第十五話 魔法使いの仕事ってなんですか?(レベル2)
『二人ともケガはなかった? ごめんね、ギリギリになっちゃって』
屋上でへたりこんでいると桃瀬さんの申し訳なさそうな声が頭の中に響いた。
『大丈夫です! 俺も佐藤くんもピンピンしてます!』
今まさに屋上から落ちて死にかけてバックバクの心臓を冷や汗ダッラダラの手で押さえているというのに、それでも明るい声で答える黄倉くんの背中を俺はそっとなでた。
顔をはフツメンかもしれないけど心はイケメンだぞ、心の友よ。
……なんて思いながら屋上の縁に立って眼下をのぞきこんでみた。
青柳さん、桃瀬さんの魔法で撃ち落とされたマンタ型妖精とニジマス型妖精たちは広い二車線道路に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃのゼリー状態になっている。
「あれって魔銃戦隊ガンレンジャーのガンレッドとガンブラックの連結技だよね」
ほっと息をつきながら黄倉くんに尋ねる。
「そそ、よく知ってるね。ガンレンジャーってビミョーに世代ずれてるでしょ」
「弟たちが見てたから」
魔銃戦隊ガンレンジャーは〝仲間と力を合わせる〟ことがテーマになっている。
主人公のガンレッドは〝魔銃展開!〟と叫ぶことで銃を呼び出すことができる。でも、仲間と〝連結〟しないと銃を撃つことができない。仲間のブルー、イエロー、グリーン、ピンクと協力して、毎週毎話、登場する個性的な敵キャラを倒すのだ。
「青柳さんがあこがれてたのはガンレッド、桃瀬さんがあこがれてたのはガンブラックなんだ」
「そそ、レベル4は無理だけどレベル2と3くらいなら一掃できるんだ」
ガンブラックはいわゆる一匹狼ポジションだ。ガンレッドたちと志は同じ。影ながら助けることもあるけど最後まで行動をともにすることはなかった。
レッドとブラックが連結技を使うのもたったの一度、劇場版のときだけだ。世界中に出現した強くはないけど大量の敵を撃つためについに協力するのだ。
ガンブラックの索敵には時間がかかる。
ブルー、イエロー、グリーン、ピンクとレッドが次々と連結して、ガンブラックのために時間稼ぎをするのも映画の見どころの一つだった。
でも――。
「実際に待つ身になるとただひたすらにジリジリするだけだねぇ」
「まあねぇ~」
映画ではあれだけ盛り上がるシーンだったというのに。
顔を見合わせてヘラヘラと笑っていた俺と黄倉くんは、
「まほうつかいさん、もういっちゃった?」
窓が開く音と舌足らずな子供の声に目を丸くした。
「マミちゃん、ダメよ! 窓を閉めて!」
「おさかなのようせい、もういないよー」
声が聞こえてきたのは二車線道路側だ。まだ完全に安全とは言えないけど黄倉くんの話によれば残ってるのはレベル4の妖精一体だけのはず。
俺は笑顔で眼下をのぞきこんだ。
『茶山さん、俺たちがいるビルに逃げ遅れた人がいます』
「マミちゃん、お母さん、もうすぐ魔法使いが助けに来るからね」
マンタ型妖精が振り回したしっぽにやられてビルの外壁はひび割れて、崩れて、穴が開いているところもあった。でも親子が逃げ込んだ部屋は奇跡的に無事だったらしい。
「まほうつかいさん?」
「もう少しだけ窓を閉めて、部屋の奥……に……」
見るとそこにいたのは窓から小さな体を乗り出して手を振る四、五才くらいの女の子と、困り顔で微笑んでいるお母さん。
それから――。
「妖……精……」
レベル2のニジマス型妖精が一匹。
『桃瀬さん、一匹撃ち漏らしてます!』
『うそ!? ……さ、索敵。もう一度……索敵……!』
頭の中に響く黒木くんの怒声が俺の眼下に――女の子の目と鼻の先にいるニジマス型妖精に聞こえるはずがない。
聞こえるはずが、ないのだけれど――。
「ギャーーー!」
弾かれたように体をくねらせ、ニジマス型妖精が女の子へと飛びかかった。
想像よりもずっと速い動きで。
想像よりもずっと大きく開く口で。
想像よりもずっと鋭い歯が並んだ口で。
取材前、室長室で見た光景を思い出す。銀さんの指を食い千切った、銀さんの指と同じくらいのサイズの小さなトカゲ型妖精を。
トカゲ型妖精よりもずっと大きなニジマス型妖精なら小さな女の子の頭くらい簡単に一飲みにできる。食い千切ることができる。
「窓を……閉めろぉぉぉ!」
レベル2のニジマス型妖精は女の子にも母親にも見えていないはずだ。それでも俺の絶叫に青ざめると女の子は凍り付き、
「マミ!!」
母親は金切り声で娘を抱きしめた。
「……っ!」
母親が声にならない悲鳴をあげたのは、ニジマス型妖精が腕に噛み付いたから。
いや、腕の肉を食い千切られたからだ。
母親の青ざめた顔と腕の傷を見て女の子は呆然としている。
母親の腕の肉を食い千切って一度は二人から離れたニジマス型妖精が身をひるがえした。再び二人に襲い掛かるつもりだ。
「早く! 窓を閉めて!」
もう一度、叫んだけど窓に伸ばす母親の腕は血だらけで小刻みに震えている。
「は、い……」
声もか細い。傷のせいで力が入らないのだろう。想像よりもずっと動きの速いニジマス型妖精よりも先に窓を閉められるだろうか。
「ギャーーー!」
ニジマス型妖精の鳴き声に思わず顔を背けた俺は、
「転移!」
茶山さんの声にハッと下をのぞきこんだ。でも、そこに茶山さんの姿はない。
それから――。
「い、ない……」
女の子と母親の姿も。
「射撃開始!」
「ギャ……!」
桃瀬さんの声が響いて光の弾丸がニジマス型妖精を貫いた。
直後――。
『親子を救出。このまま病院に向かいます』
頭の中に響いた茶山さんの声と内容に俺は呆然と空を仰ぎ見たのだった。
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