第7話 可愛い彼氏に可愛い彼女とか最強ですね

 今日の午後の授業は、「陽向に彼女がいた件」が一大ニュースになっていた。


 咲良的には、何を当たり前なことを今更……感が拭えない。だって、陽向はそこらのアイドルよりも可愛らしいのだ。男子女子問わずにモテモテなのは当たり前だろう。

 咲良も他人からは同じように思われているのだが、本人にその自覚はない。下手したら陽向以上に男子にモテモテで、スーパーハイスペックな彼氏がゴロゴロいそうだと思われ、一般男子には高嶺の華扱いを受けていたりする。


 陽向の彼女は、陽向の地元の高校の後輩で、すっごく可愛いらしい。尻軽そうでバカっぽかったとか写真を見た女子は言っていたけれど、お尻が軽いとはなんぞや? おバカでも可愛いければそれが正義ではないだろうか?


 可愛い✕可愛いは最強。


 咲良は、本当にそう思っていた。その時までは。


「お疲れ」

「お疲れさまです」


 バイト終わり、一時間早くあがっていた筈の陽向が、本屋の裏口で立っていた。


「帰ろ」


 ニコッと笑う陽向は、最高に可愛らしかった。


「待っててくれたの? 」

「たまたまね」


 本屋から家までは十分くらいの距離だ。二人並んで歩いた。バイト用のペタンコの靴を履いた咲良と、陽向は少ししか身長差がなく、同じ視線で話す。可愛いが目の前にあり、咲良のテンションも上がる。誰にもわかりにくいレベルで。


「今日、陽向君の噂でもちきりだったね」

「あぁ、あれね」

「可愛い彼女なんだってね」


(可愛い彼女……可愛い✕可愛いは最強だもんね)


 ずっと咲良はそう思っていた。でも、実際に陽向に彼女のことを聞くと、何故か胸がチクッとした。

 今自分の隣を歩いている陽向だけれど、この場所は本当は可愛い彼女のものなんだ。そう思うと、チクッがチクチクとした痛みになる。でも、恋愛をしたことのない咲良には、この痛みが何なのかわからない。

 そんな咲良にもわからない咲良の微妙な心境の変化に、陽向は首を傾げる。


「可愛い? 」

「うん、可愛いんだよね? 」

「いや、あれはあざといって言うの。本当に可愛いのは咲良じゃん」


 突然貰った「可愛い」発言に、珍しく咲良の表情が崩れる。最初ポカンと陽向と視線を合わせ、言葉を頭の中で反響させた途端、ボワンと顔を赤くさせた。


(可愛いって噂の彼女よりも可愛いいただきました! )


 ★★★


(マジで可愛いじゃんか。)


 クールな美人さんが照れて顔を真っ赤に染める姿など、偽物の可愛さの亜美とは比べ物にならないくらいの破壊力のある天然の可愛さだ。

 亜美は陽向と同類で、男を落とす為だけに可愛いを極めた奴だったから、陽向も気楽に亜美と付き合うことをOKした。自分も縛らないが相手も縛らない、セフレのような付き合いをしつつ、彼氏彼女の雰囲気も楽しめると思ったからだ。見た目も可愛いし小柄だったから、男子にしたら少し身長の低めの陽向の横にいても釣り合いがとれたのもあった。


 けれど、偽物はやはり偽物でしかない。本物の可愛いを目の前にしてしまうと、亜美の可愛さはわざとらしく思える。


(やっぱり、咲良の可愛いは本物だよな)


「彼女って言っても、まだ付き合って一年たってないし、受験とかあったからそこまでに密に付き合ってないっていうか、まだ相手のことよく知らないうちに遠距離になっちゃった感じ?自然消滅するんじゃないかなって思うくらいで」

「付き合いたてなら今が一番楽しい時期かな」

「いや、だから……自然消滅をね」


 面倒くさい女子避けには重宝する「彼女」という切り札だが、何故か咲良には別れる方向で話をしている自分がいた。


(仲良しな可愛い彼女がいるとは思われたくない……って、何でだ?)


