界には遥か昔から、イツカのように、異世界から迷い混む人の記録があります。異世界人をこの世界では<来る人>と呼んでいます。ヒースラント王国周辺には日本と呼ばれる地からくることが多いです。イツカも、日本からいらしたのですよね?』

『そうです。わたしは日本人です。日本から……』

イツカは言葉を止めた。

そして小さな声で呟いた。『駅近くを探検してみつけた神社に参拝していただけなんです。飛行機にも船にも乗っていないのに……外国ですらなく、異世界……』

イツカはぼんやりと花屋から通りを眺めた。

通りは日も傾き出したこともあり、いよいよ歓楽街らしく客引きの声が聞こえてくる。街を行く人々は、ゆったりとした衣装や身体の線を強調した衣装など様々だった。時折、尻尾や耳が人間のそれとは違う者が混じったり、翼を生やしたものもいた。精霊たちの中には人間に紛れて暮らすものも多く、人間と暮らすものの多くは人形をとるのだ。紛れて暮らすもののほとんどは、完全に人間に擬態するが、耳や羽などをステータスとして見せる文化もあった。

イツカは通りの様子に『ほんとに、異世界だぁ……』と不安気な声を出した。

『わたしは、これからどうなるのでしょうか。他の……<来る人>はどのように暮らしていたのでしょう。帰ることは、できないのでしょうか』

『<来る人>がもとの世界に帰った例も記録されています。近年のヒースラント王国の例では、帰化する場合が多いです。王国民として働いたり、誰かと結婚したり……自由度は高いと思います』

フェイは、イツカの横で黙っているクゥをチラリと伺った。クゥは素知らぬ顔で、イツカに寄り添った。

『イツカの今後については、わたしから提案があります』

クゥはイツカの膝の上に跳び乗ると、欠伸をして丸くなった。イツカはふっと口許を緩め、クゥの背にそっと手を添えた。

イツカはフェイを見て『ぜひ、お話をお聴かせください』と言った。

『イツカ。この国では<来る人>に対し保護施策を行っています。<来る人>を保護したい、あなたの後見になりたいという者はこの国には沢山います。人間にも精霊も<来る人>を保護に乗り出しています。だから、あなたは自分の後ろ楯を選ぶことができます。……もとの世界に帰るにしても、一旦、誰かに保護を求めることが懸命だと思います』

これが前提です、とフェイは言葉を切った。

『先ほどの花屋の若も、あなたの膝上で丸まっている精霊も、この国の第一王子も、あなたの後見候補です。言葉の不便さは後で補う方法があります。ですから、好きな後見人を選んでください。落ち着くまでは、わたしが仲介しますし通訳もしますよ』

フェイは第一王子とクゥのどちらかをイツカに勧めることができず、曖昧な言い方しかできない自分を恥じた。代わりに、イツカが落ち着くまでは様子を見るようにしようと、決めた。

『この仔……精霊なのですか』

イツカはそっとクゥを見る。

『そうです。クゥとわたしは呼んでいます』

クゥはイツカを見上げて「クゥ」と甘えた声を出した。

『か、可愛い……』

イツカは目尻を下げて『あの、クゥさん。撫でてもいいですか……?』とクゥにお伺いを立てている。

クゥはイツカと同じ言語を話せるにも関わらず「クゥ」と鳴くとイツカの手に自ら頭を擦り寄せている。

フェイはクゥの強かさが身に染みているので、クゥの猫かぶりには思うところがあるのだが、我が身が可愛いので、口にはしなかった。沈黙は金、とはクゥ師匠の教えのひとつである。

フェイはクゥをそっと撫でているイツカを見て、腹に呑み下した硝子がうずいたような気がした。まるで植物の種子が発芽するときのように、全体をとことこを揺らしているような、静かだけれども激しい変容を感じていた。

『……フェイさん、先程のお話しで確認をしても?』

『ええ、どうぞ』

物思いに耽っていたフェイは、目の前のイツカに意識を戻した。

イツカはそっと息を吐いて、ゆっくりと話し出した。

『わたくしは日本に……もとの世界に戻りたいと思っています。それでも構わないという後見人さんはいらっしゃいますか?』

『……そうですね』

フェイは考える素振りをしながら、そっとクゥを見た。クゥはぱたりと尻尾を左右に振ったが、会話に参加する素振りは見せなかった。

フェイはクゥの態度に、戸惑いと苛立ちを感じ始めていた。そもそも、フェイは現在第一王子に近い立場であって、その第一王子の内々の"お願い"で<来る人>の保護をどこよりも先に行う必要があった。しかし、幼少の頃よりお世話になった恩のある師匠であるクゥも、<来る人>の保護を希望していたから、こんなどっちつかずの状態に陥っていたのだ。なによりこんな状況ではイツカが可愛そうでないか、とフェイは思ったのだ。腹の中の硝子玉がぐらぐらと存在を主張していた。

