第20話 上陸せよ!
アチット とある森
「侯爵殿、腹が減りました。魚が食べたいですよ……」
「馬鹿言うな。海まで行くのか? 森を抜ければカミンに見つかるぞ」
ニワント王国東部軍を統括するマボドフ侯爵は数名の若兵と早朝の森を彷徨っていた。
カミン軍といつ遭遇するか分からない状況に神経を尖らせながらも草木を分け入って進む。
出来る限り、潜んでいるカミン軍を叩いておきたかった。
ここを放棄すればカミン軍に東西両面からの王都タオヒンへの進軍を許してしまう。
「さっき、川があったじゃないですか。そこで魚を……」
「馬鹿者!! 太祖ニワヌティーナ王の聖訓を破るつもりか!? 天罰が下るぞ!」
マボドフは声を荒げた。普段は貴族として理想的な振る舞いを心がける彼もストレスが溜まっており、つい荒い言葉を発してしまった。
「いえ、でも……」
「よいか、ニワヌティーナ大王記にはこうある。川は万物に清らかな水を届ける神聖なるところであり、そこに住まう魚たちは水を清くする精霊である。故に――」
轟音。そして爆風。
空を何かが駆けて行った。森の木々が反り返るほどの何かだった。
ただの鳥や竜では無い。
遥か彼方の空に銀色の煌めく何かが見えた。
「な、なんですか? 今のは?」
「まさか、日本の銀竜か……!?」
マボドフはその音に聞き覚えがあることを思いだす。
そうだ、自衛隊と名乗っている日本の軍隊だ。
奇妙で不思議だが自分達より遥かに上を行く装備。
銃という不可思議な魔杖や、砲という大角を抱える魔獣。
不思議な飛行をする凶暴な鋼の竜。そして、先ほどの超高速で飛び回る銀色の鱗を持つ竜。
そして、それを操る兵たち。
彼らがいれば向かうところ敵なしとマボドフはようやく肩の荷が下りた気がした。
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アチット近海 護衛艦いずも艦内
「偵察隊からの報告だ。現在、上陸予定地域で目立った戦闘は無し。電波塔はやられていたが、仮設大使館等は無事」
いずもより発艦したF-35が偵察任務を終えて戻っていた。
その結果を速水が松間たちへ報告する。
「ご苦労、では通信が途絶えたという影山大使らも恐らく無事か。一度、艦隊司令部に連絡しておこう」
艦内では無線が飛び交い、潜水艦たいげい、掃海艇ひらしまからも水中に脅威無しの報告が上がってきた。
あと一時間ほどで上陸地点へ到着する。
大沼は深呼吸する。速水は瞑想するように目を瞑る。
「速水一佐」
「なんだ?」
大沼の呼びかけに速水は瞑った目のままで返す。
「一佐はなぜ自衛隊に入隊を?」
「その問いに意味はあるのか?」
「失礼ながら……。単なる興味です」
大沼はこの男に少し、違和感があった。しかし、違和感の正体を掴めずにいた。
「旧海軍には詳しいか?」
「いえ、人並みかと……」
「私の父は、旧海軍の軍人だった。この答えで満足か?」
そう答えると、大沼の返事を待つことなく速水は部屋を飛び出すように出て行った。
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カミン王国 王都ケイナン 王城
「どうなのだ……?」
「どうなのだと、余が! 聞いておるのだぞ!」
カミン国王のコット二世は臣下に対して怒鳴りつけた。
「陛下がお耳にした通り、ダーレンは一度こちらへ戻ってきました……。その、連戦に次ぐ連戦で竜を多数失いまして……」
「それは分かる。だが、あまりにも早くないのか?」
コットはカミンの東征軍海軍司令のサリーチに顎を向ける。
サリーチはダーレン船長のチョセイからの通信を受け取った張本人でもあるが、
「我が海軍の竜母運用が未熟だった一点に尽きます」
サリーチは珍しい女性軍人だった。
齢は四十に近づこうとしているが、大海の
「陛下、次こそは必ず挽回致します。既に東部攻勢を強める指示を出しております。さらには今度は竜母に精鋭魔道船団とともに行動させましょう!!」
「よかろう……。だが、二度も失敗は許されんぞ」
コットからの言葉にサリーチは最敬礼で返した。
彼女は何か、まだ見ぬ強敵と戦える予感に武者震いした。
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ニワント王国 アチット海岸
「 全員時計合わせ! 現在時刻、
いずもから発艦したC-2輸送機、その中には陸自の第一空挺団。
「精鋭無比!!」
「精鋭無比!!」
空挺団の
「現在時刻、マルナナヒトキュウ《7:19》。降下まであと
隊長による降下までのカウントダウンが始まる。
腕時計の小さすぎて聴こえるはずも無い、秒針の音が機体の中で鳴り響く。