 彼女やセフレはそこそこ熟してきた陽向だが、彼女らに恋愛的な好意を抱いたことのない陽向は、咲良同様に自分の気持ちの揺れに気が付かない。


 お互いに自分の感情に「?」の中、咲良の家に送って行く途中のコンビニを素通りしようとした時、大きな声で陽向の名前を呼ばれて立ち止まった。


「ヒナ先パーイ!! やった! ヒナ先輩に会えたぁ」


 凄い勢いで後ろから抱きつかれ、思わず倒れそうになったところを、咲良に腕を掴まれて踏みとどまる。


(ウワッ、情けなくね? ってか、会えないって言ったのに、何だってまだこんなところにいる訳?! )


 背中にスリスリしているのは、今のところまだ彼女である亜美だった。


「何で? 」

「ヒナ先輩に会いたかったから待ってたんだよ。もう、待ちくたびれちゃったぞ」


 前に回ってきて、陽向のウエストに抱きつくように手を回し、プンプンと怒ったふりをする亜美を、陽向は無表情で引き離す。

 

 待たせた覚えはこれっぽっちもない。勝手にこっちに来て、勝手に待ってただけじゃないか。

 待ってた?連絡来たのは昼休みで、それからここでずっと? ……いや、ないな。蒸し暑くなってきた梅雨の中休みの今日は、七月頭とはいえ真夏日だった。半日も表で待ってたわりに漂うフローラルの香りは風呂上がりのようで、よく見ると髪の毛もしっとり湿っている。腕を組んできた感じ、肌はサラッサラだから、汗で濡れたんじゃないらしい。陽向のアパートの合鍵も渡していないから、シャワーを浴びたとしてもうちではない。


 こっちにもそういう相手がいるのか、たまたま行きずりの男を相手したのかわからないが、待っている間に、どこぞで風呂を使ったのは間違いない。しかも、髪の毛の感じから一時間かニ時間くらい前に。


「コンビニ寒いから身体冷えちゃった。ヒナ先輩、温めて」


 まるで咲良の存在など見えないかのように、亜美は陽向の腕に腕を絡めて全身を擦り付けてくる。


「亜美、明日は学校だろ」

「えー、そうだけどぉ、もう遅いしぃ、今日はヒナ先輩のとこに泊まろうかなって」


(冗談じゃない! 泊まるとか、いかにも今晩はお楽しみですよみたいなこと、何で咲良の前で言うかな?! )


「……あの、陽向君。送ってくれてありがとう。私、ここから一人で大丈夫だから」

「咲良?! 」

「じゃ、お疲れさまでした」


 さっきまで表情の見えていた顔からスッと表情が消え、咲良は足早に自宅の方面へ歩いていってしまう。それを追いたいと足を踏み出すも、亜美にしっかりと腕を絡め取られていて動けなかった。


「今日は無理だって言ったよな?!」


 無性に苛々して、いつもなら出さない素の低い声がでてしまう。

 亜美がビクリとして陽向の顔を見上げ、わざとらしい笑顔を取り繕った。


「今の人、すっごい綺麗だけど能面みたいに表情がないね」

「……は? 」

「あんな完璧な美人初めて見た。ヒナ先輩の知り合い? 亜美だったら怖くて声かけれないや」


(何言ってんだ? あんなに可愛い咲良が怖いとか、意味がわからないぞ)


「……駅まで送る」

「もう遅いしぃ、ヒナ先輩のおうちにお泊りするの」

「ハァー、帰れよ。電車まだあるだろ」


 陽向は亜美の荷物を持って来た道を引き返す。


(マジでウザイ。面倒臭いの極地。勝手にこられるのもチョー嫌過ぎる)


「あとさ、男とHした後に僕んとここないでくれる? 」

「えー? 亜美、意味がわかんなーい」

「髪の毛、濡れてる」

「暑いから汗かいたかなぁ」

「じゃあ、昼から今までどこで何してた? まさかずっと外で待ってたわけじゃないよな」

「やぁだぁ、ヒナ先輩、束縛系彼氏みたい〜。亜美、愛されてる〜」


 亜美は、わざとらしく腕に頬擦りする甘えた仕草で、上目遣いでニッコリ笑って見せた。どういう仕草が自分を可愛く見せるか計算しつくした感じが鼻について、同族嫌悪ではないが陽向は心底苛ついた。


(あー、バカっぽいな、このノリ。あざと可愛いってこんなにわざとらしいんだ。なんか恥ずかしい通り越して気持ち悪い)


