第十六話 魔法使いの仕事ってなんですか?(レベル4)①
『何、やってるんですか』
頭の中に響いた黒木くんの声は怒気をはらんでいた。
『何やってるんですか、桃瀬さん! 索敵に時間かかる上に撃ち漏らしとかありえないでしょ!?』
『ご、ごめん……!』
『ごめんじゃないですよ! 桃瀬さんのせいであの親子、死ぬところだったんですよ!? 怖い思いも大ケガもしたんですよ!?』
黒木くんはタワーマンションの屋上から身を乗り出して、十字路をはさんで対角のビルに立つ桃瀬さんを見下ろして怒鳴った。遠くてはっきり見えないけど、多分、眉も目もつり上げ、威嚇する犬のように歯をむき出して怒鳴っている。
レベル2のニジマス型妖精にに襲われ、肉を食い千切られて真っ赤になった母親の腕。自分を守るためにケガを負った母親を見上げ、呆然とする女の子。
そんなものを間近て〝大丈夫、気にしなくていい〟なんて言う気にはなれない。
だけど――。
『……ごめん。本当に、ごめん』
向かいのビルにいる桃瀬さんはうつむいて、小刻みに震える手をもう一方の手で抱きしめている。見ているこっちが心配になるくらい青ざめた顔をしている。
自分のミスで危うく親子が死ぬところだった。そのことで誰よりも桃瀬さんを責めているのは桃瀬さん自身だ。桃瀬さんを責める言葉も言う気にはなれない。
でも――。
『ブルーとかイエローとか使い勝手のいい連結技なんていくらでもあったでしょ!? そうしたら大量の妖精をもっと簡単に一掃することも、レベル4以上を倒すこともできたのに……青柳さんの魔法にはそれだけの力があるのに……!』
妖精に両親を殺され、妖精に怯える子供たちを見てきた黒木さんには桃瀬さんのミスが許せないのだろう。腹が立って言わずにはいられないのだろう。
わかるけど――。
『ガンブラックなんかじゃなく、もっと使い勝手のいい連結技が使えるレンジャーに桃瀬さんが憧れてれば……青柳さんと組むのが桃瀬さんじゃなければ……!』
それは完全に言い過ぎだ。
「……!」
届かないとわかっていて怒鳴りそうになった俺は、
『……黒木』
低く静かな声が黒木くんの名前を呼ぶのを聞いてあわてて口をつぐんだ。
どれほど遠い場所にでも届きそうな凛と真っ直ぐな声。頭の中に響いた聞き覚えのない声が青柳さんの声だと気が付いたのは、向かいのビルにいる桃瀬さんが青柳さんの腕を引っ張って止めるのが見えたからだ。
桃瀬さんの声は聞こえないけど、きっと〝俺が悪いんだから〟とか〝気にしてないから〟と言ってるのだろう。
キラッキラのアイドルスマイルじゃなく、ヘラヘラの愛想笑いを浮かべる桃瀬さんを悲し気な表情で見つめたあと。青柳さんは再び顔をあげるとタワーマンションの屋上に立つ黒木くんを静かににらみあげた。
青柳さんと黒木くんのにらみ合いを息を飲んで見つめていた俺は、
『はーい、そこまで!』
紫村さんの声にハッとした。
『まだ本命のレベル4を倒してないこと、忘れてない?』
『取り巻きのレベル2、3を一斉掃討されちゃったからねぇ。いい感じに頭に血液的なのがのぼってると思うよぉ』
「「ぶっはぁ~~~!」」
穏やかな微笑みを含む紫村さんの声とのんきな銀さんの声にほっとして盛大に息を吐き出すと、同じタイミングで隣の黄倉くんも盛大に息を吐き出した。
思わず顔を見合わせて苦笑いする。
と、――。
「……何、この音」
ザッ……ザッ……! と、規則正しく響く音が近づいてくるのに気が付いて顔を引きつらせた。
そうだ、まだレベル4の妖精を倒してない。
サイズ的にもニジマスなレベル2よりも、マンタなレベル3よりも、ずっと大きいだろうレベル4が残っている。
どんどんと近付いてくるこの音は多分、きっと……。
『レベル4、移動速度があがりました』
思っていた通り、レベル4の足音らしい。
黒木くんの声と大きくなる足音、その足音に合わせて地面が揺れる感覚に俺はごくりとつばを飲み込んだ。
『俺も現場に向かいます』
『茶山くんはちょっと待機。いざというとき魔力切れで転移が使えない方が危険だから』
『……わかりました』
紫村さんの穏やかな声に茶山さんは悔しそうな声で、それでも同意する。
「魔力切れなんてあるの?」
「ある、ある。体力、気力と同じ。魔法は万能でもなければ限界もある」
緊張した面持ちでレベル4の足音が近付いてくる方角を見つめながら、黄倉くんは答える。
「使える回数も使える魔法の形も自由自在ってわけじゃない」
「形?」
オウム返しに尋ねてみたけど黄倉くんからの答えはなかった。
それ以上、雑談をしている暇はなかった。
『レベル4、十字路を曲がって避難先の小学校に向かう直線に……っ!』
黒木くんの声が途切れたのは十字路を曲がろうとした足音の主がタワーマンションの角にぶつかり、建物の下の方が崩れたから。タワーマンションが大きく揺れて、屋上にいる黒木くんもよろめいたからだ。
「……っ!」
姿を現したレベル4の妖精はシロクマに似た姿をしていた。スライムみたいな質感をしていて白色の半透明な体をしている。
ただ――。
「なんだ、あのでかさ」
姿はシロクマに似ているけどサイズは違う。二階建ての一軒家ほどの大きさのシロクマ型妖精は俺たちがいるビルの前を走る広い二車線道路に入ると、
「グォアァァァアアアッ!!!」
地面を震わすような咆哮をあげたのだった。
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