第15話 火を噴く大矢

 ニワント王国 アチット港 沖合上空


「これ以上、本艦に接近する場合。本艦への加害の意図有りとみなし、正当防衛を行う。これが最後の警告である。繰り返す――」


 カミン王国の竜母ダーレンから発船した40体の竜。そこに搭乗する飛竜兵たちにせとぎりが艦外放送で警告を続けていた。


「隊長、まだ巨船が警告して来ますが……」


「あちらも焦っているんだろ。なにせこの数だ」


 しかし、40体の竜は警告を無視し、時速200km近い速度でせとぎりへと接近し続けていた。


 ***************

 護衛艦せとぎり CIC戦闘指揮所


「艦長、目標は警告に応じません。攻撃の許可を」


「やむを得ない……。国民を危険に晒す訳にはいかないからな」


 護衛艦の兵装の管理を担当する砲雷長に攻撃の許可を求められ、艦長の大沼は攻撃の大義名分を自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


「ただし、2発だ。シースパローを2発だけ撃って、相手の出方を見てからだ」


「艦長。もうこれ以上、出方を伺っているのは危険かと思いますが……」


「向こうはミサイルを聞いたことも無い連中だ。もしかしたら驚いて退いてくれるかもしれん」


 大沼にはもう国民を守るためには戦闘は避けられないと考えてはいたが、敵であっても可能な限り死傷者を出さないようにしたいとも考えていた。


「分かりました。シースパロー2発、発射せよ」


「了解、目標をアルファ及びブラボーと設定。シースパロー、発射!!」



 ***************


 突如、巨船より轟音を上げて2本の炎と煙が空へと伸びる。


「なんだ!? 炎魔法か?」


 それは飛竜兵たちには巨船から炎魔法が発されたように見えた。

 しかし、その炎の先に巨大な矢のような物がこちらへ接近してくることに気付く。


「隊長! 大矢が飛んできます!」


「回避しろぉ!」


 いくらそれが巨大な大矢でもわずか2本の矢では不運でもなければ飛竜兵たちへ命中したりはしない――

 それが本当にただの矢であれば。


「矢が! 矢が追いかけてく――」


 そう叫んだ飛竜兵の1人にその大矢が命中する。

 彼は大きく急上昇し、大矢を避けたはずだった。しかし、大矢は意思を持つかのように高速で飛竜を追いかけ、そして飛竜と飛竜兵とともに爆発した。


 それとほぼ同時にもう1人の飛竜兵も同じ運命を辿る。


「ふざけやがって……! 広がれぇ! もっと速度あげろ!」


 隊長の号令で飛竜兵たちは広がった陣形を取り、さらに速度を上げた。

 その速度は飛竜に乗った人間が制御できるほぼ限界であった。

 そして、誰かが仇を取ってやると呟いた。


 ***************


「目標アルファ及びブラボー、レーダ上より光点消滅! 撃墜しました!」


「やったか……」


「敵編隊、散開陣形で速度上昇し、なおも接近! 速度は時速350km前後!」


「艦長! 敵はどうしてもこちらと戦うつもりのようです。一斉攻撃の許可を!」


「許可する。全兵装を使え! 国民への脅威を排除しろ」


 大沼はわずかに諦めのこもった息を漏らし、そう告げる。

 その指示を受け、既に準備の整っていた速射砲とCIWS近接防御火器システムのロックが砲雷長権限で完全に外される。


 ***************


 再び、巨船より轟音を上げて炎と煙が空へと伸びる。

 先ほどとは違い、8本もの数の大矢が空へと。


 飛竜兵たちの反応はさっきと打って変わって恐怖に近いものだった。

 この大矢は火を噴いて、意思を持ったようにこちらを追いかけてくる。


「かわせぇ! かわせかわせ!!」


 飛竜兵たちは限界を超えて速度を上げ、時速500kmにまで加速する。

 ある者は急上昇し、ある者は急下降し、またある者は大きく左や右へ旋回する。


 その速度に竜の体はともかく飛竜兵たち、人の体はついて行くのは困難だった。

 ある者は竜から振り落とされ、水面へと叩きつけれる。


 そして、その速度にあっても大矢には意味が無いように高速で竜を追い、木端微塵にする。


 僅かな間に8本の大矢すべてが飛竜兵に命中した。しかしそれだけでは無かった。

 次に巨船に備わったバリスタのような大筒から何かが発せられた。

 それがまたしても飛竜を撃ち落とす。

 さらに、その奥にある何かから無数の鉄のつぶてが飛び出し、飛竜の体を射抜いていった。

 そして、また大矢が火を噴いて現われる。


 巨船、海上自衛隊の護衛艦せとぎり。その猛撃がカミン王国の飛竜兵を一瞬で空から消滅させた。


 *****************


「レーダー上の光点は全て消滅!」



 ひとまずは脅威が去ったことに安堵感を覚えるせとぎりの隊員たち。