 陽向は、いつもの笑顔を引っ込めた。


「悪いけどさ、束縛とかそんなんじゃなくて、他の男のチ○コ突っ込んだ直後に自分のチ○コ突っ込みたくないだけ。気持ち悪いじゃん、病気とか移されたら嫌だし。あー、外人とかともやってるらしいけど、ユルユルマ○コもいただけない。この間とか、あんまりに締まりがないから、大海泳いでるのかと思ったし」

「……酷い」


 酷いことを言っている自覚はあるが、陽向の本音なんだからしょうがない。


「亜美とはさ、高校いっぱいのつもりで付き合ったんだよね。遠距離とか、お互いに無理じゃん。お互いに好き勝手ヤりまくってる訳だし、付き合ってる意味ないよね」

「意味はあるもん」

「僕はいらないかな、遠距離の彼女とか。急にこられてもね、迷惑でしかないしさ」


 駅まであと数分というところまできて、亜美がピタリと足を止めた。


「ほら歩いて。電車行くよ」

「……ない」

「は? 」


 亜美は陽向の手から自分の荷物を奪い取り、胸の前でギュッと握った。


「亜美は、迷惑になんかなってない!」

「は? 」

「みんな、亜美が会いたいって言えばすぐ飛んでくるもん。亜美が一番だもん。ヒナ先輩、なんでそんな意地悪言うの?! ツンデレのツンなの?!」

「いや、これが普通の僕。キャラ作るの止めただけ。なんかさ、人工の可愛いは天然には敵わないんだよね。僕も亜美も、作り上げた可愛いじゃん。はっきり言ってイタイよね」

「亜美は天然だもん! 」

「もうそういうのいいから。僕らはもう終わり。それでいいよね」


 亜美は地団駄を踏む子供のように、ダンダンッと足を踏み鳴らした。その顔は可愛らしいとは程遠く、般若のように目が吊り上がっている。


「イヤッ! 亜美から告白したんだから、終わりも亜美が決めるし! 亜美は絶対にヒナ先輩とは別れない。ヒナ先輩には亜美がお似合いだし、亜美に釣り合うのはヒナ先輩くらいだもん」


 どんだけ我儘なんだ、しかも好きだから別れないじゃなくて、見た目の釣り合いだけで別れないとか、意味不明過ぎて陽向は怒り散らす亜美をただただ見つめた。最低と言えばお互い様な陽向と亜美は、実際にお似合いなカップルだっただろう。高校までの陽向なら、感心しただろう亜美の最低っぷりも、今じゃ呆れる材料にしかならない。


 だって、偽物はどう頑張っても偽物で、そんな偽物に釣り合うとか言われても、残念としか思いようがなかったから。


「夏休みは実家には帰らない。亜美がこっち来ても会わないから。ってか二度と会うつもりはないから。じゃ、気を付けて帰って。バイバイ」

「絶対に別れない! 」


 まだ駅にはついていなかったが、陽向は亜美に背を向けて元来た道を戻る。亜美も追いかけては来なかった。


 陽向はアパートにつくと、ちょっと放心状態だった。


 今まで被っていたモテる為の仮面、最初は幼稚園の時、可愛くお願いするとみんなが自分をチヤホヤしてくれるからわざとそうした。女子が何でもやってくれるから、王様になった気分がして嬉しかった。自分の顔が可愛いと自覚したのはこの頃だ。成長期をむかえても、線が細い可愛い雰囲気は変わらず、ナヨナヨした体型が嫌でムキムキにならない範囲で身体を鍛えた。身長もたいして伸びなかったけれど、女子受けはずっと良かったから、女子が喜ぶ仕草や話し方を研究したら、所謂ワンコ系キャラに到達した。常に女友達が回りにいて、なんでもしてくれる。しかも、ある程度の年齢になると、性的なことも込みで。


 本来の自分は、面倒くさがりでズボラで自分勝手なただのヤリチン野郎である。それを隠す為の可愛いを追求したワンコ系キャラの仮面は完璧だった筈なのに……。


 女子にあんなキツイ言い方をしたことはなかった。どんなに酷い言葉で心の中で罵倒していたとしてもだ。彼女は多数いたけれど、相手から別れるように手回ししたことがあっても、自分から別れを切り出したことはなく、円満破局が常だったから。


 何で自分が変わってしまったのか。


 放心状態の陽向の目の前に、本物の可愛いを発見してしまったある人物の顔がチラついてしょうがなかった。

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