「
彼らが、異世界の大空に身を投げ出す。
そして、落下傘は開かれ、大空に白い花が咲き乱れた。
隊員たちが一人、また一人と地上に降り立つ。
「こちら偵察小隊、降下完了。予定通り周囲の安全を確保する」
隊員たちが降り立ったのはアチット港湾エリアだった。
屋根のある建物に船の残骸や貨物の木箱が積まれており、人が隠れやすい環境だった。つまり、物陰にカミン兵が潜んでいて突如襲われる危険度は高い。
「見通しが悪いな。慎重に行くぞ」
慎重に一歩ずつ、遮蔽物の外側に弧を描くように足を動かす。クリアリングと呼ばれる行為である。
「クリア!」
「クリア!」
一つ、また一つと誰も潜んでいないことを確認する。
建物は薄暗く、ときおり水滴がポタポタと滴るような音がする。さらには腐臭が充満していた。水揚げされたまま放置されていた魚が腐ったのだろう。体に直接の害ではないにしろ集中を削がれる。
「ク……、人を発見!」
魚が満載された木箱の陰で無精髭を生やし、フードを被った男が眠っていた。
「動くな。 武器を持っているなら捨てて、両手を上げろ」
秋元は銃口を男に向けて、そう警告する。
しかし、男は銃に怯む気配を全く見せない。
右手首を捻るような動作を取ると、右手へ何かが飛び出す。
まずい!
そう感じて、飛ぶように後ろへ下がる。
男の右手にあった
すぐさま、男は足を前へ。突撃してくる。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
薄暗い建物で閃光と発砲音が何度か鳴り響く。
秋元の放った銃撃が男の身体に風穴を開けた。
「ははっ……」
秋元はその場で尻餅をつくように倒れ込んだ。
床には赤い血と薬莢。
「大丈夫か?」
秋元は仲間の手を借りて立ち上がる。
別の隊員と
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日本 新陽新聞社 東京本社
「え、何ですかこれ?」
日本の大手新聞社の一つ、新陽新聞社の記者の増田。
年齢は31歳で若手と中堅の間ほど。先日までニワント王国への特派員だったが、政府の邦人退避に合わせて帰国していた。
「見て分からないかな? 解雇通知だよ」
しかし、久しぶりの出社で彼に突きつけられたのは解雇通知だった。
「それは、分かりますが……」
「わが社もね、転移騒ぎで大変なんだよ。経済はガタガタで電気代も発行費用も値上がり。ここで人の整理をして人件費を抑えたいんだよ」
上司に諫められるが増田は納得がいかない。この会社は支社も合わせて何千人も従業員がいて、自分だけ解雇は不自然だ。
「なぜ、自分だけ……?」
「上の方々がね、君の勤務態度にね。お怒りでね」
そこまで言われて増田はあることを思いだす。
今は『中道中派』・『平等公正』をポリシーにしてる新陽新聞。しかし、創業当時はかなり偏っているとされていた。その当時からいる上層部の
そして増田が先日、ネット上に投稿した炎上する護衛艦の動画。
あれが上層部の逆鱗にでも触れたのか。政府に頼まれてもいない勝手な忖度をしたのかもしれない。
「そういう訳だから、君は明日から来なくていいよ」
何が中道中派だ、何が平等公正だ。
その気なら、こっちからこんな会社止めてやる。
どこにもぶつけ難い感情を増田は奥歯を噛みしめて、僅かに表情にそれを出した。
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アチット近海 護衛艦いずも艦内 CIC
「艦長、空挺団偵察小隊より連絡です。周囲の安全確保。作戦を第二段階へ」
「ご苦労。航空科に発艦指示を!」
いずも艦長の速水が
彼の髪の垂れた横顔を見た松間は「まるでSF宇宙艦艇の悪役みたいだな」と場違いな感想を抱く。
無意識に緊張を解したかったのかもしれない。
いずもの甲板からCH-47J輸送ヘリ。通称チヌークが多数発艦、空へ舞い上がる。
チヌークの中ではヘリボーン部隊が待機。
さらに軽装甲機動車と共に運ぶ。この車両はイラク派遣のときの装甲が強化されたタイプが流用された。
加えて、水上では水陸機動団が
そして、おおすみ・しもきたの両輸送艦からエアクッション艇が出撃する。
アチット海岸へ第一空挺団を先遣として、大規模な上陸作戦がここに実行!
海岸に到達した部隊は素早く、湾港周辺エリアへ展開。
陣地の構築と周辺の警戒監視が始まる。
無数の聴きなれない音と見慣れない物の数々は辺りに潜んでいたニワント、カミン両陣営の耳目を集めた。
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