第8話 自分の感情がわかりません

 咲良は家に帰ってから、悶々としながらベッドに寝転がっていた。


(可愛かったなぁ……)


 初めて見た陽向の噂の彼女は、まさに陽向と並ぶとお雛様とお内裏様みたいにピッタリお似合いの可愛らしい女の子だった。しかも可愛らしいだけじゃなくてコケティッシュで、小悪魔系とでも言うのか、お色気まで兼ね備えていた。

 いつもの咲良なら、可愛いは最強! と、可愛いを愛でるのに至福を感じる筈なのに、何故かモヤモヤした感情が湧き上がってきて、胸がギュッとするのだ。主に、陽向と亜美が並んでいる姿を思い出すと駄目なのだ。


 可愛い✕可愛いなのに、キュンキュンしないってこれ如何に?!


(おうちに帰したのかな? それとも陽向君のアパートに……)


 余計に胸がギューッと苦しくなる。


(駄目よ駄目! だって彼女は高校の後輩ってことは、まだ高校生じゃないの。異性のおうちにお泊りなんて、校則違反になっちゃうじゃない)


 ちなみに、咲良の通っていた女子校では、不純異性交遊は校則違反だ。しっかりきっちり生徒手帳に載っている。


(そうよ! だからこんなにモヤモヤするんだわ。校則違反はいけないわよね。だって私、生徒会長だったし。校則違反を取り締まる立場だったんだもの)


 行っていた高校が違えば校則は違うし、咲良はすでに生徒会長ですらないのだから、陽向と亜美のことに口出しする権利はないし、モヤモヤする必要はもっとない。しかし、咲良は自分の感情の動きに、もっともらしい理由をつけて納得する。

 もし咲良に親しい友人(常識のある)がいれば、違う理由について言及するのだろうが、残念ながら咲良の友人と呼べる友人は大学のあの二人しかいない。頭の中はBでLなことで頭がいっぱいな彼女達は、男子を恋愛対象と見る前に、攻めか受けのどちらだろうと妄想してしまう為、咲良以上に恋愛には疎かった。いや、もしかしたら的確なアドバイスが貰えたもしれないが、八割方的外れ……回り回って大正解なとんでも回答をした可能性もあり得る。


(もし彼女ちゃんがおうちに帰れないとして、陽向君もおうちに泊めてしまってついうっかり……なんてことも若いんだからあるかもしれない。いくら見た目は可愛らしい子犬のような陽向君でも、中身は男の子だものね)


 咲良はスマホのアドレスを開いて、陽向の番号をタップする。


(もし、彼女が帰れてなかったら、うちに来てもらえばいいじゃない。そうよ、うちならなんの問題もないわ。風紀も乱れないし)


 咲良はどこの風紀を正そうとしているのかわからないが、とんでもない提案をする為に陽向に連絡を取ろうとしていた。


 ★★★


 陽向は、亜美の電話番号とメールを着信拒否に設定し、ラインをブロックして一息ついた。

 亜美は別れないと叫んでいたが、陽向の中ではすでに終わった恋愛(対外的には彼女だったが、恋愛感情は0だった)で、亜美の陽向の中での立ち位置はカノだった。


 亜美が勝手に来たことにも苛々したが、亜美が咲良に余計な発言をしたことで、苛々が大爆発した。それでまぁ、女子には絶対に見せない素の陽向がでてしまった訳だ。亜美の浮気をわざわざ指摘したのも、別れる理由にしたかったからで、ヤキモチを焼いたからとかでは1ミクロンもない。


(あんなバカっぽいのが彼女だったの見られて、僕とアレが同族とか思われてないよな? )


 陽向はスマホを取り出して、咲良に電話をかけようとした。

 亜美を家に帰したこと、亜美には別れを切り出したことを、どうしても咲良に伝えたかった。だからどうした……と言われたら確かに咲良には無関係なことだし、わざわざ電話してまで伝えることでもないのだが、咲良にあんなバカっぽい女の彼氏だと思われているのが我慢できなかった。


 咲良のアドレスを出した途端、咲良から着信が鳴った。


「もしもし」

『陽向君? えーと、今電話平気?』

「うん、大丈夫だよ。亜美は家に帰して、今さっきアパートに帰ってきたとこ」

『あ……彼女、帰ったんだ。』


 スマホ越しに聞こえた咲良の声が、心持ちホッとしたように聞こえたのは、陽向の気のせいだろうか?


「うん。帰したよ」

『そうだよね。さすがにお泊りは高校生には早いよね』


(高校生にはお泊りが早い? 咲良のイメージする高校生の恋愛って、まさかのプラトニック? いや、まさかね)


「うーん、早いか早くないかはわからないけど、なんかさ、遠距離になっちゃったからかな、好きって気持ちが全然ないことに気が付いたんだ」


(たまたま彼女いなかったし、デートするならHしようって女だったから付き合ってみただけで、好きなんて思ったことは一度もなかった……なんて本音はとてもじゃないが言えないな)


『えっ? 』

「元からさ、告られたから付き合ってみたけど、離れてみたら全然会いたいとか思わなくて、やっぱり違うなとは思ってたんだ。地元の友達から、彼女が浮気してるってメールきた時も、ショックとか全然なくて、やっぱりねって感じだったし」

『うわ……き? 』


(お互い様なんだけどね。あっちだって、僕の浮気現場に乗り込んできてもショックとか全然なく、相手追い出して、まぁ色々あれやこれやしてきたし)


「まぁ、うん。やっぱり側にいる奴のが良かったんだろうね。お互いに遠距離できるくらいの愛情は育ってなかったんじゃないかな」


(育つ種すらなかったけどな)


『陽向君……大丈夫? 』


 電話口の咲良が恐る恐るというように聞いてくる。陽向のことを、遠距離が原因で彼女に浮気された傷心な男だと思っているのだろう。大きな勘違いだけれど。


「うん。本当に平気なんだ。でもさ、少し懲りたかも」

『懲りた? 』

「うん。好きでもない娘と付き合ってもダメなんだなって。次は自分が好きになった娘と付き合いたいよね」

『そう……なんだ』


 陽向が咲良に言いたかったことは大きく三つだった。

 亜美がちゃんと帰ったこと。

 亜美とは別れたこと。

 彼女と別れたことを内緒にして欲しいこと。


 前者二つは咲良に変な勘違いしてほしくなかったからで、最後の一つは大学での女子(陽向を彼氏にしたいと思っている)避けの為だ。せっかく彼女がいるということが周知されたのだから、陽向の彼女になれるかもなんて本気モードの女子は退場願いたかった。


 この時陽向は、自分が何故咲良に勘違いされたくなかったのか、急に女子を遠ざけたくなった理由を自分でも理解できていなかった。


「だからさ、周りには彼女と別れたのは内緒にしてもらえないかな。彼女がいるってなったら、アプローチかけてくる女子も減るだろうからさ」

『うん、別にそんなこと言いふらすつもりもないし』

「だよね。咲良ならそうだと思ったけどさ」


 それからしばらく大学のことやバイトのことなど他愛のないことを喋り、咲良の母親が咲良に風呂に入れと言いに来たタイミングで電話をきった。

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