第10話 日・庭 安保締結へ

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 日本 国家安全保障局


 日本とニワントの合同軍事演習より数日後のこと。

 ニワントの軍事同盟。もとい安保安全保障条約締結、その国防上の重大事項として国家安全保障会議NSCが開かれることとなった。

 嶋森総理、田元官房長官、斎藤外務大臣、剣持けんもつ防衛大臣の4大臣に加え、ニワント王国軍を実際に見た松間陸将補が出席した。


「これは日米安保と同等に考えるべきでない。彼らは米軍のようなパワーは無いのです。むしろその逆で必然的に日本がまず間違いなくニワント王国を守る側として扱われ、この世界のことが何も分からないうちに戦争に巻き込まれてしまう。まずは他の国との平和的に国交樹立が先です。まずは他の国と急ぎ、接触を……」


「何を言うか、斎藤大臣! 国防は国の独立・存亡そのもの! 国家運営において最優先だ。この世界のことが何も分からないと言うが、それを言うならば魔法や魔獣などと得体の知れないものを知り日本の国防に役立てるためにもいち早く彼らと条約を結ぶべきだ!」


 防衛のための武力であってもそれを最小限にと平和的外交を掲げる気弱な斎藤外務大臣と防衛のための積極的な武力の強化を主張する強気の剣持防衛大臣の対立構図がここにあった。


「まあ、2人とも落ち着きなさい。ときに、松間陸将補はどう思うかね?」


「個人的な意見でよろしいでしょうか?」


「それを聞きたい」


 嶋森総理に意見を促された松間は自分の感じた少年心くすぐるような体験を脳内で噛み砕いて陸将補らしい意見に言い換える。


「彼らの装備、確かに中世ではありますがやはり魔法や魔獣といった装備は侮れません。未知数です。もし他国が魔獣で襲ってきたとして自衛隊の攻撃が効かなければ国民の命が危険に晒されます」


「ですから……、まずは他国に襲われぬように外交的努力を尽くしましょう。防衛関係はその後です。それに自衛隊の攻撃が効かないなんてことありますか? 調査によると例の竜の体は硬い所でも亀の甲羅くらいでしょ?」


「アルマジロは銃弾を跳ね返すと聞く。ニワント軍はこの世界ではあまり強くないらしいのだろ? ミサイルを受けてもビクともしない竜を他国が持っていてもおかしくはない。それに外務大臣、現状では外交官が国交樹立に向かおうにも海空の安全が確保できていない。違うか?」


「う……。ですが――」


 長々と議論を繰り返していたがついに斎藤外務大臣が反論できずに言葉に詰まる。

 現在、外務省ではニワント王国と対立関係にあるカミン王国との国交樹立は保留し、

 日本の南にあるという群島国家群への外交に向かおうとしていた。

 しかし、ニワントから南の海には巨大な烏賊いかが出るだの、空には怪鳥が出るだの危険だとの指摘がされた。

 さらに南の海は正確な海図が無い。

 これが気弱な斎藤大臣の決断を鈍らせた。

 彼には万が一にでも外交官を死なせてはという恐怖心の方が勝っていた。


 議論はさらに続けられたが終始、剣持防衛大臣の優勢で進み、彼の意見に総理も官房長官も賛同する。

 日本はニワント王国との安全保障条約を結ぶことが決定された。


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 ニワント 枢密院


「ではやはり、貴軍は派兵はできぬと言うのか!?」


 ニワント王国の軍務卿、ナスマバルトが影山に襲い掛かるような形相で問いかける。

 影山は全権特命大使として日本とニワントの安保条約軍事同盟の最終調整を一任されていたが軍務卿が終始、日本に懐疑的な立場を見せていることで協議は難航していた。


「自衛隊の派遣が出来ないわけではありません、しかし厳しい条件がありまして場合によっては派遣できないことも往々にしてあるかと――」


 影山は言葉を選びながら必至に説明する。

 しかし、歩んできた歴史の差か、世界体制の違いの差か理解して貰うには長い説明を要していた。


「そういってのらりくらりと適当な理由を付けて派兵しないつもりか。そして自国の利益のみをむさぼるのか!?」


「いえ……」


 影山がどう説明すべきか言葉に詰まっていると議場の外が騒がしくなっているのを感じた。


「国王陛下の御成ーり」


 ニワント国王、ショーハンが侍従と護衛を引き連れて議場を入ってきた。

 議場にいた誰しもが席から立ち、膝を着く姿勢になっていた。

 慌てて影山も真似をするように膝を着く。

 口の字に置かれていたテーブルの一番奥へとショーハンが歩みを進める。


「すまぬな、他の用が立て込んでしまった。書記官、ここまでの概要を」


「影山殿の話を要約しますと、彼らの国は共和制であり、民が為政者を選び出します。さらに為政者による暴政を防ぐためにその行動を制限する国法が存在しているとのこと。その法では国は戦争をしてはいけないとなっている。そのために派兵は出来ないとのことです。そのために軍事同盟は無意味では無いかと軍務卿が反対されております」


