第9話 日・庭 合同演習

 ニワント王国 王都タオヒン 王城 謁見の間


 日本とニワント王国のはじめての外交交渉より数日後、早駅馬車はやえきばしゃを乗り継いでアニンは王都タオヒンに赴いていた。


「アニンよ、それは真か。銀竜を持つ国はカミンでも南方群島国家でもなく、異界より来た国と」


「真なのです、陛下。私はこの目で日本には巨大な摩天楼が立ち並び、油で動く鉄の馬車が無数に走るのを見ました。彼らは魔法が使えぬ代わりに科学と呼ばれる学問を研究し続けたとのことです。

 軍事面においては竜では無く音よりも速く飛ぶ飛行機械、鋼鉄の巨船、炎を吹く大筒を備え付けた鋼鉄の馬車を持っております。カミン王国を、いえ、パロンバン帝国西の大国を超える軍事力を持っていると考えます」


「パロンバンを……。世界最強とも言われる国を超えるとな……。想像もつかんな」


 アニンが自らが見た事実、そして影山から聞いて解釈したことを伝える。

 

 ニワントの王、ショーハンは信じられないとは思ったが


「宰相よ、余も極秘に日本と我が軍の訓練をこの目で見ようと思う。かの国の力が真か、判断すねばなるまい」


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 ニワント王国 アチット陸軍分屯地 詰所


「マボトフ侯爵様、今日来るっていう日本軍はどんな奴らですか? かなり強いって噂ですけど」


「私もよく知らないが、数日前から港にいる黒い巨船。あれは日本の軍船だと」


「へぇ、海の戦いはよく分かりませんけど船ってデカけりゃ強いって訳でもないでしょ」


 兵士が海を眺めていると2つの巨大な黒い影が近づいてきた


 それは海上自衛隊の護衛艦せとぎり、そして輸送艦おおすみであった。

 一時的にニワント港を離れ、おおすみと合流したせとぎりが再び港へと近づく。

 港に停泊したおおすみから陸上自衛隊の主力装備が次々と降ろされていく。


「へぇ、日本軍ってのは魔獣を操って戦うんだな。ニューダリア南の大国の影響かな?」


 ニューダリアは魔獣部隊を中心の軍隊を構成し、それを利用した戦術を取っている。遠目では、そして彼らの常識では戦車や自走砲、戦闘ヘリが魔獣に映っていた。

 まさか、巨大な鉄の塊が動くとは夢にも思わなかった。


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 ニワント王国 アチット陸軍分屯地 演習場


「本日の訓練を指揮します、陸将補の松間です。あなた達に会えるのを楽しみにしておりました」


「お会いできて光栄です、松間副将軍殿。ニワント王国東部軍を任せられております侯爵のマボトフです。

 そちらが貴軍の兵たちでしょうか? 何というか……。変わっている」


 松間がビシっと敬礼をすると横にいた男達もそれに合わせて敬礼する。

 マボトフは男達をまじまじと見る。彼らは草や土のような鎧には見えぬ服を着て、魔杖か弩のような黒い武器を持っている。その奥には見慣れぬ角張った体をした魔獣とも破城槌とも馬車ともいえぬ巨体が鎮座していた。


