第6話 キャラ弁は美味しさも追求しています

「咲良ちゃん、お昼はお弁当だよね」

「うん、お弁当」


 咲良は、毎朝自分で弁当を作り、ついでに中学生の弟の弁当も作っていた。ちなみに、自力で弁当を作り始めたのは高校に入ってからで、当時小学生だった弟に大絶賛されてから、キャラ弁を極めた。今は見た目よりも容量を求められるから、可愛い弁当は自分ののみで、弟の弁当はとにかく米多めの可愛くない仕上がりになってしまっているが。


 可愛い弁当はテンションが上がるし、キャラ弁は母親の趣味だと言えば、毎日可愛いキャラ弁を食べていても「お母さん凄いね、凝ってるね」ですむ。

 唯一、堂々と持てる可愛いがキャラ弁であるのなら、そこに全力で力を注がずにいつ注げと言うのか?!


「学食で食べよ。帆奈はんなちゃんもお弁当だって言ってたから」

「うん」


 陽向と友達になってから、咲良には女友達ができた。元は陽向の友達だった子達で、咲良を学食に誘った坂本一羽さかもとかずはは丸眼鏡のポチャ可愛女子だ。一見おっとりしたお嬢さん風に見えて、実はチャキチャキした下町っ子で、けっこうズバズバと物を言う。もう一人は鈴木帆奈すずきはんな、彼女は黒髪が似合う日本人形系美人で、持っている物や家の話を聞くと、本物のお嬢様のようだ。本人はそんなことないとは言っているが。少しポワンとした不思議ちゃんではあるが、たまにビックリするくらい本質をつく発言をする。


 三人の共通点は、「陽向推し」であること。


 陽向の回りには大まかに分けて、①あわよくば陽向の彼女になりたいと虎視眈々と狙いつつ友達面する肉食系女子と、②恋愛対象としてではなく推しメンとして陽向を愛でたいオタク女子、③彼氏いるけどイケメン好き女子(陽向が好きになってくれたら乗り換えちゃおうかなくらいは思っている)がいた。


 一羽と帆奈は所謂オタク女子で、陽向がBでLな妄想に萌え悶える少し残念な女子であった。咲良はそっち系ではないが、可愛いものを愛でる気持ちに肉欲はなく、どちらかというと②に近かった為、一羽と帆奈と仲良くなったのは必然である。


「ねぇねぇねぇねぇ、遠宮先生の新連載読んだ? 」

「一羽ちゃん、食べてる時はお口チャックです。ご飯粒とんでますよ」


 一羽は学食のA定食(生姜焼き)を食べ、帆奈は重箱弁当、咲良はキャラ弁を学食の大テーブルで食べていた。

 遠宮先生とは、一羽がこよなく愛するBL作家で、咲良も借りて読んでみたが、画風が美しく、肉肉しい場面があったとしても綺麗に表現されていて読みやすかった。また、内容も少女コミックのようで、ヒーロー✕ヒロインが攻め男子✕受け男子になっただけ、しかも受け男子がまるで女子のように可愛らしく描かれていて、その可愛さには腐女子ではない咲良もキュンキュンさせられた。


「あ、ごめん。遠宮先生の新連載! 見てよこれ」


 一羽がドンッとテーブルに置いた雑誌は、表紙からして「The •BL」臭ムンムンのそれで、そして一羽は全く恥ずかしがることもなく、ペラペラとページをめくってお目当てのページを帆奈と咲良の目の前に広げた。途中、帆奈お目当ての作家の作品もあったようだが、その作品に手を伸ばしかけた帆奈に、一羽は「それは後で! 」と帆奈の手をピシャリと叩いていた。


