第9話 ストーカー?

 最近、滅茶苦茶見られている気がする……。


 咲良は、お弁当を食べるのを中断し、ガバッと後ろを振り返った。


「咲良ちゃん、どうしたの? 」


 一緒に食事をしていた一羽と帆奈が、いきなり振り返った咲良に不思議そうに声をかけた。


「あ……ううん、なんでもない」


 学食はそれなりに混み合っており、咲良が振り向いた先にも学生が沢山いたが、特に誰とも視線は合わなかった。しかし、また前を向くと背中に視線を感じる。

 咲良は腕をさすり、食べ途中のお弁当箱に蓋をした。


「もう食べないの? 」

「うん、なんかおなかいっぱいになっちゃって」


 咲良は、自分の容姿が整っていることは理解していた。ただ、整い過ぎていた為、咲良に憧れても声をかけてくる強者が少なかったことと、女子校育ちで男子に対する免疫がなかった為、咲良は自分がモテるという自覚はほとんどなかった。

 ちなみに、咲良に声をかけてくる数少ない男子とは、自分に自信がありまくる(自分こそが咲良にふさわしいと思っている)勘違い野郎か、咲良を妄信的に崇拝する(つけまわす、盗撮する、変な手紙を郵送してくる)ようなストーカー野郎などで、咲良的には男子にモテるというよりも、自分は変な人間に好かれやすい質なんだと思っていた。普通の常識のある男子は、自分をわきまえてアピールしてこない(できない)だけなのだが。


 そんな咲良だったから、変質的な視線には敏感で、ここ数日常に見られているような気がして気持ち悪かった。それは大学構内であったり、バイト先の本屋であったり、行き帰りの電車の中であったり。

 ストーカー紛いの行為はしょっちゅうされていたから、あとを付き纏われるだけならと放置していたが、あまりに頻繁に視線を感じる為、気持ち悪さが際立たってきた。しかも、構内でもということは、大学関係者が疑わしい。


「一羽ちゃん、さりげなくでお願いしたいんだけど、周りを見てみて。私のこと見てる人いない? 」


 正面に座る一羽に、自分の後ろ姿に熱視線を向けてきている男子の有無を聞いた。


「え? ほっとんどの男子が咲良ちゃんのことチラ見してるけど」

「チラ見どころか、ガン見している人いない? 」 

「あ、あれかもしれないわ」


 咲良の隣に座っていた帆奈が、チラリと後ろを向いたかと思うと、まるで咲良と二人自撮りするかのように、スマホを出してカシャリと写真を撮る。

 寄り添って写る咲良と帆奈のかなり後ろに、黒縁眼鏡の男子が写っていた。前髪が長くて表情はよくわからないが、視線は咲良に向いているようだった。


「あの方、よく咲良ちゃんのこと見ているのよ。同じ一年の……なんて言ったかしら? 」

斎藤匠さいとうたくみ、あいつかぁ」


 男子の写った写真を覗き込み、彼の名前を言ったのは一羽だった。


「知ってるの? 」

「まぁ、うん、友達じゃないけど、高校まで一緒。うーん、そっかぁ……咲良ちゃんをねぇ、今度は正統派狙いかぁ」


 一羽が何やら言いながら斎藤をガン見していると、その視線に気がついたのか斎藤はアタフタと学食から出ていったようだった。


「ちょっと、一羽ちゃん見過ぎだし」

「いいのいいの。ちょっと牽制するくらいがちょうどいい奴だから」

「どういうことですの? 」


 帆奈が眉をひそめると、一羽はウーンと唸った後、斎藤匠について話しだした。


 斎藤匠、18歳、ヒョロッと背は高く猫背気味。前髪が長くて細い鼻と薄い唇しか見えないが、顔は薄めでいかにも日本人という顔つきらしい。小学校から一羽と同じ学校らしいが、断じて幼馴染みではないと一羽は主張している。小学校の時の斎藤は、極度の人見知りでいじめられっ子だったらしい。一羽はイジメもしなかったが、積極的にイジメを止める行動も起こさず、でも目の前のイジメには鉄拳を食らわせていたということだ。今でこそ丸ポチャ可愛い系な一羽だが、小学生の時はガッシリ系武道派だったというのだから驚きだ。

 中学校ではイジメは収束したらしいが、斎藤はやはり人と馴染めず、二次元にのめり込んだ。しかも、美少女戦士アニメの……モブキャラ推し男に成長した。そして、推しのモブキャラに似ている女子をストーカーし、今に至るらしい。ただ、ひたすら隠れて見ているだけで、実害はないとか。