(そうだ。ここで優先されるべきは、頼るべき相手もいない、全く違う世界に来てしまったイツカであって、第一王子もクゥもみんなみんな勝手が過ぎるっ!イツカは困っているんだからっ) 

フェイの腹の中の硝子玉がとうとう爆ぜた。硝子玉の中から、にょきりと何かが這い出ていたフェイは、にょきりと出てきた何かが示すまま言葉を紡ぐ。

『第一王子に後見を依頼しましょう。今ならクゥもついてきますよ。……第一王子でしたら、言葉の壁もどうにかできる手段を幾つか提示できますし、あなたが元の世界に戻ることも支持するでしょう。わたしも職場が近いですから様子を見に行けますから、お力添えできることもあるでしょうし!』

フェイの勢いに押されたのか、イツカは目を丸くしていた。イツカの膝上でクゥも身を起こしてフェイを見て「クゥ?」と啼いた。

フェイはハッとして浮かせていた腰を下ろして、拳をほどいた。

『……えっと、ですから……第一王子に後見を依頼するなら、わたしが仲介もしやすいという話です。ここの花屋にも幾等かの褒賞は出せるので、花屋の面子も保てるかと……えっと、だから』

フェイは顔の火照りを感じていた。取り繕おうとすればするほど、言葉が詰まってうまくでてこなくて、頭が湯だっていくのをかんじた。顔が熱い。こんなときに限って言葉が出てこない。恥ずかしい。目の前が滲む。

『フェイさん』

柔らかい、透明な声だとフェイは思ったのだ。いつまでも聴いていていたい。この声を聴いていたい。フェイはイツカの声を花屋の前で聴いたとき、自分の中の何かが決定的に変わったとおもったのだ。

イツカがそっとフェイを見ていた。フェイと目が合うとイツカは柔らかく微笑んで『ありがとうございます』と言った。

フェイにはイツカの言葉が言葉以上に特別に感じられた。腹の中のにょきりと生えた何かが意思を持って根付いたような、双葉がひらいたような感覚だった。先刻までフェイを追い込んでいた熱がひいて、今は心地よい温度として感じられた。

『フェイさん。わたくしはこの世界のことをなにも知りません。言葉が通じるのは今のところフェイさんだけのようです。……フェイさんを頼っても良いでしょうか?第一王子さんに、後見を依頼したいのです。仲介をフェイさんにお願いしたいのです』

イツカは背筋を一度、すっと伸ばしてからフェイに丁寧に頭を下げたまま『お願いいたします』と言った。

フェイはイツカの仕草に呆けていたが、イツカの膝から降りていたクゥの軽めの回し蹴りで目が覚めた。クゥはイツカがまだ頭を下げていて見ていないからか、フェイの掌に前肢で『ボクもついていく』と書いた。クゥはフェイが頷いたのを見てと『あとで、はなしがある』と追記すると、イツカの足元に座った。

フェイはイツカに姿勢を戻してほしいといい、助力は惜しまないことを伝えた。イツカはありがとうございますと、再び礼をしていた。


フェイは花屋の店主にイツカの後見を第一王子に仲介するが、<来る人>を発見し届け出をしたのは花屋の若として話を通すことを考えていると伝えた。

若は「おや、魔術師殿のお連れの方という話ではなかったですかな?」と笑い「今後ともご贔屓に」とフェイが購入した花束を渡した。

若はイツカに向き直ると、花束とは別にイツカに花を一枝差し出した。紫色の豆科らしい蝶のような小花が連なっていた。

「貴女との出逢いの記念に」

『……小町藤?』

イツカは花の名を呟いた。そして、若が花をイツカに差し出したままにしているのを見て首を傾げた。イツカは若を見ると掌を上に向けて、花を示し、次いで自分を指差した。

『このはなを、わたくしに……?くださるのですか?』

イツカは手の動きに合わせてゆっくりと話した。フェイは若とイツカの通訳しようと、口を開きかけた。しかし、それよりも先に若は「そうです!あなたへの贈り物ですよ」とにっこりと笑い、もう一度イツカへ花を差し出した。イツカは『ありがとうございます』と微笑むと花を受け取った。イツカはフェイに『こちらの方にお花をいただきました!お礼を伝えたいのですが、なんと申し上げたら良いでしょうか?』と話しかけた。

フェイはヒースラント語の「ありがとう」の発音を伝えたが、イツカが発音できたのは「にゃりがちゅ」というような音であった。それでも、若は嬉しそうに「どういたしまして」とイツカに微笑んだ。

フェイはその様子を見ていて、急に口が苦くなったように感じられた。春の青い菜の芽を噛んだようにな苦味を感じたのだ。腹の中の双葉を噛んでしまったのだろうか、とフェイは思った。



