第17話 残された選択肢
日本 首相官邸 閣僚応接室
首相官邸の閣僚応接室は重苦しい空気が流れ、しばしの沈黙に包まれていた。
統合幕僚監部からの要請で嶋森は護衛艦に正当防衛としての攻撃許可を出した。
そこまではまだ良かったかもしれない。
しかし、その後しばらくして護衛艦の被弾と自衛官一名の殉職が伝えられると誰もが言葉に詰まった。
「民間人に被害が出なかったのは不幸中の幸いというべきか……」
そこにいた1人から声がする。それは剣持防衛大臣だった。
それに続いて、誰かが「確かに」、「そうだ」と声をあげた。
「問題はこの事をどう国民に伝えるか……。それと今後の対応だな……」
ようやく嶋森も言葉を繋げる。
「それが、総理……。こちらを」
田元官房長官がノートPCを嶋森の方に向けると、そこには海で激しく炎と黒煙を上げる護衛艦の映像が映されていた。
「これは……!?」
「SNS上でせとぎりの戦闘、そして炎上しているまでを収めた動画が拡散されています。ニワント王国現地にいた民間人が撮影したようで似たような動画がいくつも出回っています。
これはそのうちの一本ですが……。気になるのはこれの投稿者です」
そう言って田元はタッチパッドを触る。すると、どことなく嶋森にも見覚えのある写真が表示された。
「ん、どこかで見た顔だな」
「SNSのプロフィール内容に顔写真と間違いありません。新陽新聞の総理番記者の増田真治です」
そう言われて嶋森はここ最近の記者会見を思い起こした。
若さから来る拙さも感じるが同時にフレッシュさにも溢れた記者だと頭の中で回想する。
「彼の素性からこの映像が作り物でなくかなり真実味のある映像として出回っています」
「まずいな……。いずれにしても国民に説明しなければならないが、こうも映像に先に出られてしまっては混乱は必至だろう……。よし!」
「民間人を乗せた護衛艦の帰国は明日の午前だったな。では、無事に帰国できてから記者会見を開いた方がまだいいだろう。それまでに今後の対応を決めておきたいが、現状を説明して欲しい」
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カミン王国 東の都市 シェンクイ 東征軍司令所
「こちら、東征軍司令部。竜母ダーレン、応答しろ!
おい! 竜母ダーレン! 船長チョセイ! 」
ニワント王国への侵攻を任とするカミン王国の東征軍のうち、海軍を統括するサリーチは部下からダーレンの定時連絡が「緊急事態につき、詳細な返答不能」と不可解な連絡だったとの報告を受けて、自ら魔信機を手に取った。
しかしながら、ダーレンからの新たな応答は無い。
「ダメか……」
「どうしたのでしょうか? これは上申した方がよろしいのでは?」
部下からそう問われて、サリーチはしばし考えるような姿勢を取る。
「ダーレンは戦略上、重要な軍船であるからして、あまり不正確なことを上に言うべきでないと思うが……」
「はぁ、ですが……。ん? ダーレンから魔信です!」
「よし、繋げ!」
「こちら、ダーレン船長のチョセイ。報告が遅れて申し訳ない。本船は搭載していた竜を予備含め全て失った。現在、補給のためにそちらへ向かっている」
「なんだと!? 何があった?」
「……。それが……、連戦によるものです。1戦1戦での消耗が想定以上に多い。えー……。パロンバンと比べても竜母の運用や性能に何か大きな違いがあるのでは無いかと」
自身への責任追及を恐れて、僅か1戦、1隻の船を相手に40体の竜が墜とされたとはチョセイは報告できなかった。
しかしながら、実際のところニワント海軍にも想定以上に墜とされている。カミンにおいて竜母の実戦投入はこれが初めてで、運用方法は未熟だった。しかもパロンバン帝国の竜母の僅かな情報を元にしたことから性能自体が不完全。
そのため、彼の報告は2度の戦闘を連戦と称し、誇張したこと以外は報告には決して間違いは含まれていなかった。チョセイは責任逃れのためにそのような報告をすることにした。
「このダーレンがいなくなったことで海空での敵への攻撃が弱まる。
司令部には東部遊撃隊の増派を願いでたい!」
「分かったチョセイよ。東部遊撃隊を増派し、東部での攻勢を維持、いやさらに強めるべきか。貴殿らは速やかに帰還し、戦線復帰せよ」
