第21話 一騎当千
日本 統合幕僚監部
「総理! 自衛隊の上陸部隊、無事すべて上陸しました。現在は陣地構築と周辺警戒に当たっています」
「まずは一段落か……」
嶋森はその報告に安堵する。とはいえ、いつまでもボサッと防衛省からの報告を聞いているわけにはいかない。
「既に一度、戦闘で発砲したようだが?」
藪から棒に防衛大臣の剣持が質問を投げかけるが、幕僚長の山下の回答は素早かった。
「民間人に扮した兵から奇襲を受けたようです」
「うーん、ゲリラ戦術での後方攪乱か。実際、相手にしてみると厄介だな。ここから自衛隊はタオヒン……だったか? その首都までいかねばならないんだろ」
そう言った剣持の傍らには本が積まれている。戦略や戦術、戦史に関する本のようだった。その中から一冊を手に取る。
本の表題に『ゲリラ戦争』とあるのが嶋森にも見える。
しかし詳しい中身まで嶋森は知らなかった。
嶋森は視線を外務大臣の斎藤に送る。
ここからは外交での調整が必要だ。
ニワント側とは互いの行動がぶつからないように連絡を密にしたい。
カミン側とは早めに停戦交渉に応じるように働きかけたい。
簡単に言えばそんなところである。
思考を感じ取ってくれたのか。斎藤が口を開く。
斎藤は心労が来ているのか、いつも以上に覇気が無い。
「あっ、あの……。ちょうど先ほど連絡がありまして」
「影山大使をはじめ、外務省職員は怪我無く無事保護。そして、ニワント王国のマボドフ侯爵という現場指揮官との接触にも成功。現在はニワント政府への連絡を試みているところ……です」
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アチット 自衛隊陣地
「松間殿、またお会い出来て光栄です」
「お久しぶりです、マボドフさん」
合同訓練の時とは逆にマボドフの方から松間へ腕が千切れんばかりの握手を交わした。
「貴軍に来ていただければもう百人力、一騎当千間違いなしですぞ!!」
「はは、そりゃどうも」
「ところで、差し出がましいのですが……」
マボドフが言いにくそうに口ごもる。食料を分けて欲しかったが、貴族としての威厳に傷が着くのが急に恐くなり言い出せない。
沈黙も束の間、マボドフの後ろにいた兵士の腹が鳴く。
「あっ、すいません。ここ数日まともに食べてなくて……」
「はは、構いませんよ。我が隊から糧食をお分けしましょう」
松間は少しぎこちない愛想笑いで返すと、トラックの方へ走って行った。
松間が持ってきたのは深緑色をした袋だった。
その見慣れぬ物にマボドフもその若兵も流石にギョッとした。
「そ、それ。食物なんですか?」
「ああ、いえいえ。こいつは中に入っていてね」
松間の持ってきたそれは戦闘糧食Ⅱ型。レトルトパウチになったレーションである。
ハンバーグとチキンステーキがおかずとして入ったそれをマボドフと若兵は「美味い。美味い」と食べ出した。
「驚いた、まさか戦場でこうもしっかりとした料理に有りつけるとは」
「美味い! 正直、堅パンや干肉を出されたら喉に通るか不安でした」
半分ほど食べたところで落ち着いたのを見計らい、松間はマボドフへ話しを向ける。
「ところで、我々は最終的にはタオヒンまで向かい、敵を退けなければなりません。
こちらの外務省からの情報では敵の本隊は既に王都に到達しかかっている模様。時間がありませんので我々は早速、行動に移りたいのです。
しかし、この辺りの地理が正確には分からない。どうかご助言を頼みたい」
「もちろんですとも。まず、ここより西へ行くと小さな要塞があります。ここには流石にカミンの手が伸びていないでしょう。西から来てる彼らがここを制圧する意味はありませんし、そんな様子もありません」
快諾したマボドフは小枝で地面に地図を書く。フォルという名の小規模な要塞とその周辺の小さな街が示された。
そこからずっと旧街道沿いを進んでいけば王都タオヒンに着くのが最短経路。
周囲や森や山に囲まれているようだ。
「では、このフォルまで部隊を進めるべきか。海との距離は……。海空の支援も確実に届くな」
「は? かなり距離がありますが、まさか貴軍の軍船は魔法で空でも飛べるのですか?」
「ああ、いえ。こちらの話です」
ミサイルや艦砲の射程、航空機航続距離をブツブツと計算して松間に対して、マボドフが不思議そうな反応をする。
まだ、この新世界の感覚に慣れない。魔法という言葉にいまだ思考が乱される。
「そう言えば、貴軍の旗印と言いますか、部隊の識別についてですが……」
「おお、それならこちらです!」
マボドフが背を向けるとマントには二つの図柄が描かれていた。
一つはマボドフの家紋である。マボドフが旧い騎士物語を由来とするなどと熱弁を始めるが、松間は適当に聞き流す。
もう一つが松間達が知りたい方、ニワント軍自体を示す図柄。
それは薄い青地に何本かの曲線が重なり連なるような図柄。紋章と呼ぶべきか。
これもまたマボドフが熱弁を始める。