「ほらほら、見て見て。まんまヒナ君じゃない?! ヒナ君にこのポーズさせたい! 」

「確かにまんまヒナ君だけれど……まんま過ぎます。ヒナ君が受けとか、意外性がないですよね。やはり、ここはヒナ君が後ろから……」

「いやいやいや、ヒナ君はどう見ても受けでしょ! 意外性はいらないから」


 確かに主人公の男子は陽向にそっくりで、W主人公であるヒーロー攻めの男子に後ろから抱きしめられていた。その手は微妙な場所(真っ平らな胸と、所謂男性の中心部)に添えられており、ヒロイン受け男子は真っ赤に頬を染めてその手に両手を重ねていた。


 ヒナ攻め派の帆奈とヒナ受け派の一羽で、攻め✕受け戦争が勃発している中、咲良も又恥ずかしがることなく、BL雑誌に目を通していた。書物に貴賎なし。咲良は雑食な読書家であった。


 ★★★


「だから、ヒナ君は開発するタイプの人間ですから。見た目はウルウルお目々の可愛い子犬ですけど、実は猛獣猛々しいってやつです。ドSですよドS」

「いや、フルフル震えて戸惑いながら開発されるドMよ」

「……ハァ、一羽ちゃんは本質が見えてませんね。ヒナ君のあれは外面です。羊の皮を被った狼です、ただの鬼畜です」


(おー! 帆奈の奴、ボンヤリしているようで、何気にドンピシャだよ)


 陽向が女友達と昼食を取ろうと学食に入ると、帆奈と一羽が大きな声で恥ずかしい論争をしているのが耳に入ってきた。その横で我関せず、涼しい表情で雑誌を読んでいるのは、今日も見目麗しい咲良だ。咲良はお弁当も食べ途中で、優雅な手付きでページをめくっていた。


 見た目から何から共通項のない三人だが、最近はよく一緒にいるのを見かける。帆奈と一羽は陽向の取り巻きの中にいたように思うが、あまり積極的に話しかけてくる二人ではなかったから、陽向にしてみたら顔見知り程度の認識しかなかった。正直、名前を覚えたのは、咲良に話しかける時に大抵二人も一緒にいるからで、咲良の口からも二人の名前が出るようになってからだ。


「あ、このミニおにぎり可愛いね」


 咲良の後ろから顔を出すと、お弁当箱の中のミニおにぎりを摘んで口に入れた。


「うっま! 何このおにぎり。このフリカケ何? 」


 ミニサッカーボールの形をしたおにぎりは、少しピリ辛で美味しかった。


「天カスとチリメンジャコ、山椒の実を麺つゆで味付けした物が入ってます」

「何それ、美味しそう。咲良ちゃんのお母さん、料理上手だよね。毎日凝ったキャラ弁とか、なかなか作れないよぉ」

「そうですよ。愛情を感じますわ」

「それを言うなら、帆奈ちゃんのだって毎回お重で高級ホテルのお弁当みたいで豪華で凄いです」

「みたいじゃなくて、この子のは本当にホテルのお弁当よ」


 一羽がお重の蓋を持ち上げて見せる。蓋には某有名ホテルの刻印があった。


「すげ、そっちも美味そうだな」

「食べますか? こちら、A5ランクのステーキですよ」


 帆奈がお重を傾けて聞いてきて、陽向はステーキを一切れ貰った。


「うん、これも美味い。でも、やっぱり咲良のおにぎりのがヒットだな」


 有名ホテルの最高級のステーキはもちろん美味しかったが、もう一口食べるならば咲良のおにぎりのが断然食べたい。


「ヒナァ〜、ご飯覚めちゃうよ」


 甘ったるい鼻にかかった声で呼ばれて、陽向は咲良達に「またね」と手を振って一緒に学食に来た女子達の待つテーブルへ行った。


「はい、お水いれといたよ」

「ありがとう」

「お手拭きどうぞ」


 ニコリと微笑むと、みんなイソイソと世話を焼いてくれる。いたれりつくせりとはこのことを言うんだろう。それこそ幼稚園時代からこんな感じだから自分では違和感はないけど、周りからは浮いている自覚はある。