「モブキャラ? 」

「十年くらい前に流行った美少女戦士ハイソックスガールって知らない?そのモブキャラの……」

「あぁ、私、好きでしたわよ。私はホワイト推しでしたわ」


 どんなモブキャラか言う前に、帆奈がノリノリで食いついてきた。


「私は断然ブラックアイマスク様」

「あー、あれは良きですわ! ブルーガンとの対峙場面は奥が深くて滾りましたもの」


 ブラックアイマスクと敵方の総大将であるブルーガンのカラミが最高なのよ……と、どうやら幼少期からBでLな世界が好きだったらしい一羽と帆奈は、絶対にあの後組んず解れつどちらが立ちで……という話題で盛り上がりだす。

 そのアニメは咲良も見たことがあったが、まさかそんな目線でクローズアップしたことがなかった為、新しい視点だわと感心しながら聞いていた。

 斎藤の話は……すっかり忘れ去られていた。


 ★★★


 バイトの帰り道、いつものように沙綾と帰っていたのだが……、いつも以上に咲良は無口だった。それに、何やら回りを気にしているように思えた。


「どうしたの? 」

「……気のせいかもしれないけど、最近つけ回されてるような……」

「ストーカー? 」

「うーん、まだ実害は何もないから、ストーカーって言えるか微妙だけれど」

「いやいやいや、つけ回されてんなら、立派なストーカーだよ。マジかぁ……」


 陽向は、お気楽に付き合える女子しか相手にしてこなかったから、付き合った相手がストーカー化したことはほとんどないが、話したこともないような女子につけ回されたり、ロッカーの荷物を盗まれたりなんてことは高校時代には多々あった。

 いくら陽向が見た目可愛らしく、男子にしては小柄でナヨっとしていたとしても、筋力は男子だ。一般の女子に押し倒されるほどひ弱ではない。だから、付き纏われたとしてもそんにな怖い思いをしたことはないが、咲良は一見クールに見えてもか弱い女子だ。きっと怖い思いをしているんじゃないだろうか?


「咲良さえ良かったら、しばらく送り迎えしようか? バイトのシフトも合わせてもらうようにしよう」

「そこまでじゃ……。それに、多分相手はわかってるの」

「知り合い? 元彼……とか? 」


 咲良は思い切り首を横に振った。


「大学の人で、一羽ちゃんの幼馴染み的な人……みたいな」

「坂本の? 」

「うん。本当にその人かはまだわからないんだけど、学食とかではよく私のこと見てるって、帆奈ちゃんが。一羽ちゃんが話をつけてくれるって言ってたから、多分大丈夫よ。でも、なんか視線を感じて落ち着かなくて……」


 チラチラと後方を気にする咲良は、小さくため息を吐いた。陽向にはわからないが、今も視線を感じているんだろうか?


「咲良」


 陽向は軽く咲良の腕を引っ張り、そのナイスバディを抱きしめた。張りのある胸がポヨンと潰れ、細いウエストに腕を回す。あまり身長が変わらないせいか、逆にジャストフィット感が凄くいい!

 陽向は、咲良の耳元に口を寄せた。


「いきなりごめん。彼氏のフリとかしたら、ストーカーも諦めるんじゃないかなって」


 咲良はビシッと固まってしまい、抱きしめる身体に力がギュッと籠もっている。陽向はそんな咲良の緊張を解すように、腰の辺りをトントン叩く。


「……そんな、恋人のフリなんて」

「うーん、僕じゃ役不足? 」

「逆です! 私にはもったいなさ過ぎて、申し訳ないというか」

「なにそれ? もったいないわけないじゃん。とりあえずさ、ちょっとうちこない? 僕のアパートに入ったとこ見れば、絶対勘違いするだろうから。あ、変なことはしないから安心して」

「陽向君のことは信用してます」


 お互いの耳元でボソボソ囁きながら会話している様は、遠目から見たら抱き合って愛を囁やき合っているように見えるだろう。

 陽向は咲良の肩越しに後ろを伺うと、確かに電柱の影に人がいるような、いないような。


「うん、やっぱり誰かいるみたいだし、ここは恋人のフリでうちに行こ。手繋ぐからね」


 陽向はわざと咲良の顔面スレスレで言う。お互いの息が顔にかかるくらいの距離で、後ろから見たらキスしているように見えるに違いない。それにしても、こんなに近くで見ても、咲良の肌はキメ細かく、毛穴が全然見えない。睫毛も信じられないくらい長く、瞳の色が琥珀色アンバーだった。整い過ぎるくらい整った顔立ちに、日本人離れしたダイナマイトバディ。

 まさにクールビューティーな咲良が、陽向に手を握られて恥ずかしそうに頬を染めるそのギャップに、陽向は咲良の表情から目を離せなくなった。



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