第十四話 魔法使いの仕事ってなんですか?(レベル3)
『レベル2の動きが変わりました』
頭の中に響いた黒木くんの声に俺と黄倉くんは顔を見合わせた。あわてて下をのぞきこんでみると限られた範囲をのんびり、ぐるぐると泳ぎ回っていたニジマス型妖精たちの動きが確かに慌ただしくなっていた。
何かに引っ張られるように、潮が引いていくように同じ方向へと泳いでいく。大きな十字路の一画に建っているタワーマンションの角を次々と曲がっていく。
『レベル3の動きもせわしなくなってきてます。多分……』
『レベル4が本格的に動き始める前触れだねぇ』
黒木くんの強張った声と銀さんののんきな声に俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
何が起こっているのか、素人の俺にはわからない。でも、状況が一変しようとしていることだけはわかった。
俺たちがいるビルよりもずっと高いタワーマンションを――その屋上にいる黒木くんを見上げる。黒木くんの位置からはニジマス型妖精たちが何を目指して泳いで行ったのか、あるいは何から逃げようとして泳いで行ったのか見えているのだろう。
『レベル3……三体のうち一体が避難先の小学校に向かう直線に入ります』
避難先の小学校に向かう直線。
それが俺たちの目の前を走る二車線道路のことだとわかるよりも先にニジマス型の妖精たちが身をひるがえして引き返してきた。タワーマンションの影から姿を現した、ニジマス型妖精たちよりもずっと大きな妖精から逃げるように。
「あれが……あれでレベル3……?」
エイやマンタに似た形と大きさの妖精はニジマス型妖精よりもずっと濃く暗い青色をしていた。翼のような大きなヒレをはばたかせ、水があるわけでもない車道をゆったりと泳いでいる。
と、――。
マンタ型妖精が頭らしき部分を持ち上げた。目がマンタ型妖精にあるのかはわからないけど、目が合った……気がする。
「ちょ……」
俺たちの存在に気が付いたマンタ型妖精がゆらりと体の向きを変えた。俺と黄倉くんがいるビルの屋上を目指すように。
「ちょ、黄倉くん! 向かってくるんだけど! あの妖精、こっちに向かってくるんだけど!?」
「だだだだ大丈夫! ガチでやばかったら茶山さんとか先輩たちの誰かが助けてくれるから!!」
「ホントに? ホントに!!?」
すっごい速さでビルの側面を登ってきてるんですけど!? 細長ーいしっぽみたいなのをビュンビュン振って、車道のアスファルトやらビルの外壁やらにヒビ入れまくってるんですけど!?
「で、でででででも黄倉くんがそう言うなら! 魔法使い見習いがそう言うなら……!」
魔法使いの皆々様を信じて待とう! ……って、思ってたのに。
『桃瀬さん、まだですか!』
『ちょっと待って! あと、少し……!』
『とっととしてください! 二人、死にますよ!?』
「死ぬの!?」
頭の中に響いた黒木くんの切羽詰まった声に俺は隣の黄倉くんを見た。黄倉くんは目に涙をにじませてグッ! と親指を立てていた。
「すらっと美脚よりむっちり巨乳派なところだけはわかりあえなかったけど……それでも佐藤くんは心の友だったよ!」
「過去形!」
あきらめないで、黄倉くん! 人生最後の言葉がむっちり巨乳云々でいいの!?
……なんて声に出してツッコんでる余裕はない。
なにせ――。
「ひえっ……!」
マンタ型妖精が目の前に現れたからだ。サーフィンののエアリアル――波を駆け上がり、一番高いところで海面から飛び上がるサーフボードのようにいきおいよく姿を現したからだ。
これは押しつぶされるか食われて死ぬパターンかなー、なんて魂が抜けかけていると――。
『準備……できた!』
頭の中に桃瀬さんの声が響いた。黄倉くんが弾かれたように正面のマンタ型妖精から左手に顔を向けた。つられて俺も黄倉くんの視線を追いかけた。
数十メートル先のビルの屋上に青柳さんと桃瀬さんが立っていた。背中合わせで立つようすはまさにアイドルユニット……とか、どうでもいい感想は置いておいて。
青柳さんが何かつぶやいて両腕を広げた。
瞬間――。
「……!」
青柳さんと桃瀬さんの周囲に真っ赤な銃が何十本、何百本と現れた。猟師が使うようなライフル銃。
「……いや」
俺の想像通りなら、あれはマスケット銃と呼ばれる銃。魔銃戦隊ガンレンジャーのガンレッドが使っていた銃だ。
そして――。
「追跡……開始!」
数十メートル離れたビルにいる俺たちにも聞こえるほどの大声で桃瀬さんが叫んだのはガンブラックのセリフ。
「これって……」
二人の周囲に展開された真っ赤なマスケット銃が淡い光を放ち、黒い装飾が施された。
ここまで来れば弟たちに付き合って魔銃戦隊ガンレンジャーを全話見ていた俺には次に何が起こるかすべてわかる。
「……!」
「連結!」
右腕を振り上げた二人の動きに合わせて銃口が空を向く。二人と何十本、何百本もの銃の一糸乱れぬ動きは見惚れるほど美しい。
もしかしたらマンタ型妖精も見惚れたのかもしれない。動きがにぶったところに――。
「……!」
「射撃開始!」
桃瀬さんの凛とした声が響いた。銃口から空へと真っ直ぐに赤と黒の光が伸びていく。その光は噴水の水のように緩やかな弧を描いて落下し――。
「ギャーーー!」
「ギャーーー!!」
「ギャーーー!!!」
マンタ型妖精の頭を撃ち抜いた。
ちなみに最初のギャーーー! がマンタ型妖精の断末魔。
次のギャーーー!! が落下してきたマンタ型妖精にぶつかって屋上から落ちそうになった黄倉くんの悲鳴。
最後のギャーーー!!! が落ちそうになった黄倉くんに腕をつかまれ、いっしょに落ちそうになった俺の悲鳴だ。
どうにか踏ん張って八階建てのビルの屋上から落下することはまぬがれた俺と黄倉くんは――。
「あっぶなー!」
「あっぶなー!」
息ピッタリ、同時に叫ぶとその場にへたり込んだのだった。
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