◇◇◇◇


「宮廷で解決できないことがあれば我々のところへおいでなさいね、お嬢さん」

花屋の若旦那はそう言ってイツカを見送った。

フェイの案内でクゥと共に、イツカが宮廷に向かいだした頃には、歓楽街から太陽は見えなくなっていた。そうは言っても、あたりはまだ明るくハッキリと視界が利くが、空気は幽かに夜の香りがしていた。空の半分はイツカに贈られた小町藤よりも淡い青のグラデーションで、もう半分はフェイが持っている花束よりも優しい朱色だった。遠くに薄く重なる雲は手巾の青灰色だった。遠くに瞬く一番星が、フェイの懐の簪に嵌め込まれた輝石の色だ。

歓楽街のある中洲に架かる橋を渡り、商店街を抜け城門の前にくる頃には、頭上はすっかり星空へと変わっていた。城門の関所の順を待っている間、イツカは空を見ていた。

『イツカ……?歩き疲れてしまいましたか?』

『大丈夫ですよ』

フェイの問いにイツカは微笑んで答えたが、フェイには元気がないように見えた。

『空が綺麗だなぁ……と思っていただけなんです。星がたくさん見えるのって、なんだか新鮮で。とても素敵ですね』

イツカはフェイにそう言って笑うと、膝を折ってしゃがみ『クゥさんも、そう思いませんか?』と微笑んた。

「クゥ!」

『クゥさんは、ほんとに可愛らしいですねぇ』

クゥを見てイツカはご機嫌そうに笑っていた。

関所の列が動き、フェイたちもあとへ続こうとした。イツカも屈伸の要領で起き上がって、歩を進めた。……進めようとした。

『……ッ!』

『イツカ……!?』

イツカはバランスを崩して、地面に手をついた。イツカは顔をしかめつつも『大丈夫ですよ』といい、フェイの差し出した手は執らなかった。 

『ちょっとバランスを崩してしまいました』

あはは、とイツカは自嘲するように笑うと、弾みをつけて立ち上がった。フェイはイツカを心配そうに見ていたが、イツカはにこにこと笑うばかりであった。フェイは城門の衛士に通行手形を見せ先を急ぐことにした。


フェイはイツカとクゥと共に宮廷に入ったものの、この時間に内廷にいるであろう第一王子に謁見を求めるのは難しいと考えていた。イツカの後見を第一王子に依頼するのは明朝にするか……と、ひとまず自分の使っている宿舎を目指して歩いていた。城門から宿舎のある区画は程近く、すぐに屋根が見えてきた。建物の入り口が視認できるところまで来たところで、城門の方向から誰かが駆けてきた。

「ちょおぉっと、待ったーーーっ!!!」

人影はフェイ達を追い越して、呼吸を整えながらフェイを睨んだ。オレンジ色の髪が乱れていた。

「フェイ!お前、そういうとこだぞ」

「……ゴーシェ?どうしたの?」

「どうしたの?っじゃない!お前、報告連絡相談だって、いつも言ってるだろうがっ!あと、<来る人>が女性なら自室で一晩預かるのは不味いだろうがっ!」

「……あ?あぁ、大丈夫だよ。僕の部屋をイツカとクゥに提供して、僕は廊下で寝袋でいいかなって」

「良くねえよ。独身寮なんだぞ。クゥ師匠さんも止めてくれよ……」

ゴーシェは頭をかきむしりながら唸っていた。クゥはゴーシェに向かって「クゥ~」と啼いて、ぽすぽすと前肢でゴーシェの脚を叩いて慰めている。

「ともかく、俺は今しがた城門の衛士から連絡を受けて来たんだ。確認するぞ、こちらのお嬢さんが<来る人>で間違いないな?」

「うん。改めて紹介するね。イツカだよ」

フェイは今度はイツカに『イツカ、この人はゴーシェです。わたしの幼馴染みなんです』と伝えた。イツカはゴーシェに向かって『はじめまして、小崎厳歌と申します』と礼をした。

「ゴーシェ、はじめまして、だって」

「え?あぁ。こちらこそ、はじめまして。ゴーシェとお呼びください」

ゴーシェはイツカに対して胸に手をあてて礼をした。

「それで?フェイはいつどこでイツカを見つけたんだ?他に関係者はいるか?」

「夕方に花街で、あの街の顔役の花屋の若旦那と話しているところを、第一王子が後見に立候補しているから、といって融通して貰ったんだ。あと、たぶんクゥが第一発見者……じゃあないかなぁ」