 対して、松間はマボトフの煌びやかな鎧や奥で唸っている飛竜たちに内心ワクワクしていた。しかし、自衛隊の上級指揮官として寸分ともそれを顔には出さなかった。

 この演習、日本側にとっては異世界の軍隊、特に魔法や魔獣がどういったものなのかを調べる目的があった。


「あなた方の装備には魔法や魔獣というものがあると聞きましたが、自衛隊の装備はもっぱら銃や砲を主体としています」


「銃? 砲?」


「まずは普通科隊員による小銃射撃をお見せしましょう」


になえぇ!! つつ! 前へー、進め!」


 普通科隊員、いわゆる歩兵に相当する隊員たちが松野の号令に従って片手で小銃を担ぎ、前へ行進していく。隊員たちの半長靴はんちょうかから規則正しく音が鳴る。


「何と練度の高い行進か。少しの乱れも無い!」


 不可思議な軍隊の装いに疑問の目を向けていたマボトフも少なくともこの軍隊が厳しい訓練を積んで鍛え上げられた練度の高い兵たちであることを確信した。


つつ構えー! 単発射撃! 前方200! 撃てぇ-!」


 乾いた破裂音が黒い武器から鳴る。

 隊員たちの構えた89ハチキュウ式小銃から弾丸が放たれ、200m先に設置された弓兵訓練用の的が射貫いぬかれる。

 しかし、ニワントの将兵たちは何が起きたか分からずポカンとしていた


「撃ち方止め! 次、連発射撃!」


 隊員たちは小銃の安全装置レバーを連発射撃を意味するへとレバーを動かす。


「前方200! 撃てぇー!!」


 今度は乾いた破裂音が連続して炸裂する。けたましい音にニワントの将兵たちは思わず耳を塞ぐ。

 大量の弾丸を浴びた木製の的はすぐさま木っ端微塵になった。


「おおおぉぉーー!!」


 ニワントの将兵から歓声が上がる。

 黒い武器の力によって的を破壊した、それだけは少なくとも彼らは理解することが出来た。


「いかがですか? これが自衛隊の主力小銃、89式自動小銃です」


「これは、一体!? どういう武器なのですか?」


 魔法なのかと問うマボトフに松間は困りながらも出来るだけ基本的なことを簡潔に答える。


「銃や砲という物は火薬の爆発力によって金属の弾丸を撃ちだす武器になります。続いて、機甲科より10ヒトマル式戦車をお見せしましょう」


「戦車……?」


「戦車隊! 状況開始!!」


 何かもよく分からなかった巨体が動く。それは地響きをあげて草を生やした大岩が動いている、もしくは大角を持った地を這う魔獣にも見えた。

 その魔獣が馬並みの速度で演習場の大地を走り回る。


 再び演習場が悲鳴とも歓声とも判別出来ない声で騒がしくなる。

 それを気にせず、予定通りに事をこなそうとする松間は無線機を持って戦車に合図を掛ける。


「前方目標! 撃てぇー!」


 10式戦車は走り続けながら主砲を発射する。

 主砲から火炎を噴き上げ、的として設置されていた巨木が一瞬で消し飛んだ。

 間髪入れずに主砲が連続発射され、3本の巨木を全て吹き飛ばす。


「何という強力な炎魔法か……。松野将軍殿、これを貴軍はいくつ持っているのかね?」


「そうですね……。10式だけなら120両、全戦車でしたら400両ほどです」


「よ、400……。この恐ろしい魔獣が400も……!」


 マボトフ達には戦車が1人でに動いているようにしか見えず、強大な魔獣が松間の指示に従って動いているようにしか見えなかった。


「続いて、航空科より対戦車ヘリの実演を」


 遠くから風を切り裂く音が聞え、アパッチロングボウと呼ばれる対戦車ヘリコプターが演習場に駆け付ける。

 高台に設置された竜を模した木製のデコイに近づきホボリングを続ける。

 聞いたことの無い騒音と空の脅威の出現に奥で待機していた飛竜たちがうずくまるように怯える。

 だが、松間は努めて冷静もしくは冷酷にヘリに指示を出す。


スティンガー対空ミサイル、発射用意せよ!」


「こちらシマヘビ! ネガティブダメだ。目標、熱源無し。ロックオン出来ない!」


 松間の指示にヘリのパイロットが返す。

 アパッチに搭載されている対空ミサイルは熱源誘導であった。

 つまり通常は敵機のエンジンから発せられる熱を頼りにミサイルは敵機へと到達する。

 しかし、目標は木製のデコイ。熱など発しておらず、故にロックオン出来なかった。


「シマヘビへ。機銃攻撃に切り替えよ」


「了解、機銃射撃!!」


 ヘリの機銃から凄まじい速度で高火力の弾丸が射出され竜を模したデコイは跡形も無く消し飛んだ。

 任務を終えたヘリは近くの広場に着陸するために演習場から去っていく。

 特科部隊、いわゆる砲兵の実演も予定していたが、予想外に演習場が狭く危険なため中止となった。


「さて、我々の実演はこれで終わり。お見せしたのは自衛隊装備のほんの一部ですがいかがだったでしょうか?」


「いやはや……。なんと言いますか……、正直に申せば何が起きているのかほとんど理解出来ませんでした。だが貴軍の兵も魔獣も強い、そのことだけは伝わりましたよ」


「魔獣では無いのですが……。次はマボトフさん、あなた方の番です」


 松間は自衛隊のことが伝わり切っていないことにわだかまりを覚えつつも、ついにこの煌びやかな鎧の騎士たちや竜が動くのが見られるのかと少年のような心でいた。


「さ、左様か。で、では我らニワント王国東部軍も実演に移る!」


 煌びやかな鎧を身に纏ったニワントの騎士達が剣舞を披露する。


 海外の歴史ある観光地でもなかなか見れないものに自衛官たちから歓声と拍手が巻き起こる。


 さらに魔法の実演と称して魔導兵たち数人が魔杖を手に、何かを唱える。

 するとサッカーボール大はある火球が突然、虚空から現われた。

 火球は前へ投げられたように進み、木製の的を焼き尽くす。


 先ほど、戦車の砲撃に驚いたニワント兵とは対照的に今度は自衛官たちが度肝を抜かれる。松間も例外では無かった。


 そして飛竜達が空に編隊を組んで飛行する。竜たちが一斉に高台にある竜型のデコイに向かって口から炎を吐き出す。

 怪獣映画を彷彿とさせる光景たちに自衛官たちは息を飲む。松間は子供のころから大好きだった巨大ヒーローが怪獣と戦う特撮ドラマを思い出した。


「以上が、ニワント東方軍の実演である!」


「感動しました、マボトフ侯爵さん! 素晴らしい物を見せていただきました!」


 これまで自衛隊の上級指揮官として冷徹とも言える態度で演習に当たっていた松間も感動で心が抑えきれなくなり、マボトフの手を両手で握り、ちぎれんばかりに上下に振る。


「私は小さいころから特撮ドラマに出て来る地球防衛隊に憧れていて、それが自衛官になったきっかけで、今日見たものはまさに小さいころに見たのと同じ!」


「は、はぁ……。喜んでいただけたなら何よりですが」


 マボトフには松間が何を言っているのか理解できなかった。

 そもそもニワント軍は他国と比べても別に優れているわけでもない。特にマボトフが率いる東方軍は名の通り、国の東方を守るが東に隣接する国は無かったわけであり、よって西や南と比べても実戦経験も無く、予備役としての意味合いが強い。

 つまり決してここまで褒められるようなレベルの軍では無い。


 そして、自衛隊の圧倒的な装備を見て兵たちは気づかぬうちに心を乱されており、実演でも完璧に実力が出せたとは言えなかった。



 何を言われているかよく分からず、自分自身も自衛隊の実力に恐れおののいたマボトフには松間の言葉、それが皮肉にも憐みにも聞こえていた。


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