「はっ!」
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日本 首相官邸 閣僚応接室
「現在、現地に残っている影山大使からの情報も総合しますと、カミン王国軍は首都タオヒンに向かって進軍を続けています。ニワント側も抵抗していますが、数・質と共に劣勢で徐々に首都への距離を詰められています」
嶋森総理以下、閣僚に対して防衛省官僚がニワントの戦況を説明する。
「次に、ニワント王国東部ですが海上ルートや山岳ルートから迂回してきた少数精鋭が
「護衛艦が巻き込まれたのもその一端か?」
嶋森はそう問いただす。
「そうだと思います。これについてですが、気になる情報がありまして……。こちらをご覧ください」
スクリーンに映し出されたのは3DCGのイメージ映像だった。
「これは護衛艦のレーダーが捕捉したデータを元に作成した物です。護衛艦に対し、航空攻撃を行ってきた艦艇だと思われますが、その形状が……」
「小さいがこれは……空母、だな?」
嶋森がそう呟く。その呟きはそこに居た誰もが思ったことの言語化であり、その重みの体現だった。
「はい、ニワント王国からの情報には無かった、新事実です。この世界にも空母が存在する。竜搭載型航空母艦。略して竜母とでも呼びましょうか」
「呼び方はどうでもいいが、問題はどれだけ脅威となるかだ」
「竜母自体が小さく、竜もレーダー上では実際よりやや小さく見えるなど地球の空母には無い特性もあり憂慮すべきですが、今回の護衛艦の被弾は判断の遅れが大きな原因でしょう」
続けて官僚はこの世界の航空戦力である竜は地球の航空機ほど多彩な用途に使えないことを説明する。
それを聴いて嶋森は少し安堵した。
空母は嶋森達が居た21世紀の地球に置いて重要な存在である。
空母は要は海上移動可能な航空基地であり、遠隔地に瞬間的に航空基地を建設できるような代物である。周囲を海に囲まれその脅威に晒されてきた日本に取ってはそのことは大きい。
「1名の殉職者を出しましたが、幸いにも自衛隊はこれを撃退できたようです。話を戻しまして、東部でのゲリラ攻撃が増えてきたのはこの後です。ニワント側は首都へ向かう敵に対して西側の防衛が限界で東部に戦力を割けず、カミン王国軍による東部での破壊や略奪が続いています」
「東部、アチットには日本が建造した施設があるな……」
「それも例外なく破壊や略奪の対象になっているようです。また復旧するにしても仮に今からでも1~2ヶ月はかかるかと。当然、戦闘が長引けば……」
「唯一の貿易国であるニワントから日本への輸出入は途絶えるか……。ならば……。」
嶋森が官僚の言葉の少し先を見据えて発言する。しかし彼はさらにその先の言葉を続けなかった。それを、簡単に口にすることははばかられたからだ。
「農水大臣! あと政府の食料備蓄のはどのくらい保ちそうだったか?」
「国民の皆さまには大変な努力をしていただいていますが、それでもあともって2ヶ月かと」
転移してから1ヶ月が経過していた。
日本の食料事情は水準を維持していくことがかなり難しい状態に置かれていた。
「もうそんなにか……」
「食料備蓄は大規模災害や経済恐慌を想定してですから、まさか他国からの輸出入が全く無くなる想定は流石に……」
言葉に詰まる農水大臣にうなずき返し、嶋森は別の方を向く。
「外務大臣、他の国との国交開設の見通しは?」
「以前と変わっていませんよ。
周辺国ともニワント以外出来ていません。南方の群島国家群とは何度かコンタクトを取っていましたが、ほぼ無視に近い状態です。それよりも遠方に行くのは海図もGPSも無い今、無謀な冒険です」
外務大臣の斎藤が覇気の無い口調でそう答える。
その答えはもう何度も聞いたような内容だった。
嶋森は「やはりか」と呟くと大きく椅子の背もたれに寄りかかる。
「……。」
「……。」
その体勢のまま数秒。誰もが総理である彼のらしく無い行動に視線を向けてしまう。
そして、さらに数秒後に嶋森は体勢を取り直し、一つの言葉を口にした。
「私は、もう防衛出動での早期決着しか選択肢は無いと考えている」
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