第10話 初めてのお宅訪問
いつもなら、陽向が楽しげに話すことに、ほんのわずかながら口元を綻ばせた微微笑を浮かべて相槌をうつのが咲良の定番であった。しかし、さすがに初めて入る男子の部屋、しかも一人暮らしの最推しの部屋に二人きりとあって、緊張マックス過ぎて、咲良は出された麦茶のコップを両手で持ち、とにかくチビチビ何度も口をつけ、それでも興味心は隠せないのか、チラチラと部屋を観察していた。
陽向の私室は、狭いワンルームながら、思ったよりもシックにモノトーンで統一されたスッキリとした空間だった。ジェンダーレスに可愛い陽向は、いつもはその容貌に似合う華やかな色彩の衣服を好んで着ており、部屋もカラフルな派手な感じかと思っていたから意外だ。
「……ってことで、よろしく」
「え? 」
全く話を聞いていなかった咲良は、ニコニコとして右手を差し出す陽向をキョトンとして見つめた。
「やっぱり僕じゃダメかな? 」
シュンとする陽向に、話もわからずに咲良は慌てて陽向の右手を両手で掴む。
「陽向君がダメなんてないです! 全然ないです! 」
「良かったぁ。じゃあ、咲良もそれで良いよね? 」
「もちろんです。陽向君の迷惑じゃなければお願いします」
多分、さっきの恋人のフリをしてくれるという話のことかと思った咲良は、申し訳ないと思いながらも、最推しとフリとは言え恋人気分を味わえるなんて……と、嬉しさから頬が緩むのを止められなかった。そして、ほとんど感情を表さない咲良が、人生一位か二位くらいの極上の笑顔を浮かべた。咲良的にはだらしなく顔が緩んでしまったと、恥ずかしくて頬を赤らめたのだが、それがまた可愛らしさを何倍にも倍増させているなど、咲良は気がついていなかった。
「うん、よろしくね」
掴んでいた筈の手が握り返されて、グイッと引き寄せられ、気がついたら咲良は陽向に抱きしめられていた。
身長が同じくらいだからか、まるであつらえたようにピッタリとフィットする身体と、夜なのに爽やかな陽向の香り、少し高めの体温を感じて、咲良はあまりのことに思考を停止してしまう。
こ……これは友達としてのハグ?!
陽向君には、外人さんの血が流れていたの?!
★★★
自分の部屋に女子がいるのは別に珍しい状況でもなかったけれど、咲良が陽向の部屋にいるという現実が、妙に陽向のテンションを上げていた。
ローテーブルにL字に座り、視線が合わないことを良いことに、陽向は咲良の様子をさりげなく観察した。コップを握りしめてチラチラ部屋に目を向けている咲良は、あまりに男慣れしていない様子が脆わかりで、その緊張した仕草がなんとも可愛らしかった。
男なんて百人斬りしてますというクールな見た目で、この純情一辺倒な態度、あまりのギャップに鼻血が出そうだ。
目の前にいる咲良を抱きしめたどんなに柔らかいだろうかとか、その唇は甘くシットリしていて美味しそうだとか……まぁアレやコレや想像して、どうにも咲良が欲しくてたまらなくなる。でも、咲良は今まで陽向が相手にしてきたような尻軽女子とは違う。お気軽に手を出して良いような女子じゃないのだ。純情な女子なんて面倒臭いだけで食指も動かなかった陽向だが、咲良だけは別腹……いや別格だった。
「やっぱりさ、ストーカー対策は必要だよ。僕ならさ、咲良の家とはご近所さんだし、大学もバイト先も一緒じゃん。恋人のフリするにはうってつけだよね」
聞いているようで多分聞いていない咲良に話しかけながら、陽向は頭をフル回転させる。
どうすれば、咲良に触れる権利が手に入るか? 恋人のフリだと、それはあくまでフリであり友達でしかない。でもフリじゃなかったら? 恋人になっちゃえば良いんじゃないか?
「でもさ、フリだとついボロでちゃうから、この際本当に付き合ってみない? とりあえずお試しでいいから。ってか、付き合いたいなって思うんだけど。いい? いいよね? お付き合いってことで、よろしく」
一応これでも陽向は告白したつもりだった。手を取ってくれたらお付き合いOK。そんな気持ちで陽向は咲良に手を差し出した。しかしなかなか手を取ってくれない咲良に、陽向はわざとらしくショボンとしてみせる。
「やっぱり僕じゃダメかな? 」
捨てられた子犬作戦。
一度目を伏せ、唇を噛み締めて潤んだ瞳で咲良を見上げるように見つめる。アザトイと言われようと、目の前の極上の彼女を味わいたい。そんな下心はおくびにも出さず、君をストーカーから助けたいだけなんだという気持ちを込める。
そんな気持ちが通じたのか、咲良が陽向の手を両手で掴んでくれた。
「陽向君がダメなんてないです! 全然ないです! 」
「良かったぁ。じゃあ、咲良もそれで良いよね? 」
「もちろんです。陽向君の迷惑じゃなければお願いします」
お願いします?!
つまりはお付き合いOKってことだよな?!
いつもはクールなイメージであまり表情を崩さない咲良が、恥ずかしそうに頬を染め、満面の笑みを浮かべていた。
その破壊力たるや!!
その笑顔を見て、陽向は初めての恋に落ちたのを自覚した。
前から咲良は別格だった。ギャップに悶え、可愛いと思っていた。でも、それが恋愛だという自覚はなかったのだ。
咲良が好きだという気持ちが溢れ、心臓が痛いくらいにバクバクいっている。
「うん、よろしくね」
咲良の手を握り返し、グイッと引き寄せた。
抱きしめてピッタリとフィットする身体は、まるで自分の為だけに作られたみたいだった。そりゃ、身長差があれば包み込むみたいにすっぽり抱きしめられるかもしれないし、見た目にもよろしいのかもしれないが、ほら、顔を少しずらすだけですぐにキスだってできちゃうんだから。
陽向は、限りなく唇に近い咲良の頬にキスを落とした。
それこそ、キス(もちろんディープなやつ)なんて知り合ったその日のご挨拶として秒でできたし、付き合う前からHだってしまくりだった陽向が、こんなキスとも言えない触れ合いに、ポンッと頬を染めた。
「え……、えっ? 」
切れ長の目を真ん丸に見開いた咲良に、陽向は照れ隠しにオデコとオデコをくっつけた。
「これからよろしくね、彼女さん」
「……彼女? 」
陽向は軽く咲良をハグすると、これ以上は自分の心臓がもたないと、咲良を家に送って行った。
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