第18話 それでも世界は動き続ける

 日本 国会議事堂


 嶋森総理からの立案で閣僚たちは場所を閣議室へ移し、自衛隊に対する防衛出動を命じる閣議決定は一部閣僚が難色を示したものの比較的すんなりと決定された。

 しかし、これで自衛隊が動けるわけでは無い。


 防衛出動。

 その重い決断が実行されるには事態対処法9条により、国会の承認を得なければならない。


 総理大臣であると同時に衆議院議員でもある嶋森をはじめ、閣僚たちは国会議事堂内の衆議院議場へと向かう。


 初めて国政選挙に当選したあの日から何千日と通ってきた議事堂のその廊下がとてつもなく長く感じた。

 民衆党を筆頭に野党からの激しい追及を受けることは確実だ。自由党党内でも全員が賛同してくれる訳では無いだろう。

 それでも成すべきことを成さなければ


「総理! 少々よろしいですか?」


 廊下で嶋森に声をかけてきた女性は民衆党の党首である緑川だった。


「民衆党は内閣の安易な決定に抗議します! 日本が直接攻撃されたのではないですからもっと慎重に議論するべきです」


「努めて慎重に議論した結果、日本のために集団的自衛権の行使がやむを得ないという結論に至りました」


「既に自衛隊が戦闘に巻き込まれたようですね。護衛艦が炎上したことはもう国民全員の知るところですよ。死者がいるとの情報もあり国民の間では政府に説明を求める声が、」


「失礼、続きは議場の答弁で話す形でよろしいですか?」


 ヒートアップしそうなところを田元官房長官がまあまあとなだめる。

 その甲斐有って、緑川は先に議場へと入っていき場は収まった。


 嶋森はついに民衆党も出てきたかと思った。

 異世界に転移してから、民衆党はじめ野党は理解不能な異常事態なこともあってほとんど大々的な与党・内閣批判や発言が出来ずにいた。

 しかし、今回に限ってはことがに直結するだけに、今までに無いほどの大きな反発や批判が予想されそうだ。



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 ニワント王国 とある荒野


 ニワントの王都タオヒンより百数十キロの西に位置する、名も無き荒野。

 ここでは進軍を続けていたカミン王国軍に対し、ニワント王国軍は馬防柵や設置式のバリスタを用意し、即席の野戦築城を敷くことで必至に持ちこたえていた。


「槍隊、棘竜の陣崩すな!! カミン共を押し返せ!」


 指揮官の咆哮のような怒声が飛び交うと、槍と大盾を持った歩兵集団は陣形を崩さず、前へさらに進む。

 それは、密集陣形。古代ギリシャで言うところのファランクス、日本の槍衾やりぶすまに似たものであった。


 その脇からはニワント側の矢や魔法が飛び交い、カミン軍は少しずつながらもダメージを受け続け、戦況は硬直していた。


「クソっ、ニワントのやつらめ。後発隊はまだか」


「ダメだ。こっちの魔法をほとんど防いでやがる」


 カミン軍は意外な苦戦を強いられていた。初期は量・質ともに圧倒に優位なカミン側だったが、ここまでの長い行軍や幾度の戦闘で消耗が続いていた。

 魔法に至っては、本来はカミンの魔術師の方が有利なはずで、密集陣形は魔法で側面などの弱点を狙い撃つのが定石だった。


 しかし、この消耗でカミン側の魔法はほぼ全てニワント側に相殺された。

 カミンは完全に足を止められていた。


 そして、誰かは遠くから何かの唸り声が聞こえる気がした。



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 日本 国会議事堂 衆議院議場


「これより内閣提出の事態対処法第4条第2項にいう我が国の存立危機事態の発生とその認定を理由とした自衛隊法第76条第1項の規定に基づく自衛隊の防衛出動についての事態対処法第9条4項にかかる、本議会への内閣の承認請求についてこれを議題とする」


 議長からの堅苦しい挨拶からはじまった国会での討論。あまりにも急な招集であったがほぼ全ての議員が出席していた。


「嶋森明夫内閣総理大臣に本案の趣旨説明を求めます」


 ついにかと嶋森は思った。

 言うべきことは決まっている。予想できる質疑には全て事前に回答は考えてある。

 それは何度もやってきたことで今までと、それは変わらない取り乱すな。

 そう自分に言い聞かせた。


 嶋森はまず、犠牲になったニワント王国の人達への哀悼の意を表する。

 次に、防衛出動の閣議決定に至った理由を説明した。


「ニワント王国は現在、新世界において日本の唯一の国交を有する貿易相手国であります。しかしながら、カミン王国軍と思われる武装勢力による武力攻撃事態に晒され、特に我が国との交流・貿易の要衝であるアチット港周辺地域においてカミン王国軍の組織的な軍事攻撃がここ数時間で急激に増加し、交流・貿易に係る設備等の破壊が行われ、正常な交流・貿易の維持が不可能となっております」


