第14話 接近

アチット港 護衛艦せとぎり 艦内


数日前、ニワント王国からの輸送品を運ぶ3度目の貿易船団が出港したアチット港。

これまで戦闘こそ起きていないアチット港だったが日本政府がここで主にインフラ整備に当たる在ニワント邦人の保護と帰国支援を決定した。


「大沼艦長! おおすみ艦長の江本えもと一佐より定時連絡です。現在、任務に滞り無し。民間人の収容は順調である、と」


「ご苦労、こちらも異常なし。安心して任務を続行されよと返信せよ」


「了解!」


その政府の決定が下るや否や、幕僚部を通して海上自衛隊の護衛艦せとぎりと輸送艦おおすみに対して在ニワント邦人保護の命令が下っていた。

すでにアチット港ではおおすみに民間人、続いて現地で警備や建設に当たっていた陸上自衛官を収容し、せとぎりがその護衛に当たっていた。


中世のような古めかしい港に不釣り合いな現代的な設備が混ざり合った港にはおおすみに乗り込もうとする日本人数百名がいる。そこには大きな混乱は見られず、海も波穏やかであった。


***********************

アチット港 近海の岩礁 カミン海軍 竜母 ダーレン


カミン海軍の粋を集めたこれまでの海戦の常識を覆す竜母ダーレン。

パロンバン帝国西の大国にこういうものが存在するとの僅かな情報を頼りに完成させ、ニワント海軍の船5隻を短時間で沈めたこの船は、まだ竜母というものの存在を全く知らなかった対ニワント海戦においては決戦的な兵器として君臨していた。


この竜母はこれまで海戦に大々的に用いられることの無かった竜をまず、高度の操りの魔法で竜が暴れるのを防ぎ、風の魔法で飛行能力を強化する。そうした竜を平たく、細長い甲板を設けた船に大量に置き、一斉に飛び立たせ飽和攻撃を基本とすること海戦においても有効な空からの攻撃手段を生み出すことに成功していた。


「ニワントごときに竜が19体も墜とされるとは……。まだまだ改良が必要ということか……」


ダーレンの船長であるチョセイは先刻のタプスとの海戦を振り返り悔しそうな顔をしていた。


「ですが、船長。わずか船1隻で5隻の船を沈めたと考えれば英雄的な大戦果ですよ! もうニワント海軍など敵ではありません」


「ふむ、確かに君の言うことも一理ある」


チョセイがうなずく。味方が墜とされたことでなく、敵を沈めたことに考えの焦点を当てようとする。


「チョセイ船長! 陸の間諜より魔信です。アチットの港に見たことの無いおかしな巨船が2隻だけあると」


「おかしな、とは?」


「はっ、素材の判別がつかぬ黒っぽい船体によく分からぬ構造物が建っており、太陽をあしらったような旗を立てているとのことです」


「……。ニワント共も新兵器を出してきたのか? 良いだろう。例えどのような新兵器であっても、兵器開発に置いてはカミンが優れているということを、竜母の強さを見せてやろう。予備も合わせ全40体の竜をすべて発船準備せよ!」


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アチット港 護衛艦せとぎり 艦内 CIC戦闘指揮所


静かな青い海。その海面から覆い出た岩礁。その裏から突如として多数の飛行物体が飛び立ち、すぐさま海上自衛隊のせとぎりがそれを捕捉した。


「対空レーダーに感あり! 多い……! 数は40!」


護衛艦の脳であるCIC戦闘指揮所にレーダー観測員の声が響き渡る。

レーダー上では単なる光点。その40個の光点が近くの岩礁からせとぎり、そしておおすみに向かって明らかに恣意的な編隊を組んで接近しているのが分かった。


「敵味方識別装置に反応は?」


「あ、ありません……」


大沼はこれまでの長いキャリア、その全ての訓練を思い出し、今レーダーに映っているのが本当に脅威なのか。それを冷静に判断しようとしていた。


「では、敵か?」


そう尋ねた大沼に観測員は戸惑いながらも返答した。


「か、艦長。仮に味方のニワントだったとしても識別装置に反応は……」


「そ、そうだった……!」


地球の軍隊が使用してきた敵味方識別装置は相手から出る暗号化された信号を探知して味方であると区別する。その信号が出せないとなれば敵、少なくとも味方ではない。

しかしそれは地球の現代の軍隊の話である。この世界には信号を出すための電波。

そんな技術は存在していなかった。

大沼の長いキャリアにもそんなケースは無い。


所属不明機アンノウン、本艦より12km! 依然、時速200km程度で接近中! 本艦至近距離到達まであと約5分!」


「とにかく民間人を危険に晒す訳にはいかない。おおすみから離れて、せとぎりが所属不明機アンノウンを引き付けるんだ。それからすぐに市ヶ谷に連絡を!」


「了解! 急速旋回、全速前進!」


「おおすみへ、こちらせとぎり。本艦レーダーが所属不明機アンノウンを捕捉した。こちらで対処するため、貴艦は民間人に専念されよ」


大沼艦長は東京に在る自衛隊最高司令部である市ヶ谷に確認を取るように、さらに搭乗員たちへ指示を出す。


「総員に通達。第二種戦闘配置につけ! 対空戦闘用意! 

