第11話 そして新世界の日々は続く
安保締結より1週間後、ニワント王国 アチット
日本より
貿易開始に向けて最優先でアチット港を改造し、日本の船が通常通りに停泊出来るようにする工事が行われていた。
さらに並行して太陽光発電所、電波塔の建設もほぼ完了していた。
「あいつらが日本か、陛下はあの国と同盟を結んだのだとよ」
「見たか!? あの大腕の魔獣を」
「何を建てってるってんだ?」
「何でも雷の魔法を生み出す場所らしいが――」
野次馬が如く、ニワントの人々は珍しい物見たさに集まり、好き勝手に噂話を始める。
海では、護衛艦せとぎりが物資や人員を運んでくる民間船の護衛にあたり、
陸では民間会社の重機が慌ただしく動き、それを陸上自衛官が取り囲むように警備に当たっていた。
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新陽新聞社 東京本社
日本での転移に伴う原油資源枯渇問題。その対策として政府は国民に自転車通勤を呼び掛けていた。
運動不足の気になっていた増田はこの機会にと自転車で通勤したが、初夏も近いこの季節には会社に着いたときには汗だくになっていた。
「増田さん、すごい汗ですね」
「あっ、
増田が熱くなった自分の顔を触りながらハハハと笑顔を作る。
「ハンカチ使います?」
女性もののハンカチを目の前に差し出され、増田は何だか照れくさくなった。
何も無い宙に視線をやると余計に汗が出てきた気がした。
「おお、2人揃っててちょうどよかった!」
ハンカチが若い女性の手に握られたまま行き場を失っていたところに全く別の声が入ってきた。
この新陽新聞社の編集部長だった。
「実は、政府から各
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日本 首相官邸 大会議室
「日本が新世界に来てから2週間近いですが、ここまででニワント王国政府の聞き取りなどから徐々にこの世界のことが分かってきました。今回は要点のみまとめて説明いたします。詳細はお配りしました資料をお読みください」
この説明会に臨席していた嶋森総理はチラりと机上を見た。
机上には辞典と見間違うほどの分厚い資料が置かれていて内心げんなりとする。
嶋森が顔を上げると古めかしい大ざっぱな地図がスクリーンに表示されていた。
「大ざっぱな地図ではありますが、日本が今、存在しているのがここになります」
そう言って地図の右端の海が描かれるところが指し示しめされる。
「この世界ではかつてレーモと呼ばれる超大国が広大な地域を支配していました。その影響は全世界に及び、ニワント王国でも見られる中世とは思えない物のほとんどがそこを原型としています。その流れを組むのがこの西にあります――」
パロンバン帝国、そう呼ばれるこの世界最強の国がこの世界にはあった。
「さらにその周囲にパロンバン帝国の影響を受ける衛星国や属国が囲むように存在しています。その東にいくつか中立的な独立国があり、東へと順にカミン王国、我々が接触したニワント王国が並んでいます。ニワントは日本の西側、元々台湾があったあたりにあります。両国の距離は台湾と比べると近くなっていますが」
「今、言いましたようにニワントの東側、この地図では海しか記されてませんが……。本来は大洋しか無かった場所に日本が存在しているというわけです。この大洋は極東海と呼ばれています」
「極東海……。極東か。すると我々は……」
「そうです。日本は何の因果か、この新世界でも極東に位置しているわけです」
「北は厳しい寒さから前人未踏の地となっているようです。日本の南に行けば、幾つかの群島国家があります。その群島国家を実質的に束ねているのがこの巨大な島の国、ニューダリア共和国です。ニューダリアでは――」
日本が異世界転移してから何度も何度も会議会議。会議が途切れることはなかった。
嶋森は再度、机上の資料の山に目をやり、パラパラと少しばかりめくり出す。
これだけで何日も読み物には困らなそうだった。
『文字通りに山積みか』などと下らない考えが頭によぎり、自分が相当に疲れているのを実感した。
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カミン王国 王城
「陛下、間諜からの報告によりますとニワントの東で何やら奇妙な物が目撃されているようです」
「奇妙な物とは」
「恐らくは新型の魔獣兵器ではないかとの報告です。奇妙な服装の新部隊に運用させているようですが、数も少なく、何も無い東の端で使っているのではせいぜい試作段階では無いかとの見立てです」
「小賢しいことを……。だが警戒するに越したことはない、南の海から東の都市へと迂回する遊撃隊を増員せよ」
「はっ! ただちに!」
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護衛艦 せとぎり艦内
「なぁ、ここの廊下の灯りが消えてるのってさ……」
「ああ、これも燃料節約のためだな」
日本自体、燃料資源の不足で困る中であったがニワント王国という全くの別世界で活動する護衛艦せとぎり。
いつ何が襲ってくるか分からないここでは燃料の消費を極限まで抑えるのはさらに切実な問題だった。