 嶋森はそこまで述べると、一呼吸をおいた。

 少し上に視線が向き、議場の上の国会中継用のカメラが目に入る。

 あの先で国民が見ているのかと思うと今日ほど、緊張したことは無かった。



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 ニワント王国 王都タオヒン 王城 枢密院


 国王ショーハンは苛立ちを隠せずにいた。


「ナスマバルト軍務卿はまだ見つからんのか!!」


 敷かれていたニワントの地図や布陣図が一瞬浮き上がるほど机は強く叩かれた。


「陛下、もう軍務卿のことはお諦めください。彼は陛下の御意思に反抗した者。

 カミンと同罪です」


「しかし総参謀よ。敵はジリジリと迫って来ている。援軍も見込めぬ今はナスマバルトの知識と手腕がどうしても必要ではないのか!!」


 総参謀はうっと言葉を詰まらせた。

 ここまで、カミンを多少足止めすることは出来ているが全く追い出すまでは届かない自分の総指揮の頼りなさを彼は痛感していた。


「陛下、これ以上はお命が危険です! どうか今すぐお逃げください」


 侍従の1人が再び、ショーハンにそう申言する。


「いや、いざという時は余も剣を手に戦おう」


「陛下!?」


 臣下も侍従も、近衛兵たちも皆がギョっと驚く。


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 日本 国会議事堂 衆議院議場


「現在、日本の抱える食料備蓄は多く見積もっても2ヶ月というのが試算です。またカミン王国軍は首都タオヒンに向かっての進軍を続けております。同国の現ショーハン王政政権を打破し、何等かの政治体勢の変容を謀る意図があることは想像に難くありません。

 そして、現在ニワント王国軍は戦況において極めて劣勢に立たされており前述の事態が起こり得る明白な危険が差し迫っております。

 仮に彼らの目的が達成されれば、現在の日本を紙一重で支えているニワント王国との関係は白紙化し、新たな関係性の構築、その後の再びのインフラ建設。そして食料等の最低限の輸入に至るには食料備蓄が尽きるまでの2ヶ月では到底足り得ません」


 再び、嶋森は一呼吸をおいて、今度は議員席を僅かに視線を動かして見渡す。

 野党含め議員は誰1人としてヤジもなく、ここまでをただ静聴していた。


「以上のことから我が国として本件に対する何等かの対応が無ければ国民の皆さまの生命や財産のみならず憲法の規定する自由及び、幸福追求の権利が根底から覆され、我が国の存立を全うすることが困難と考え、これを内閣として存立危機事態と認定。

