第3話
旅は予定通りに運んだ。貸し切りバスの代わりにレンタルのコンパクトカーで移動し、しおりにメモを取る代わりにスマートフォンで写真に収めた。予定していた観光地で時間をつぶし、予定していたレストランで食事を済まし、予定していた宿に泊まった。
暇を持て余したとき、僕たちは適当なところに座ってひたすら遠くを眺めた。空を眺め、山を眺め、街並みを眺めた。綿々と続く山脈は秋色に染まり美しかった。言葉も、音楽も、ほかには何もいらないような美しさだった。現実の没入感はいつだって無限大だということに、改めて気づかされた。ときどき会話もあったが、話しているあいだもほとんど目線を動かすことはなかった。
二日目のことだった。早い日暮れの中、僕たちはある記念館の駐車場で、ガードパイプに並び腰かけていた。僕は記念館や博物館や美術館といったものがずっと嫌いだった。肉じゃがに添えられたマヨネーズくらい場に不釣り合いなように感じられて、楽しみ方がさっぱりわからなかった。大人になってからは、たくさんの思惑と利権が絡み合っていることを知って、さらに受け入れられなくなってしまった。それでもしおりに書いてあるから仕方がない。たしか中学生のときも同じように諦めた覚えがある。何も成長していないということだろうか。
「明日って……」と彼女がぼそぼそとつぶやいた。
「うん」
「そっか」
「こわい?」
「いや、大丈夫」
「嫌なら無理しなくてもいいよ」
「ううん、そもそも私が誘ったんだもん」
「あのトレッキングをやり直すために?」
彼女はそれには答えなかった。僕は慌てて言葉を繋いだ。
「ごめん。でも、あれは、君のせいじゃない。僕のせいでもない」
「わかってる、わかってるよ。でももうこの話はやめよう、ごめん」
わかった、と僕が言って、僕たちは黙って空を眺めた。青い空に薄いじゅうたんのような白い雲が広がり、その場でまったく動いていないように見えた。あたりは静かだった。空を駆ける鳥の影がなければ、世界が運動を続けていることさえ感知できなかった。
ずいぶん時間が経ってから、彼女は小さくつぶやいた。
「あのとき……」
「その話はもうやめようって」
「ちがう! ちがう、ちがうの」
突然声を荒げた彼女にびっくりして、僕は隣に目を向けた。彼女は反対側のコンクリートに目線を落としたままだった。
「あのとき、私、ハルが……、ハルがどっかに行ってくれて、ラッキーって思っちゃったの。それって最低だと思う?」
僕は声を出す代わりに、首を静かに横に振った。彼女が視界の端に僕の動きをとらえていたのかどうかはわからなかった。
「ごめん、今のは忘れて」
彼女もかぶりを振った。
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