 ショーハンはふむ、と少し考えるような表情になる。

 しばらくして影山の方へと振り向く。

 影山はこれまでの外交官人生で感じたことの無い全く別種の緊張感を感じた。


「影山と言ったな? 今の書記官の説明で間違いはないか?」


「はい、概ね合っております。ただ一点、訂正を。

 派遣が出来ない訳ではありません、状況が限られると申しております」


「と言うと……?」


 影山は長くなると分かっていながらも自衛隊が出動できる要件について事細かに説明することにした。


「――以上が、自衛隊が出動できる要件となります」


「なるほど、では親しき仲の国には派兵することはあるのだな」


 ショーハンが食いついたのは2014年、天田内閣下で定められた集団的自衛権の行使要件についてだった。


「はい、ですが日本に重大な危険がある場合に限ります。これまでに実際に派遣したことはありません」


「だが、親しき国の軍に食糧を渡したりはしていたのだろ?」


「ええ、おっしゃる通りです」


 さらにショーハンは自衛隊が米軍を中心に後方支援してきたことにも触れる。

 影山はショーハンが全くの別世界のことであるのに何と素早く理解するのだろうと驚愕する。


「実はな、余は先日の演習を見ていたのだ。貴軍の兵も武器も確かに不可思議ではあったが間違いなく強力であると確信した。

 そのような兵が1人でも、武器が1つでもあればニワントの明日は約束されよう!

 余は貴軍と同盟を結びたいと思う」


「陛下、お考え直しください! 海賊の次はこんな魔法も使えぬような訳も分からぬ国と同盟など……!」


 影山は軍務卿からの睨むような視線を感じた。国王の前であっても彼は態度を崩さなかった。

 しかし、ショーハンは諫めるように語り出す。


「同盟の約束では日本のすべきことは派兵、対してこちらのすべきことは魔法や魔獣についての情報提供のみである。ニワントに大きな不利益は無い。確かに日本について気になる点は多いが、今はこの国を護るために少しでも力が必要なのだ」


「陛下! 何と仰ろうと私は反対です。そのまさに気になる点のことです! 

このような異世界から来たなどと自称する気味の悪い国に頼らずとも我が国は我が軍が護る。それが道理ではありませんか!?」


「気味の悪いとは……。口を慎まぬか、ナスマバルトよ。これは王命である!」


 それ以上はナスマバルトは何も言わなくなる。

そのまま早足で議場を出て行った。


「すまぬな、影山よ。あれでもあの者なりに国を思ってのことなのだ。許してやって欲しい」


 影山は自分が逆の立場であればどうだっただろうかと考えた。もしかしたらあの軍務卿と同じような行動を取っていたかもしれない。

 異世界から来たなどと大真面目に言われても変な国と取らえるのが精一杯かもしれない。

そう考えた。


 宰相が書類の束をショーハンの前に差し出すと羽ペンが力強く紙上をなぞる。

 かくして、日本国とニワント王国の安保条約、もとい軍事同盟が締結された。


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日本 首相官邸


ニワント王国との安保締結の次の日の朝、嶋森総理は執務室にいた。

異変より、早くも1週間以上が経とうとしており激務が少しはなりを潜め出したことに嶋森は安堵していた。


「総理、今朝の新聞を読まれましたか?」


「い、いや。それが久しぶりにまともに睡眠が取れたもので……」


田元官房長官に話しかけられ嶋森が反射的に口籠る。

総理大臣という立場は一挙手一投足を見られている。

遅くまで寝るというのもなかなか許されるものでは無いという意識があった。


「こちらが朝刊の一覧です」


バサっと田元が机に新聞の束を広げる。

嶋森が目をやると右派的な新聞は「新安保体制、国防強固に」との旨を掲げ、左派的な新聞は「新たな戦争への懸念」との旨が掲げられていた。


さらに紙面をめくると今なお、解決にはほど遠い異世界転移に伴う経済や資源の混乱を始めとする諸問題についての記事が延々と続いていた。


「安保締結に経済難か……。まるで戦後だな……」


そう嶋森は呟いた。


また日が極東より昇るこの世界。時は進み、日はさらに高く昇る。

やがて日は高い空でその半分を雲に隠し、執務室が少し薄暗くなる。


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