よく晴れた春の日なら

高山小石

よく晴れた春の日なら

 それは、コロナが少しおさまった時、ストレス発散を兼ねた小旅行中だった。


「最近の世の中は、どうかしてるよねぇ」


 小柄なおじさんは、ため息まじりに呟いた。


 私たちは、旅行先の小さなお店で、夕ご飯を食べていた。

 夕食時で混んでいたため、私たちいつものOL三人組と、透明の衝立があるからと相席になったおじさんと、思いがけず話がはずんでいた。程よくアルコールも入っていたせいか、職場や生活のグチから、話は広がっていった。


「一掃したほうが、いいのかもねぇ」


「大がかりな浄化みたいなの、やってほしー」


「ついでに文明もなくなって、また原始時代から始めちゃったりして」


「それって毎日がアウトドア?」


「いいねぇ。僕はその日は、よく晴れた春の日がいいなぁ」


「あー、浄化っぽいー」


「お花見って大昔は病はらいだったんだっけ」


「だから春がいいんですか?」


「いいやぁ、文明をなくす日だから」


「あー。うっかり寝坊した朝とか、会社消えてないかなーって思うおもう」


「よく晴れた春の日なら、なにもかもが終わるのもいいだろう?」


「朝起きて、窓を開けたら、いいお天気。やわらかい風に花の匂いがする。今日もいつも通りの日が始まるって朝で終わるんですね」


「うっわ―。ブラック――」


 そのまま会話は、私ならいつがいいとか、できれば夜がいいとか、尽きなかった。


 旅行から帰った私たちの間では、しばらく『よく晴れた春の日なら』というフレーズが流行った。私たちは、当然、酒の席のバカ話だと思っていたのだ。あの日、相席したおじさんをテレビで見るまでは。軍服に身を包んで視察するおじさんを、ニュースで見るまでは。


 花の香りがただよう今夜は、空一面に星が出ている。この調子だと、明日も気持ちよく晴れそうだ。


 今夜は、明日は、明後日は、普通にやってくるのかな。

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よく晴れた春の日なら 高山小石 @takayama_koishi

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