第4話
例の山は、記憶の中のそれよりもずっと低かった。丘といっても差し支えないくらいだった。それでも、面積にしてみるとかなり広く、気軽に足を運んでみるにはうってつけだ。思えば、自由行動の時間に山登りなんて選んだ班は後にも先にも僕たちだけだろう。
コースの入り口につながる橋は、思っていた通りに長かった。覚えている限り、橋は鮮やかな赤色だった。車から見た橋も、鮮やかな赤色だった。ところが実際に歩いてみると、錆びだらけで、ところどころ塗装がはがれ落ち、全体的に灰色がかった赤色の橋だった。
橋の上で、僕たちは立ち止まった。この橋を渡るということは、ある意味禁断の領域に足を踏み入れることを意味する。この橋は時空を超えるバイパスのようで、僕たちはそれを通ることで記憶の蓋を開けてしまうのだ。それは、とてつもなく巨大な勇気が必要なことである。
大丈夫? と僕が尋ねると、大丈夫、と彼女は言いながら、手に持った自分のしおりをぐしゃぐしゃに握りつぶしていた。
「あのとき、私たちはハルと一緒にここを通った」
「うん」
「この先で、ハルと私たち二人は別々に行動した」
「うん」
「そしてハルは待ち合わせの時間には現れなかった」
「うん、でも……」
「でも、それは私たちの責任ではない」
「そうだ、僕の責任でもないし、君の責任でもない」
彼女は手すりにもたれかかったまま、目を閉じて、深く息を吐いて、また吸い込むのを繰り返した。今日はメイクしていないようだが、中学生のときの見た目とはやはりかけ離れていた。そのあいだ、僕は開かずの間に押し込められた樽を引っ張り出して、布を剥いで重しをどけた。信じられない量のほこりが宙に舞った。封はすでに破れていて、蓋も樽本体もあちこち朽ちていた。これが時効ということなのだろうか。
何度目かの息を吸い込むと同時に、彼女は目を開けた。
「うん、わかった。行こう」
こうして僕たちは再びそのトレッキングコースを訪れた。トラウマには上書き保存ができると信じて。
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