 入学して二ヶ月半、彼女らの動向を見てきたが、みんなけっこう本命狙いで陽向の求める軽いお付き合い(セックス込み)をしてくれそうな子がいない。しかも、本命になった時に面倒くさそうな子ばかりだ。

 一応まだ(外人と浮気してるらしい)彼女がいるうちに、彼女がいるからお付き合いはできないアピールをしといた方がいいかもしれない。


 そんなことを考えながらご飯を食べていると、テーブルに置いてあったスマホが鳴った。しかも、都合よく亜美からで、亜美の写メが画面に映る。みな、その画面をガン見しているようだ。


「ごめん、電話だ」


 わざと彼女らの前で電話に出る。


『ヒナ先輩、電話出るの遅〜い』

「ごめん、ごめん。今大学だよ。亜美は学校じゃないの? 」

『今日、創立記念日でお休みでしょ。だからヒナ先輩のアパートにきたのに、ヒナ先輩いないんだもん』

「そりゃいないでしょ。うちの大学は普通に授業だしね」

『さぼって亜美と遊ぼうよ〜。せっかく来たんだぞ』


 この間もそうだったが、亜美は全く連絡なく急にくる。そういうの、マジでウザイ。


「午後は出席日数必須の授業だから無理だよ。それに夕方からバイトも入ってるしね」

『えー! ヒナ先輩は亜美に会いたくないの? 亜美とエチエチしたくない? 』


(いや、全然したくない。病気とか貰いそうで勘弁して欲しい。しかもかなりユルユルになってたし、お互いに気持ちよくないよな)


「とにかくごめんね。今日は無理だよ」

『もう! いいもん。亜美が浮気しても知らないからね』


(浮気、してるよね? してても全然気にはならないけど、マジで病気とうっかり妊娠とか気をつけた方がいいと思うよ。一応、彼氏だから忠告するけど。いきなりあなたの子供よとか言って、見るからにハーフの赤ちゃん生みそうで怖いよ)


「そんなこと言わないの。また、夏休みには実家帰るから。じゃね」


 さり気なくスマホの電源を落として、亜美からの着信をブロックする。


「今の……」

「あぁ、地元の後輩」


 亜美の声は響くから、彼女らにも内容は聞こえていただろう。


「うちの高校、今日創立記念日だったの忘れてたよ。休みだからうちに来たらしいんだけど、いきなり来られてもね」

「写メ、可愛い女の子だったね」

「うーん、可愛いかなぁ? まぁ、普通? 」

「彼女だったりして」

「まぁ、そんな感じ? 」

「「え……」」


 今まで、彼女がいるともいないとも言ったことはなかったが、彼女らは陽向に彼女はいないと思っていたのだろうか? いない訳ないだろう、この見た目で。彼女持ちがこんなに女子とフレンドリーに接しないだろうという思い込みだろうな。


「ヒナ、彼女いたの?! 」

「えっ? いないように見えた? 」

「いや、そうじゃないけど……ねぇ?」

「うん、週末とかもバイト以外はうちらとよく遊んでたし……」

「だよね。彼女の話とかも聞かなかったし」

「まぁ、ギリギリ遠距離だから? そうしょっちゅう会わないでしょ」


 土日とかで会えない距離ではないが、特に会いたいとは思わないしねというのが本音だ。だって、自然消滅狙ってるからとは言えないし言わない。


「彼女……わざわざ来たんだよね? 行かないの? 」

「行かないよ。約束してた訳じゃないし」

「「……」」


 なんかこいつ酷くない? という表情がモロわかりだ。


「僕、彼女だからってベタベタした付き合い嫌いなんだ。友達と遊びたい時は友達優先だし、やりたいことやしなきゃいけないことが優先。彼女はまぁ……空いた時間に会えればいいなくらいだね」


 それって駄目なの? と可愛らしく首を傾げて見せると、彼女らも引き攣ったように笑顔を作った。


 つまり、彼女がいることを暴露した上で、もし今の彼女と別れて君達と付き合うことがあったとしても、僕のスタンスは変わらないよと、陽向は釘をさしたのである。

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