フェイはクゥに「そのあたりどうなんですか?師匠」と問うがクゥは「クゥ!」と啼くばかりであった。猫かぶりは継続中だった。

「あとで、話を聞いておくように」

ゴーシェはクゥの様子を見て、今聞き出すのは難しいと判断して、フェイに後日事情を報告書にまとめておくよう伝えた。フェイは「はあい」と返事をした。

「さて、第一王子がお待ちだ。離宮までお越し願いたい」

「第一王子はこの時間はまだ、内廷にいるのでは?」

「衛士がフェイが<来る人>らしき女性と精霊を連れて城門を通過した、と報告をあげてくれたからな。第一王子には、先に離宮でイツカの部屋を用意して貰っている」

フェイの事だからまっすぐ報告にくるとは思えなかったし、とゴーシェは笑った。

「第一王子の離宮なら、この区画から近いね」とフェイは呟いた。

『イツカ。第一王子がイツカのことを待っているそうです。移動します』

『はい』

イツカの返事を聞き、フェイたちはゴーシェの案内で離宮へと向かった。


宿舎の独身寮のある区画から第一王子の離宮は近いとはいえ、それなりの距離はある。ターミナル駅のホームの端から端へ移動するのを3回繰り返せばつくくらいだ。地元の小学校区よりは狭い範囲だが、都心の地下鉄一区画は歩いたとイツカは感じていた。

離宮はもうすぐだとフェイがイツカに告げた。イツカは『はい』と笑った。

「ねぇ、イツカ。ひょっとして、足が痛いの?」

『ふぇ!?』

イツカの眼前にゴーシェが割り込んだ。イツカはいきなり視界に入ったゴーシェに驚いていた。しかし、それ以上に慌てたのはフェイであった。

「え!そうなの?イツカ、足が痛いの?」

フェイは慌てイツカに尋ねるが、イツカは首を傾げるばかりだった。クゥは呆れたように啼く。フェイが改めて『イツカは、足が痛いの?』尋ねると、イツカは『あー……』と言葉尻を濁した。

イツカは『大丈夫ですよ』と笑っていたものの、3人の眼差しに耐えきれなくなり、手にしていた花をくるりと回したあと、ポツポツと話し出した。

『えっと……その、今日の靴は長距離を歩くのには向いてない靴でして……靴擦れを起こしてしまったみたいで……あ、でも平気ですよ。こういうのは、就活の時に散々経験しましたから!持っていた絆創膏も貼って手当てもしてありますし!脚を捻ったわけでもないので、歩けますよ!』

イツカはあはは、と力なく笑ったが、その声はだんだんと掠れていった。

『すみません……。でも、まだ歩けるのは本当ですよ』

『イツカ、これとこれ持っていて』

『え?あ、はい』

フェイは自分が手にしていた花束をイツカに渡した。イツカは首を傾げながらも花束を受けとった。

『イツカ。ちょっとごめん』

『え?……あっ、ちょっと!』

フェイはイツカににこりと笑うと、小声で何かを呟き、イツカを片腕に担ぎ上げた。そして再び何言かを呟いた。

イツカは突然のことに驚いて固まってしまった。イツカの抱える花束の包み紙が擦れてかさりと音を立てた。持ち上げられた弾みで、イツカは自分が持っていた鞄がフェイにぶつかってしまった。それに慌てた様子で『あ、ごめんなさい』とフェイに謝った。

フェイはイツカに自分に凭れかかるように伝えると、イツカの靴を脱がせた。イツカの履いていたヒールのパンプスは、フェイがすっと押すだけで脱げてしまい足に合っていないのがわかる。イツカの足のサイズに絶妙に合っていないだ。イツカの足はパンプスの中で、靴擦れを起こしていた。手当てをしたと言う絆創膏がまた剥がれて、余計に擦りむく範囲を広げていた。それだけでなく、軽く足も捻っていたようで左足首が少し腫れていた。左右の足の甲はの形にあわせてくっきりとあとが残るほど全体に腫れていて痛々しい。夜風が傷口に滲みたらしくイツカが身を捻ねった。

「こりゃ、痛いわな」

ゴーシェがイツカの靴を拾い、フェイにイツカを抱えるのを代わろうかと申し出た。

フェイはすっと身を引いて、ゴーシェの手を避けた。

『あ、あの、フェイさん!下ろしてください。重たいでしょう?歩きますから!いえ、歩かせてください』

イツカはバランスをとるために、フェイの肩に捕まって身を固くしていたが、それでも主張は譲らない。

『……だめ』

フェイはイツカを抱き上げたまま歩き出した。クゥはフェイが自身に掛けた身体強化の魔術を見て、呆れたように首を振った。フェイの強化を施した腕がイツカを支えるのに苦戦して震えているのを見ると、イツカに浮遊の魔術を掛けたのだった。弟子は可愛いのである。

『ゴーシェさんも、靴を返してください……』

イツカは言葉が通じないと知りつつもゴーシェにも話しかけたが、ゴーシェは笑って靴を持っていない方の手を振るばかりだ。

そうしてイツカは、第一王子の離宮まで運ばれたのであった。


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