 同時に他に適当な手段が無いことを認め、ニワント王国との集団的自衛権に基づく必要最小限度の実力行使はやむを得ないとの結論に至りました」


 ようやく話し終えた嶋森は一度席に戻り、ペットボトル入りのお茶を一気に飲み干す。しかしそんな嶋森を待つことなく議長は質疑に入る。



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 ニワント王国 とある荒野


 ニワントの王都タオヒンより百数十キロの西に位置する、名も無き荒野。

 依然、カミンとニワント両軍のにらみ合いが続く。

 ニワントが防ぎきることもなく、カミンが攻めきるわけでもない、完全な硬直状態に陥っていた。

 そうなってから早、数時間。


「うううぉぉぉ!!」


 また数発の炎魔法がカミンの魔術師から放たれる。

 しかし、すぐさまニワントの魔術師は水魔法を放ち、打ち消した。


 次に、カミンの魔術師が土魔法を放つと拳大の石が空からニワント兵たち目掛けて向かってくる。

 しかし、ニワントの魔術師は同じく土魔法ながら、大量の泥を生み出し、その石を失速させた。


 低速で兜に命中した石がコンコンと小さな音を立て、そして再び戦場が沈黙する。

 どちらも打開策の無いまま相当に消耗していた。


 しかし、遠くから何かが駆けて来る音がした。


「グウゥゥオオオオン!!!」


 それは、体長4~5mはありそうな巨大な熊というべき生物、この世界の魔獣だった。

 それが4足歩行でニワント兵たちへ突撃してきた。


「うわぁぁ!! ウルフベアだ!」


 ウルフベアは散兵状態の兵を蹴散らし、密集陣形へと向かっていく。


 必至になって槍を突きさすが、分厚い毛皮とバーディング獣鎧に阻まれて傷1つ付かない。

 ウルフベアが左腕を一振りすると、数人の兵が一気に吹き飛ばされる。

 続いて、右腕を一振り。

 さらに多くの兵士が吹き飛ばされる。


 ウルフベアは兵の死体から肉をむさぼりだす。

 戦場に気味の悪い咀嚼音が鳴り響く。


 それは凶暴な魔重が見せた隙。隙だったが、ニワントの兵たちはもう散り散りに逃げるしかなかった。

 僅かにいた果敢な者たちは魔法を撃ち、矢を放ち、槍で迫る。


 炎の魔法を受けて、ウルフベアは幾らか悶えたが、すぐに水魔法で消し去られた。


 気づけばカミン側の兵数が明らかに増えていた。


 後発隊が到着したようだ。このウルフベアもその後発隊であった。

 しかも、他にウルフベアや飛竜を何体か引き連れている。


 ニワント王国軍はカミン王国軍へ、王都タオヒンへの道を明け渡してしまった。

 あとは、タオヒン西側の要塞を突破されれば、王都は、王城はすぐそこである。


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 日本 国会議事堂 衆議院議場


「これより質疑に入ります。質疑のある方は順次ご発言願います」


「民衆党の緑川裕子です。先刻の自衛隊による法人保護行動での戦闘発生についてその是非。加えて死傷者がいるとの報道がありますが、この事実関係をご説明願います」


「――から、正当防衛の範囲内であり、やむを得ませんでした。しかしながら自衛官1名が攻撃による火災で死亡したのは事実です」


 そのことを知らなかった、もしくは事実とは思っていなかった議員は多く、一気に議場がざわつく。


「そのような勢力を相手にすることは自衛隊にとって相応の被害が予想され、多数の死傷者を出すことに繋がりませんか? 私個人は人員や物資不足に陥れば場合によっては太平洋戦争時のような民間からの徴用も懸念しています」


「今回の被害の原因は現場での判断の遅れが一因でした。それは現場自衛官が政治的配慮を迫られる特殊な立場にあるからであり、防衛出動下ではそのような配慮を現場自衛官が求められることは稀になるため、同要因の被害は限りなく少なくなると考えております。

 さらに、民間からの徴用は憲法上の制約より、強制は絶対に出来ないと断言致します」


 その後も、何度か舌戦が繰り返され、緑川はようやく自分の席へ戻る。


「続きまして、協和党の丸木和正まるきかずまさです。我が党して、この安保法制が米国の存在を前提としていることを指摘したく――」


 さらに野党からの追及は続いていった。


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 ニワント王国 王都タオヒン 王城 枢密院


「民や兵が命を賭けている中でただ、玉座に座っているだけの存在が王なのか!? それが民の父の姿なのか!? 」


 苛立つショーハンに臣下たちは何も言い返せなかった。


「ご会議中に失礼致します。アチット近くの森でナスマバルト軍務卿を発見致しました!」


「おお! ほんとか?」


 ナスマバルトの捜索に出ていた兵が扉を開けて、そう報告に来た。それを聞いてショーハンは少し落ち着きを取り戻した。


「はっ! しかしながら取り逃してしまいました」


「何だと、一体何をやっているのだ!?」


「申し訳ございません。しかしながら、軍務卿の言葉が気になり、それを陛下にお伝えしたく戻りました」


「ナスマバルトは何と?」


「はっ! 『私は日本の軍船が見たことも無い異端とすらいうべき魔法を使い、カミンの竜を何体も墜とすのを見た。奴らは禁断の魔法を使う魔導士だ』と」


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 日本 国会議事堂 衆議院議場


「これにて投票を終了致します」


 長い議論のあと、押しボタン式の投票が行われた。そしてその議長をそう告げると議場の電子版にその結果が映し出される。


「本案は賛成115票、反対115票。同数のため議長の決裁権により、可否決を決定いたします」


 その結果はあるかもしれないと思っていた嶋森も流石に疲れが込み上げてきた。

 嶋森と共に答弁に当たってくれた横席の剣持防衛大臣はにが虫を噛み潰したような顔になっていた。


 野党からだけでなく、一部の与党議員からも防衛出動でなく武器等防護や海上警備行動ではどうにかならないのかとの追及。出動は賛成だが、内閣の意思決定方法に問題ありとの反発もあった。


「本案は議長の決裁権を持って可決とする」


「ふざけるなー!!」


「これは強行採決だ!」


 ここに来て、野党のヤジもピークに達し、野党議員だけでなく一部与党議員までも一緒くたになって議長の方へ押し合いし合いの大もみ合いを始める。


 そこまでの全ての様子を静かに議場のカメラは捉え、国民の目へと送り続けていた。


 くして、百様の声が飛び交いながらも自衛隊の防衛出動は今ここに国会承認を経た。








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