現在、本艦に所属不明機アンノウンが接近している。今の状況を鑑みれば敵性機である可能性があり、攻撃を受けることも考えられる。各員、最大級の警戒に当たって欲しい」


大沼艦長の頭をよぎったのは初めてこの海域を訪れたあの日。

多くの搭乗員も同じものがよぎった。

あの日、見た正体不明の飛行物体。あれほど先の見えない不安を感じたことは無い。


ただ、あのときは幸いにも戦闘に至らなかった。

創設からあのときも、そして今日まで海上自衛隊は、今まで直接の戦闘をしたことは無い。


いや、先の大戦後から自衛隊がそして日本が戦闘を、戦争をしたことは無い。


「頼む。出来ることならば……自衛隊に、日本に、俺たちに、どうか戦わせないでくれ」


国家の、国民の危機であれば自衛隊は命を賭して戦うのが使命。

そんなことは分かっているし、覚悟の上でここにいる。


でも、そんなことは無い方が良い。誰も命を賭けずに居られる平和が続く方が良い。

届かない望みかもしれないと分かっていても大沼は静かに呟いた。


********************

アチット港 おおすみ手前


「来てから早々に帰ることになるなんてな……。しかも戦争なんて……」


新陽新聞の特派員である増田はおおすみに収容される人の列に並びながら数日とはいえ、自分が寝食をしてきた仮設の宿舎に名残り惜しそうに目をやる。


「でもまあ、飯はイマイチだし寝るベッドは堅いし、帰れてラッキーって思おう。うん」


増田はそう心の中で呟いたつもりだったが視線を感じて、自分が声に出してしまっていたことに気付く。


「そうですか? 私はもう慣れっこでしたけどね」


そう返したのは同じ特派員の米道だった。

よりによって一番聞かれたくない人の前での失言に増田は取り繕おうとする。


「ああ、ええと……。米道さんは国際部だからこういうのは慣れてる?」


「そうですよー。北トロビア共和国って国に行ったことあるんですけど、そこなんかと比べると全然マシですねー」


増田は米道があまり気にしていなさそうで安堵した。


「それで――、あれ? なんだろ?」


見ると海上自衛隊の艦艇の一方、せとぎりがゆっくりと港から離脱していっていた。

同じく異変に気付いた人々がざわざわと騒ぎ立てる。


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アチット港 護衛艦せとぎり 艦内 CIC戦闘指揮所


「艦橋より報告! 所属不明機、竜と断定! 依然、所属の判別できません!」


「対象、本艦5km地点まで接近! これ以上接近を許せば、対処困難になります!」


「艦長、対象は艦外放送に答える様子がありません。敵性勢力と断定して攻撃することを進言します!」


次々と新たな報告が大沼の元にあがる。

しかし、大沼は慎重にならざるを得なかった。


「万が一、新世界の自衛隊の一発目が友軍への攻撃になれば、国際問題どころでは無い。それこそ日本は新世界での取りつく相手を失って存亡が危うい。市ヶ谷からの確認が来てからだ」



依然として近づく、40体の竜。 

大沼は自分が嫌な汗をかいているのを感じた。

市ヶ谷からの指示が遅く、大沼は内心では相当に焦っていた。

しかし、護衛艦の情報が最高司令部である市ヶ谷に通り、確認のため影山大使へ繋がれ、それがニワントの外交官であるアニンへ伝えられる。それがニワント王国政府へ通る。そこからやっと逆のルートで護衛艦まで欲した情報が戻って来る。


この複雑で遠回りな手順でしか意思疎通が出来ないため情報伝達の遅さはやむを得なかった。


*********************

アチット港 輸送艦おおすみ 艦内


せとぎりの行動に異変を感じた民間人たちが徐々に慌ただしくなっていく。

慌ただしいのはおおすみの艦内、海上自衛官たちも同じであった。

おおすみのレーダーにも竜を示す光点が既に映っていた。


「頼むぞ 大沼、せとぎり……。俺たちはお前らと違ってミサイルは積んでないからな。そいつらをおおすみに、俺たちが守るべき国民に絶対に近づけさせるなよ」


おおすみの江本艦長は慌ただしくなる艦内でそう静かに呟いた。


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アチット港 護衛艦せとぎり 艦内 CIC戦闘指揮所


「艦長! 市ヶ谷より。対象はカミン王国空軍機であると断定!

部隊行動基準に従って、正当防衛行動の許可でました!」


「分かった……。総員、対空戦闘用意!」


「対空戦闘用意! シースパロー短距離対空ミサイル発射準備完了! 敵機!いえ……敵竜をロックオン! 最短目標までの距離、4km」


「神は、俺たちを地球から引き離して、さらには戦えと言うのか……」


この付近で戦闘は起きない。だから俺たちが来れたんじゃないのか?

大沼はやり場の無い憤りを感じ、壁を強く殴りつけた。

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