 しかし、艦長の大沼は何か嫌な予感がした。


「何かはこちらの攻撃命中前にレーダーから消えていったようだが……?」


「回避運動中に制御不能になり墜落したのだと考えられます」


 そうレーダー員が答えた、直後。

 大沼の悪い予感が的中したことが分かった。


「艦橋より! 本艦、右舷右げんの低空に至近距離で敵竜! 対処不能! 衝突します!」


「総員! 衝撃備え――」


 言い終わらぬうちに艦内に衝撃と轟音が響き渡り、揺れる。

 その場でうずくまるようにした大沼は顔を上げ、辺りを一瞥する。


 誰しもが訓練通りに何かにつかまり、あるいは体勢を低くとり、少なくともCICに目立った負傷者はいないようだ。

 しかし、艦内全体はまだ分からない。


「損害を報告せよ!」


「艦内中央区画付近で火災発生! 負傷者がいる模様!」


「くそっ……。応急班、現場に急げ!」


 ****************

 護衛艦せとぎり 艦内中央区画


「こっちだ! 負傷者がいるぞ!」


 せとぎりの艦内の狭い廊下には炎と煙が充満し、そこに1人の隊員が倒れていた。

 衛生科の海老名2曹はその隊員の顔をよく覚えていた。


「磯下!」


 その隊員は防衛大学校からの同期だった磯下2曹だった。

 配属されている科こそ違えど、艦内で見かければよく話す間柄だった。

 その馴染みの顔はすすけて真っ黒になっていた。


「おい! おい!」


 海老名は磯下の体を揺さぶるが反応は無い。

 直後に衛生長から怒声が飛ぶ。


「馬鹿野郎! 煙吸って喉をやられてるんだ。気管挿管だ! チューブ出せ!」


「はっ……、はい!」


 いつかの訓練で教えられた事例だった。

 高温の煙で気道を火傷し、呼吸が困難になっている。喉までチューブを入れて呼吸させなければ。

 しかし、海老名の手は震え、あるはずの器具を出すのに手間どる。

 そうしている間にも機関科の応急班による消火作業は進み、炎は徐々に小さくなっていく。


「何してる! 早くしろ!」


「はいっ……! これです」


 衛生長が素早くチューブを通し、空気を送り出すシリンジを海老名に手渡す。

 手でシリンジを何度も握る。ここまで訓練通りの処置をした。

 しかし、衛生長は磯下の口元に手を当てて険しい顔をする。


「自発呼吸が戻らない。まずいかもしれん……」


「えっ……?」


 海老名が泣きそうな表情で衛生長の方を見る。

 衛生長は磯下の胸部に耳を押し当てる。


「まずい、心臓が止まっている。俺が胸骨圧迫心臓マッサージする! AEDを出せ!」


 刻一刻と時間が進んでいく。

 炎は燻ぶるような煙に近づき、消火活動はほぼ鎮火へと向かっていた。


「AED……、ぐずっ……。準備できましたぁ!」


「よし、スイッチ入れろ!」


 ドンと磯下の体が電気刺激により痙攣する。

 だが、呼吸は戻らない。

 衛生長が胸骨圧迫を再開する。


「ひっく……。磯下、死ぬな……」


 その後、艦内に燻ぶっていた炎は僅かな火の粉までもが完全に消え去る。

 一方で、やがて衛生長がその両腕を止める。


「え、衛生長ぉ……」


「もう無理だ……。時間が経ち過ぎている。これ以上やっても助からん」


 海老名が何かを言いかけたとき、衛生長の無線が鳴る。


「こちら、CIC。衛生科、状況を報告せよ」


「こちら衛生科。航海科の磯下2曹の負傷を確認……。処置しましたが、助けられませんでした……」


 ***************

 護衛艦せとぎり CIC戦闘指揮所


「助けられなかったって……」


「死んじまったってことか……」


 CIC内にもその報告に動揺が広がる。

 海上自衛隊、いや自衛隊初の本当の血が流れる戦闘。そして、初の戦死者。

 しかし、おおすみからの無線連絡が入り、今はその悲嘆に暮れている暇は無いことを知らしめる。


「こちら、おおすみ艦長、江本より、せとぎりへ。そちらで火災が発生しているのを確認したが任務の続行は可能か?」


「こちら、せとぎり艦長、大沼。重要区画に損傷無し。既に鎮火。任務続行は可能と判断する。至急、そちらと合流する。それと……」


「どうした?」


「先ほどの戦闘で1名が死亡した……。通信終わり」


 大沼は無線を切る。

 あのとき、自分がもっと早く攻撃の許可を出していれば……。

 大沼には自分の艦で死者。それも戦死者が出たことにまだ実感が湧かなかった。

 それでも、先刻の判断が間違っていようが、戦死者を出した実感が湧こうが湧きまいが、まだ自分にはやるべきことが残っている。

 大沼は自分の頬を軽く叩く。


「艦長! 海上に人影を発見したとの報告です。先ほどの竜の搭乗員でまだ生きている可能性が高いと」

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