第11話 遊園地デート

 陽向が咲良の彼氏のフリをしてくれるようになったからか、一羽が話をつけてくれたからか、大学構内での視線はなくなった……と思う。たまに陽向がいない下校途中とか、買い物の時などに視線を感じるものの、今の所実害はないし咲良も気にしなくなっていた。


 そんなことより、彼氏役をしてくれる陽向の甘い態度にいっぱいいっぱいの咲良だった。

 ストーカーに見せつける為か、歩いている時にはいつも手を繋いでいるし、当たり前のように咲良の腰に手を回したり、ほっぺたにくっついてる(実際にくっついてる)んじゃないかって距離で話されたり、可愛い笑顔をこれでもか!ってくらい向けられたりすると、それでなくても陽向の可愛さに萌えまくりの咲良は、頭の中が誤作動をおこしそうになるのだ。


 陽向の本物の彼女になったのではないかと……。


 そんな訳ないのに!と、咲良はベッドに腰掛けてジタバタと悶る。


 そう……、陽向の部屋に初めて入ったあの日、咲良は推しの部屋に二人きりということにいっぱいいっぱいで、陽向と本当に付き合うことになっているという事実に気がついていなかった。

 そんな重要な事態を勘違いしたままの咲良は、咲良の為に彼氏役をかってでてくれた陽向は、可愛らしいだけじゃなくてなんて優しくて頼もしいんだろうと、陽向の株が爆上がりしていた。

 ただ見て萌えるだけじゃなく、本物のカレカノだったらとせつなくなってしまうくらいに。


「陽向君が罪作り過ぎる〜! 」


 彼氏設定に真実味を出す為か、誰も見ていない二人っきりの時も、陽向の距離が凄く近いのだ。いや、二人の時の方がより近く甘いと言っても過言じゃない。男慣れしていない咲良にしたら、陽向の距離感に常に心臓がバクバクして体温が上がりっぱなしだ。


「でも、きっとアレが陽向君の普通なのよね」


 女子校あるあるかもしれないが、女の子同士の友人は距離が近い。仲の良い子なら、普通に手を繋いで歩いたり腕を組んだりする。だから、大学で陽向が友人の女子達にベタベタされていても、仲良しなんだな、陽向達にとってはそれが普通の距離感なんだなと咲良は思っていた。彼氏のフリまで買ってでてくれるくらいだから、そこそこお友達として認識してもらっているとは思う。だからこそ、陽向は咲良にも距離が近いんだろうなと思っていた。


 玄関から母親の咲良を呼ぶ声がし、陽向が家まで迎えにきてくれたことを告げる。


 咲良は慌ててベッドから起き上がると、ササッと姿見で自分の姿を確認する。髪型を手ぐしで整え、軽く塗ってある口紅がぶれてないか人差し指で輪郭をなぞる。ハッキリした顔立ちの咲良が化粧をすると、かなり派手な顔立ちになってしまうので、口紅くらいしか化粧はしていない。

 ネイビーのワンピースの上に淡いグレーのカーディガンを羽織り、ショルダーバッグを片手に部屋を出て玄関へ向かうと、玄関では陽向が母親と楽しそうに話しており、駆けてきた咲良に甘やかに微笑んできた。その可愛さ全開の笑顔に、咲良の母親までも頬を染めている。


 やはり可愛いは正義だ。


「お待たせしました」

「ううん、英恵はなえさんと話してたから全然待ってないよ」

「今日からママ達おばあちゃまのとこ行くんだから、ちゃんと鍵持って出てよ」


 靴を履いている時に、玄関に置いてある家の鍵を渡された。咲良は大学とバイトがあるから行けないが、両親達は今日から一週間咲良の祖母(父方)のところへ看病へ行くのだ。看病と言っても大病ではなく、ギックリ腰。家での療養になるが、買い物はもちろん、風呂トイレもままならない為、英恵はパートを休んで泊まりこむことになった。母親(英恵)命の父は、祖母宅からは二時間かけての通勤になるというのに、「男手も必要だから」と理由をつけてついて行くらしい。


「ちゃんと自炊するのよ。お洗濯もしてね。戸締まりも忘れないでね。楓は俊君ちにお世話になるみたいだから」


 楓とは中学生になる咲良の弟で、同じマンションに住む幼馴染みの俊の家に、母親達のいない間お世話になるつもりらしい。


「大丈夫よ。もう大学生なんだから」

「だってあなたけっこう抜けてるから」


 それは否定しない、否定しないけれど、陽向の前では少しはカッコつけたいではないか。陽向を見ると、ニコニコして親子の会話を見ている。


「大丈夫。じゃ、行ってきます」


 咲良は陽向の洋服の裾を引っ張って家を出た。


 ★★★


 バイト先に新人バイトがさらに入って、咲良と完璧にバイト時間を合わせられるようになり、週四のシフトが週三に減らせるようになった。今まで忙しすぎた(原因は陽向のせいで華がバイトを辞めたからだが)お詫びと、店長から遊園地のただチケを貰い、今日は咲良と遊園地デートである。