「今日の昼飯も、量が少なく無かったか」
「言われてみればそうかもな。まあ、国民も食べる物に困っている中で俺達だけ食べるってのもな」
「何だかひもじいな。太平洋戦争末期の旧海軍になった気分だよ、俺」
「あんまり言うと、旧海軍の奴らが化けて出るぞ」
「異世界の次は幽霊とか勘弁してくれよ」
海自の同期である
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ニワント王国 仮設日本大使館
「かっ、影山殿ー! 聞こえておりますかー!」
アニンの顔が影山のPCにドアップで映っていた。
影山は電波が繋がっていると一安心した。
まだ突貫工事ではあるが電波塔が電波を送受信できるようになり、これでこの世界の通信手段に困らなくて良くなった。昨日、カミン王国や南方群島国家にコンタクトを取ったが、そのときはアニンが魔法通信機の受話器を持ったまま影山が喋るという何とも不格好な状態であった。
「聞こえてますから、そんなに大声出さなくても大丈夫です。これからはこうしてweb会議ツールも利用して話し合いを進めていきましょう。この方がお互い楽ではありますから」
「これが日本が作り出した顔を見ながら話せる魔信ですか……。ああいえ、魔法では無いから魔信では無いのですね。こんな物は魔法無しで作れてしまうとは……」
影山はこのツールが日本では無く海外の民間企業が作ったものであることは黙っておこうと思った。より厳密には現状では転移に伴い、やむを得ず日本企業がそれを無断でコピーして運用しているのだが。
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アチット航空監視所
「見ろよ、あの黒い巨船やっぱり日本が銀竜を飛ばしていたので間違いないぜ」
若き飛竜兵のフロンが港に停泊する日本の護衛艦せとぎりを指さしながら話す。
あの日、フロンは空自の戦闘機を目にし、そしてそれに呼応するかのような巨船の登場にフロンは好奇心を隠せないでいた。
騒ぐフロンのいきなり後ろから咳払いが聞えて、振り向くとやたらにふくよかな男がそこにいた。
「オッ、オッズ所長お疲れ様です!」
そのふくよかな男はここの所長のオッズであった。
普段は大抵の仕事を面倒臭がって所長室から出て来もしない男の突然の登場にフロンをはじめ、周りにいた竜兵達も驚く。
「お前達、新人の竜兵も含めここから7割の兵は西に向かえとの陛下からのご指示だ」
「西……。もしやカミンと……」
フロンの頭に嫌な予感が生まれる。ここ100年近く、平和が続いていたニワント王国。近年では主に西側でカミン王国との睨み合いのような状態が続いていたがついになのか。フロンはそう思った。
「余計な詮索はするな。想像もだ。ともかく西へ向かえ! 陛下の命令に従っていろ! 以上!」
フロンの予感をかき消すように怒鳴るような声を散らすオッズ。
そして、そそくさと所長室へと戻っていった。
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カミン王国 王城
「陛下! 先日、ニホンという国の外交官を名乗る者がニワントの魔信を中継して国交開設を求めてきました件ですが、そのような国はやはり存在しません。我が国の外交を混乱させるためのニワントの妨害工作という結論に至りました」
「ご苦労、外務卿。やはりかの国は害悪でしかない。我々による正しき統治が必要なのだ。では、軍務卿よ。本作戦の最終確認を」
「はっ! まずこの作戦の目的は第一にニワント王国が不当に占拠するカミンの最東端の土地、ルマシーキを奪還することにあります。第二に、そこを不当に占拠し続けるように指揮した、無法の根源であるニワント西端辺境伯であるロンホー伯爵と国王ショーハンの抹殺ないし拘束であります」
「うむ、続けよ」
「作戦の詳細はまずルマシーキの陸・海・空一斉同時攻撃による最速での強襲奪還。
その後、ルマシーキから東進する本隊と南の海より東へ迂回する遊撃隊とに別れ、西と東の両方から敵国の王都、タオヒンへ攻め入ります」
「よかろう、軍の編成はどうなっている?」
「東征軍と称します軍は歩兵、騎兵、その他魔獣兵を全て合わせ地上軍18000人、海軍は4000、空軍は800人となっております。合わせて、23000以上。ニワント全軍の3倍近い兵力です」
「ほぼ全軍か。それはまた随分と集めたものだ、かつて無い規模だ」
「民からもかなりの数、徴用しております。東進を続けているパロンバン帝国に対抗するためにはカミン王国もさらに強くならなければならないとの陛下のご意志を尊重致しました」
「そうだ。余はカミン王国をどこにも負けぬ強国にしたい。そのためにはまず、ニワントの征伐。奪われた土地を取り返し、悪しき統治者は排する。ルマシーキ奪還は大カミン帝国誕生の第一歩となるのだ!」
ニワントより西、カミン王国の王城。その薄暗い一室で重大な決定がなされていた。
各々の運命の歯車は回り出す。
日本という異物を組み込み、異音を放ちながらも――
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