第4話 アルバイト初日 2
「まずはどこに何が置いてあるか覚えようか」
「はい」
「一応棚には分類して書いてあるけど、お客さんに聞いた時にすぐに探せないといけないから。もし分類すらわからなかったら、これに題名もしくは著者を入れればわかるから。あと仕入れの有無もわかるからね。なかったら取り寄せかな。取り寄せの書類は……」
「ヒナ君、そんなに一気に言ってもわからないでしょ。ほら、まずはこれ見て本棚の並び覚えて」
陽向が張り切って咲良に仕事を教えようとすると、後ろから玲子が苦笑気味に陽向の肩をファイルで叩いた。
「あ、どこに何があるかはだいたいわかります。子供の時と変わってなければですけど」
一番最寄りの本屋だし、子供の時はよく買いに来たものだ。最近は図書館で借りるか、ネットで本を購入するようになってしまったけれど、昔は読みたい漫画とかはちょくちょく買いに来たものだった。ネットを使うようになったのは、あまりに乙女チックな可愛らしい内容の本を買うのが恥ずかしかったのと、好きな作家の小説も漫画も定期購読にしておけば、新刊がでれば漏れがなく家に郵送されるからだ。
「あぁ、咲良ちゃんおうち近所だもんね。実家なんだよね」
「はい。三丁目だから近いです」
「え、三丁目? 僕のアパートも三丁目だよ。中村第三ハイツ、わかる? 小学校の裏の」
何で大学から離れた本屋で陽向はアルバイトを……とは思っていたけれど、まさかのご近所さんだったらしい。中村第三ハイツ、単身者向けのアパートだ。しかも、家からかなり近い。大学まで三駅だから通いやすいとはいえるけど、大学の近くも大して物価は変わらない。逆に大学生狙いの安めの物件も多数あるらしいのに、あえて電車通学を選んだのはなぜだろう?
「わかります」
「あ、母校だったりする? 」
「いえ、学区の小学校だけど、違うとこ行ってたので」
「そっかぁ、私立とか? 」
「……ですね」
咲良はファイルに目を通しながら答えた。いわゆるお嬢様学校といわれる私立女子校の出身だ。たまに出身校を聞かれて「凄い、お嬢様だね。なんかっポイ」とか言われるが、咲良自身はそう言われるのはあまり好きではない。
言われれば「そんなことないです」とか「ありがとうございます」とか答えるが、これ以上変な肩書を増やして欲しくない。お嬢様だと言われたら、全然そんなことないのに、お嬢様然と装わなくちゃならなくなるじゃないか。
凄いのは倹約しつつ学校を出してくれた両親で、咲良は留年しないように勉強を頑張っただけに過ぎないのだから。
「女子校よね。けっこう有名なお嬢様学校」
レジ横でブックカバーを折っていた玲子が言う。店長の奥さんだから履歴書を見たのだろう。
「そういう子もいるにはいましたね。最近はサラリーマンの娘さんも多いんですよ。うちもですけど」
あえて自分は違うとアピールする。
「女子校かぁ……」
陽向がレジ前に平積みしてある新刊の本の整理をしながらつぶやいた。
「咲良なら女子校でもモテそうだね。お姉様って」
「……女子校あるあるですよね」
「やっぱりあるあるなんだ」
「私は文化部だったからそうでもなかったけど、運動部の子はキャーキャー言われてたかも」
「女子校あるあるって、他には? 」
玲子さんも興味を持ったようで、ブックカバーを折る手を休めて話にのってくる。
「うーん? 男の先生はおじいちゃんでも誰かしらファンがいるとか、先生の奥さんは大体卒業生だとか、女の先生もやっぱり卒業生でオールドミス率が高いとかですか? 」
「スカートの中、下敷きで扇ぐみたいなのは? 」
「それ普通です。女子ばかりだから更衣室がないので、体育とかは教室で着替えるんですよ。男の先生がいても、みんな気にせず着換えだしたりするし」
「……教員免許とろうかな」
陽向がボソリとつぶやき、玲子に軽く小突かれていた。
★★★
(女子高生の生着替えとか、何それ? 教師って僕の天職なんじゃないかな。)
可愛らしいワンコキャラの笑顔を崩さず、陽向は絶対に教職を取ろうと決意する。もちろん、目指すは女子校教師!