 毎日一緒に大学に通っているし、バイト先も一緒、一日の半分以上一緒にいると言っても過言ではないが、実はこれが咲良との初デートだ。というか、陽向にとって健全なデート自体が初めてだ。不健全ラブホ直行なデート、もしくは最終目的セックスありきのプチデートは経験あったが、午前からガッツリ健全に遊びましょうというデートは経験なかった。

 そして、恋人になって二週間、いまだにヤッていないというのも初めてのことだった。ヤッていないどころか、キスすらまともに出来ていない。


(プラトニックとかありえねー)


 自分で自分が信じられない陽向だった。

 が、しかし!

 遊園地デートの為に咲良宅まで迎えにきた時に、咲良の母親の英恵に、自分達は一週間いないから、いない間咲良のことをよろしくと頼まれた。しかもしかも、両親がいないだけじゃなく、弟までいないときたもんだ。


 これはビッグチャンス!

 何がって、そりゃ可愛い恋人との初Hだ。


 百人斬りのクールビューティーと噂される咲良だが、実際は無茶苦茶可愛くて男慣れしていない純情可憐な処女オトメだということは間違いない真実。そのあまりにピュアなオーラにのまれ、陽向らしくなく手を出せていないが、健全(?)な青少年であり、見た目によらず性欲旺盛な陽向は限界ギリギリだった。

 今までなら、できない相手には基本コナはかけないし、相手ができない時は他をあたるのが常であった。今だってお誘いが皆無という訳ではないのだ。でも何故か、咲良以外の相手には食指が動かない。本当、何故かわからないが……。


 ならば、正々堂々咲良とヤれば良い!! 


 そんな結論に達した陽向に訪れたビッグチャンス、咲良の両親の一週間不在通知に、陽向は自然と笑みが溢れるのであった。


「……りますか? 」

「うん? 」


 思わず一週間のアレやコレやを想像して、鼻血が出る寸前の陽向は、遊園地に到着しても妄想の世界にニヤけており、咲良の話を全然聞いていなかった。


「苦手な乗り物とかありますか? 私はパイレーツ系はちょっと。前後にユサユサ揺れるのは気持ち悪くなってしまうので」

「(前後にユサユサ揺れる……)」


 自分の上に跨り、ユサユサ揺れる咲良のGカップを想像してしまう陽向は、十代男子としては正常エロ思考まっしぐらな筈だ。


「あと、ダメではないんですけど、お化け屋敷は苦手です。乗り物に乗る系なら大丈夫かと思いますけど、自力で歩くやつは……陽向君にしがみつかせて貰えるのならなんとか進めるかもしれないです」


 それは是非に入らないと!


「僕、お化け屋敷大好き。抱きついてくれてもかまわないから入ろ。僕は基本何でも大丈夫。お化け屋敷系もジェットコースター系も。あ、ミラーハウスはなかなか出られないから苦手っちゃ苦手かな。方向音痴なのと、鏡に激突しちゃうから」

「なら、ミラーハウスは私が手を引いていきますね」

「うん、それなら全然余裕」


 じゃあ何から乗ろうかと、遊園地の地図を見て頭を悩ませる。


「とりあえず、近場から制覇しよ」


 陽向は自然に咲良の手を掴んで一番近くにあったメリーゴーランドへ向かう。親子連れにまぎれて並んでいると、一巡してすぐに順番がくる。

 咲良の着ているワンピースは膝丈のAラインだが、馬に跨がったら咲良の綺麗な足が衆目に晒されてしまう。もし陽向が、メリーゴーランドの外でビデオを構える父親だったとしたら、可愛い我が子のメモリアルを記録するのではなく、きっと無意識に咲良の美脚を追ってしまうことだろう。

 自分一人が見るのであれば全然問題ない(それどころか、積極的に跨がって欲しい、できれば馬でなく自分に)が、そうでないのなら他人にむざむざ晒したくない。


「馬車があるよ。あれなら二人で乗れるよね」

「二人乗りの馬もありますよ」


 二人乗り?! と、密着できるのかと期待して目を向けるが、二人乗り自転車のように、胴長の馬に手摺りが前後に二つついており、全く密着できない代物だった。


「馬車にしよ」


 エスコートするように馬車のところまで連れてきて一緒に乗り込む。

 ゆっくりとメリーゴーランドは動き出し、陽向はスマホを出して咲良を撮影した。スマホを向けた咲良は、いつものクールな無表情ではなく、わずかに頬を紅潮させてうっすらと微笑みを浮かべていた。


(僕の彼女、控え目に言っても無茶苦茶可愛い!!!)

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