それに寄れば、これはニワント王国全体に流れる河川を図案化したものらしい。
ニワントがまだ不毛の土地だった時代、初代国王ニワヌティーナが水の精霊と契約を交わした。
そのため、ニワント王国には世界のどこよりも清き水が河川に流れ、畑はその契約を受け、数多の実りを付けるのだという。
ちなみにカミン軍は赤地に有翼の獅子が描かれているらしい。
「そうなんですか」、「それは素晴らしい」と適当に返事に返す。
それに割り入って隊員が報告に来た。
その報告を聞いて松間は顔をムッとしかめる。
カミン兵らしき人影が
彼らはこちらへ向かっているらしい。
「失礼、敵数人がこちらに近づいているのを偵察が発見しました。我々が対処しますのでマドボフさん達はあちらへ待機を」
「ここはかたじけありませんが、ぜひ貴軍にお力添え頂きたい」
松間は指差した天幕の方へマボドフ達が走っていくのを確認すると、無線機を手に取った。
「敵歩兵、十一時方向から接近。距離三〇〇。 第一分隊は戦闘配置につけ!」
軽装甲機動車を盾に分隊が展開する。
数分後、敵が一〇〇メートル程まで近づくと矢が機動車目掛けて放たれた。
しかし、矢がその装甲に傷を付けることはなかった。
「敵性を確認。対抗射撃始め!」
カミン兵は五人。
分隊の小銃から弾が次々と発射される。
彼らがその攻撃の正体が何かを掴む間も無くその身体を射抜いていく。
一人が岩陰に隠れた。
岩はかなり分厚く、小銃弾を通さないほどだった。
「迫撃砲分隊、支援せよ!」
松間の新たな指揮に迫撃砲分隊が展開する。
「81迫、準備よし! 射撃開始!」
81mm迫撃砲に砲弾が装填され、カコーンと甲高い音が鳴る。
砲弾は山なりの弾道を描く。
「弾着! 」
カミン兵の隠れていた岩陰が爆発に包まれた。
すかさず、二発目、三発目が撃ち込まれる。
「目標撃破しました」
無人偵察ヘリ《FFOS》の映像を確認していた隊員がそう宣言する。
緊張の糸が切れて、その場にへたり込む者もいれば、複雑な表情を浮かべる者もいた。
しかし、マボドフの表情はそれらとは逆とも言っていい明るいものだった。
「やはり! まさに一騎当千だ! 松間殿、我々は伝説の騎士を何人も味方につけたような気分ですぞ!」
その言われ方に悪い気はしないものの、何ともむず痒い感覚にまたしても松間は愛想笑いで返した。
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ニワント王国 王都タオヒン 城下街
城下街では数刻前までは直接の戦火に晒されることなく比較的平穏だった。
多くの男達は兵として
王のお膝下であるここは堅牢な防壁に囲まれているが、彼らはそれに甘えて戦火の終わりを祈るばかりではない。
ある者は新たに
しかし、それも数刻前のこと。
防壁はウルフベアや
兵たちは最後の目標へ辿り着いた興奮が呼び起こした瘴気か、あるいはここまで想定外の遅滞を強いられた戦闘の鬱憤を晴らすように無意味な殺し、略奪や姦淫を瞬く間に繰り返した。
街は一気に地獄と化した。
しかし、街に一人の英雄が現われた。
「カミンの将兵ども! それ以上の狼藉はこの私が許さん!」
なんだなんだとカミン兵たちは、その手を止めて声の方を見る。
声の主は巨馬に乗り、漆黒の鎧を身にまとった老兵だった。
老兵は声高々に自らを名乗った。
「我こそは、栄えあるニワント王国軍務卿! イグヒューラ・ナスマバルト!!
ニワント王国人民を護るためにニワントの一兵としてここに推参せり!」
その老兵は確かに、ニワントの軍務卿であるナスマバルトであった。
しかし、最前線に軍務卿が、しかも一人で出てくる前代未聞の事態にカミン兵たちは混乱した。
「なんだコイツは?」
「軍務卿がこんなところに一人で出て来る訳ないだろ!」
「やっちまえー!!」
カミンの兵達が武器を構え、ナスマバルトへ襲い掛かる。
ナスマバルトの背から両手剣が引き抜かれる。
彼はそれを片手剣が如く、片手で振る。
たちまちにカミン兵は五人がその命を落とした。
もう片手では大盾を携え、矢や魔法を確実に防でいく。
さらに剣の一撃がさらにカミン兵を亡き者にしていく。
その戦い振りはまさに一騎当千。
一体の
空かさず、手綱を引く。
巨馬が駆け、すれ違い様に魔獣の腹へ致命的な一突き!
魔獣の動きが止まる。
倒した。
そう思われた。いつの間にやら周りに集まったニワントの民たちは歓声に湧く。
しかし、それも束の間。
「ギュュュオオオォォォォ!」
魔獣がこの世の物と思えぬ悲鳴を上げて暴れまわる。
「マズい……!」
このままでは魔獣は民の方へ突っ込む。
直感的にそう感じたナスマバルトは反射的に自らの体を盾に魔獣の巨腕の一振りを受けた。
彼の身体は大きく飛ばされ、街の中央にある大橋架かる運河へと放り投げられた。
日本、異世界転移する ~日はまた極東より昇る~ エフ太郎 @chk74106
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