【一話完結】勇者の結末

ほしむらぷらす

勇者の結末

 戦いの中、魔王は恐怖した。

この男――勇者と呼ばれていた青年は、魔王との戦いで

さらなる成長を遂げる。

勇者の繰り出す剣撃は力を増し

魔王の魔術を避ける速度が上がっていく。

さらには、回復力だ。

たとえ魔王の攻撃を受けたとしても、

数々の精霊たちからの守護により、受けた傷は瞬く間に癒えていく。


 これでは不老不死のようなものだ。

魔王が願った不老不死ものが、そこにあったのだ。

そのことに気付いた瞬間、魔王の動きは鈍り、

勇者にとって大きな隙を見せる。

そして、勇者はその隙を見逃しはしない。

勇者は臆することなく魔王の懐へ入り、

その手に持つ剣を魔王の胸の中心に突き出し、突き刺し、突き進む。

魔王は勇者の力に抗えず、突き飛ばされた。

その先は魔王の王座。

勇者の剣は、魔王を王座に打ち付けるように、ついに止まった。


 勇者の名にふさわしい、勇ましき一撃だ。

魔王は不思議と、満足したような笑みを浮かべ、

最期の景色を見た。


 過去、魔王城にまで攻め込んできた勇者は、この男だけではない。

それまでの者はいわば偽者だったのだろう。

魔王を追い詰めることさえできなかった。

数々の挑戦者にせものを迎え撃った魔王城の決闘の間。

石壁に付いた傷跡のほとんどは、魔王がつけたものだったが、

真新しい傷は、この男が付けたものだ。

本物の男が目の前にいるのだ。


 この男と、もっと早く出会っていれば、

魔王という存在も生まれなかったのかもしれない。

そう、魔王自身に思わせた。


 ニコリと口元が緩み、一滴の血が唇を染めていった。


 ***


 無事に魔王を倒したという一報は、

瞬く間に全国へと伝わった。


 それまで冷遇していた国の権力者たちは、

勇者を手厚くもてなした。

それまで冷遇していた、というのにも権力者なりの理由があった。

国の戦士たちを集め、魔王に立ち向かわせるも結果が出ず、

ついには禁忌といわれる召喚の儀式で呼び出した異界の青年が、

魔王を討った勇者であった。

 聞けば、青年の住む異界には大きな争いは無く、

青年自身戦ったこともないという。

そのような男に、一国、いや世界の行く末を

任せようなどと思う為政者はいない。


 権力者たちは、最低限の装備で青年に旅をさせた。

しかし、結果はどうだ。

すでに皆も知っての通り、魔王を倒すまでに成長した。

それは喜ばしいことだ。

故に、手厚くもてなす。


 だが、彼の力は、魔王を倒すほどの威力があり、

その最大値は未知数。

そして不老不死というような噂まで流れている。

そのような存在を、この国に、この世界に

置いておくわけにはいかなかった。


 ***


 魔王討伐により、勇者は勇者としての役目を終えた。

勇者は、元の世界に帰ることができるのだろうか、

と思いながらも今しばらく

この世界の平和を穏やかに感じ取りたかった。


 だから、権力者の一人の娘からの誘いを受けた。

誘いとは、娘たちの小さな旅の護衛だった。

魔王という脅威は去っても、まだその勢力の残党が

残っているかもしれないと言われた。

勇者にとっては、平和になった世界を感じ取るよい機会になる。

そう思っていた。


 旅を始めて数日後、旅の一団を狙う者たちが現れた。

それは魔王が率いた魔物ではなく、人の賊である。普通の人なのだ。

勇者は賊たちの武器を破壊し、戦意を喪失させる。

逃げていく人を見逃す勇者の様子に、娘たちは驚いた。

「なぜ逃がすのですか? それでは勇者様も罪に問われてしまいます」

 嗚呼、それが狙いか……と勇者は気づいた。


 世界を救った勇者でありながらも、罪に問われ、

青年は牢へと入ることになった。

牢と言っても、それは小さな島の屋敷だった。

青年をそこに幽閉することにしたのだ。

おそらく地下牢などのような場所に入れて、

青年を怒らせたくなかったのだろう。

青年に反撃されたら、この世界の人では対処できない。

だからきっと、青年をこの島に死ぬまで閉じ込めるつもりだ。

いや、また魔王のような存在が出てくれば

再び、勇者として戦わせるかもしれない。


 青年は、それもまた良しと受け入れたのだった。


 ***


 青年は精霊との契約により、噂通りの不老不死となっている。

権力者の娘たちも歳を取り、孫を青年に合わせるまでの歳月が経った。

当時の権力者たちはすでに亡くなり、

新しい為政者が、この国の、世界の秩序を守っている。

それでも手に負えない事態が起きた時、

青年は勇者として剣を渡されるのだ。

その剣は、あの魔王を討ちとった剣だ。


 剣の輝きは当時から変わらぬものだった。

魔王討伐の旅で得た武器だからだろうか。

いずれにしても勇者は世界のために戦う。


 そんなある日、打倒勇者を掲げる一団が現れた。

だが、勇者を倒すことはできなかった。


 島へと帰る途中、かつての魔王城へと寄ることができた。

魔王と戦ったあの決闘の間に踏み入る。

今でも当時の傷跡が壁や床に残されていた。


 魔王の王座。そこに刻まれた剣撃の跡を見る。

あの日あの時、魔王はなぜ口元を緩ませたのだろうか。

考えていた。ずっと考えていた。

そして、これからも考え続けることになるだろう。


 無言で王座を眺める青年に、七代目の召使いが声を掛ける。

「勇者さま、そろそろ島へ戻りませんと。

 ど、どうされましたか?」

「いや、なんでもない。大丈夫……」


 青年の顔はニコリと目元が緩み、一滴の涙が頬を伝っていた。

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