第16話 長い海路
護衛艦せとぎり 艦内
「……」
イアンは目が覚めると、知らない部屋にいることに気付いた。
そこが僅かな揺れから船の中だと気付く。
自分が綺麗で真っ白なフカフカのシーツの上で寝ていたことに気付く。
左腕を見ると自分の体に何らかの細い管のような物が捻じ込まれていることにも気付いた。
「目が覚めたか。自分の名前は言えるか?」
「イアン・エシーモ……」
イアンはそこにいた男から名前を尋ねられて反射的に答える。
「自分は、いったい?」
そう聞き返すと、男はまず、自らを大沼だと名乗った。
そしてイアンへと説明を始める。少しずつながらもイアンは状況が掴めてきた。
イアンは自分は飛竜兵として竜母ダーレンから発船したことを思い出した。
見たことの無い巨船から正体不明の攻撃を受けたこと。
そしてその船に飛竜ごと体当たりし、目の前が炎と血で真っ赤に
染まる中で意識を失ったこと。
そうして今は、その巨船に自分が収容されていること。
この大沼という男はその船の最高司令官だと
そして、その船の属する所は日本国の自衛隊だと。
「……。」
まだ全てを飲み込みきれていないイアンは茫然としていた。
「そういうわけで君の身柄は一時的に我々、自衛隊が預かる。要は君は捕虜になる。」
「そうか、俺はあんたら敵軍に捕まったのか。奴隷にでもしたければすればいいさ」
イアンがそう吐き捨てると大沼は予想もしていなかった言葉に一瞬ポカンとした。
しかしすぐにこの世界で捕虜になるとはそういうことかと思い至った。
「安心して欲しい。ジュネーブ条約は存在しないが……。君のことは人道的に扱おうと思っている」
今度はイアンがポカンとする番だった。
「ジュネ……? 今なんと?」
「失礼、こちらの話だ。君のことは規律を持って丁重に扱おうという意味だ。ほら、君の持ち物は返そう」
イアンに渡された革の鞄。
それを見た瞬間、彼は大沼から奪い取るように受け取ると中を漁り出す。出したのは一枚の小さな厚紙だった。
大沼がそれを覗くと40代後半ほどの女性の似顔絵が描かれていた。
「母さん……」
イアンがそう似顔絵に向かって呟いて、大沼は何となく事情を察する。
「それは君の母親か?」
「ああ、父は俺がガキの頃に死んでな。貧しい暮らしだったが母さんは俺を一人で育ててくれた」
そこからイアンは彼の中の何かが途切れたのか、大沼に自分の生い立ちや母親のことを話し始めた。
父も母も貧民の生まれであったこと。父は危険な連中に利用されてニワントまで禁輸品を運び、ニワント軍に殺されたこと。
その後は母親がイアンを育てていくためには身を売るしか無かったこと。
そしてイアン自ら、母に楽をさせたくて軍に志願したこと。
多くを大沼に語り出した。
「それは大変だったな……。ときに君は、何歳だ?」
「ん、確か25だ」
「そうか、若いな。ちょうど君たちとの戦いで亡くなった我々の仲間も同じくらいの歳でな。君と同じように大切な人のためにこの道を選んでいたはずだ」
「……。だから、どうしろと?」
「いや、どうしろという話では無い。君が本艦に体当たりしてことによる火災で彼は亡くなっている。私はそのときの君の行動が知りたい」
「……確か、この船の攻撃を見たとき。最初は理解できない攻撃に混乱した。
火を噴き、こちらを追いかけてくる大矢の攻撃には特に驚いた。
あの火を噴く大矢は一体? こちらを追いかけてきたがどういう魔法なんだ」
「もしかして、ミサイルのことか? 仕組みまでは詳しく教えられない」
「あれはミサイルというのか? あれには驚いたが常に上方向からこちらへ来ていた。だからもしかしたら下ならばと思ったんだ。
「ふむ……」
「海面を竜の足で駆けるように飛べば当たらないかもしれないと思った。だが、魔法をかけすぎて竜の速度を上げ過ぎたらしい。
制御不能の速度になった竜が火を吐きながらそちらに体当たりした」
「そうか……」
大沼は顎に手を当ててしばし考える。
対空レーダーはそもそも、波立つ海面スレスレが死角になりがちである。
そこに現代の戦闘機では無し得ない海面を駆けるという超々低空飛行。
さらには大沼や司令部の判断の遅れや迷いも有っただろう。
「ああ、つい喋り過ぎちまった。もうカミンに戻っても反逆者扱いかな……」
「どちらにしろ、今の君は全身に軽度の火傷に多数の切創、挫創、骨折と酷い。
医官が応急手当をしたが、自衛隊病院でも診てもらえないか掛け合っている。明日には日本に着く予定だ」
「そうだな……。助けてもらったことには感謝している。だが、同時にあなた達に墜とされた戦友の無念を俺は忘れない」
その言葉に大沼はゴクッと唾を飲む。
「私も……、大事な部下を失ったことを忘れない」
その後はお互いに言葉無く、しばし沈黙が続く。
しかし、頭上の艦内スピーカーに走ったノイズがその沈黙を打ち破る。
「大沼艦長、至急CICまでお戻りください。繰り返す――」
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アチット港 近海の岩礁 カミン海軍 竜母 ダーレン
「……」
竜母ダーレンより発船していった飛竜40体がわずか、1隻の船を相手に一瞬で全滅させられた。
それより幾何かの時間が過ぎているがその船内は長い長い永遠のような沈黙に包まれていた。
「バカな、40対1だぞ……。それを一瞬で……。クソッ、上に何と報告すればいいんだ……」
船長のチョセイだけは沈黙の中で同じようなことを何度も呟いていた。
「クソッ……。ふざけるな! 何がパロンバン帝国にも肩を並べる竜母だ!」
「船長! 上への定時連絡の時間ですが……」
通信兵がチョセイに恐る恐る声を掛ける。
「クソッ……。緊急事態につき、詳細な返答不能と応えておけ」
そうとだけチョセイは吐き捨て、通信兵を通信室へと向かわせる。
「船長!」
「今度はなんだ!?」
「い、いえ……。もう敵船は見えないほど離れましたし。そろそろ隠れていないで動いてもいいのではないかと。
これ以上留まっていてはニワントの船にでも見つかれば危険です……」
「竜を失った今、この船は魔力を失くした魔術師と同じか。クソッ……。敵地に長居することは無いか。よし、船を動かせ!」
多少は冷静な判断を取り戻したチョセイの指示で、ダーレンは隠れ蓑の大きな岩礁から離れていった。
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護衛艦せとぎり 艦内 CIC
「大沼艦長、CICに入られました!」
「艦長、これを!」
レーダー員が指し示したのは水上レーダーだった。
そこには何かの船影が映っていた。
「この形は……、空母か?」
「やはり艦長もそう思いますか。先ほど戦闘が発生した地点から南の辺りに隠れていたようです。現在は針路を本艦とは逆方向の南南西に取っています」
「空母か……。軽空母より小さいが、ニワントからの情報では無かった新たな脅威だな。では、あの竜たちは発艦元はこれか。総員! 対空・対艦戦闘用意!!」
「攻撃するんですか!?」
「相手に攻撃の兆候が見られたらだ。だが警戒は怠るな。
もう磯下のような犠牲は出さない……!」
「了解! 対空・対艦戦闘用意!」
そこからお互いが再びぶつかることは無く、2隻の船は故郷までの長い長い海路を進んでいった。
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