「ねぇねぇ、咲良の高校ってブレザーだった? セーラー服? 」
「セーラー服ですね。ひ……陽向君は? 」
「あ、うち? うちは共学でブレザー。こんな感じ」
スマホを出して、高校時代の写真を出す。正直、チャライ写真しかない。いつも女子に囲まれてたし、女子って写真撮る時、大体ベタベタひっついてくるから、オッパイムギュッとか約得だしね。勿論、ヤラシイ顔して写っている写真はない……筈だ。
「なんか、女の子に囲まれてるね」
「うん、女友達多いんだよね。僕男子なのに、なんか同類扱いされるみたいでさ」
「あぁ、うん。ひ……陽向君は喋りやすいからかな」
名前、呼び馴れない感じが初々しい。見た目は男子なんて百人斬りですみたいにクールで綺麗系お姉さんなのに、名前呼ぶくらいで吃っちゃったり、分かりにくいけど実は照れ屋さんだったり、「可愛い」って言うと唇の端がピクピクするとことか、こういうのを「ギャップ萌え」って言うんだろうな。なんか、綺麗なお姉さん(同級生だけど)というより、今や可愛らしい女の子としか見えなくなった。
(俺のギャップ萌えの部分って何だろう? )
可愛い系なのに、実は脱いだら凄いんです?
細ガリではないけど、ガチマッチョではないな。筋トレが必要か?
アッチもまぁ人並み? アッチってのはアレだ。男の象徴的なアレだ。今までガッカリされたことはないし、リップサービスかもしれないけど、「ヒナのアレ、しゅごい……」とか、みんなアンアン言ってたしな。
いや、これは萌えると言うか盛るだよな。
可愛い系なのに、実は勉強ができるんです?
まぁ、見た目程バカではない。大学だって現役で受かったし、高校までもほとんど赤点は取らなかった。ただ、できるかと言われると普通、並み。意外性まではいかない。
いや、やっぱり盛るに繋がってしまった。
可愛い系なのに、実は……。
「ひ……陽向君、私の家ここだから」
「うわぁ、本当に近いね。うち、あそこのアパート」
色々考えているうちに咲良の家についたらしく、それは陽向のアパートと二十メートルくらい離れたマンションだった。
「ここが実家? 」
「うん、201号室」
「ってことは一番端だ」
「そうだね。じゃあ、送ってくれてありがとう」
「帰り道一緒だしね。ね、今度さ、咲良のセーラー服姿見せてよ。まだ残ってるでしょ」
「え? 」
いや、まぁ、普通の男子が言ったらただの変態チックな発言だろう。「キショイッ!! 」と一刀両断案件間違いない。
けれど、それをただの無邪気な発言に変えちゃうのが、上杉陽向流奥義、無邪気な笑顔に下心はありません攻撃だ。実際は、ワンコ系笑顔の下には下心しかないんだけどね。
「セーラー服姿って、絶対に可愛いよね。咲良に似合ってただろうなって思ったら、すっごい見てみたくて」
「別に普通のセーラー服だけど……」
「えー、駄目? 」
コテンと小首を傾げて、あざと可愛く唇に人差し指をもってくる。
「嫌……じゃないけど、恥ずかしいよ。さすがに」
「つい最近まで着てたのに? 」
「女子高生がセーラー服着るのと、女子大生が着るのじゃ、勇気の度合いが違う……と思う」
「じゃ、写真でいいや。写真ならいいでしょ」
高校時代の咲良の写真というのも、レアだろうから興味がある。きっと、大学の誰も見たことないだろう。
「写真……、わかった。写真ならなんとか」
「じゃ、約束な。じゃあ、また明日」
咲良に大きく手を振ってから自分のアパートへ向かった陽向は、この夜、悶絶することになるとは思ってもいなかった。
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