第6話 護衛艦せとぎり、西へ

 長崎沖 陸から離れた海域


「お頭ぁ、俺達いつまでこうなんですかね?」


「俺が知るか! 俺に政だ外交だなんだはよく分からん」


 長崎沖で停船させられているタプス率いる調査隊の帆船4隻は海上保安庁の船に囲まれながらプカプカと浮き続けていた。


「でも、ずっと海の上です。もうそろそろ昼になっちゃいますよ」


「けっ、このくらいで根を上げやがって。それでも海の男か!」


「お頭ぁ、もういいんじゃないですか? あんなよく分からない白い船に変な奴ら、強引に振り切っちゃいましょうよ」


「お前なぁ、これは王様の命令だぞ! 王様に助けられた恩を忘れたか!?」


「いやぁ……。確かにカミンの奴らから逃げ続ける生活はもう嫌ですけど……」


 タプス達は元々、カミンとニワント周辺の海で活動する海賊だったがカミン海軍に追い詰められ、ひもじい生活を送っていた。

 そんなときにニワントの王が海賊行為を止める見返りにニワント海軍の一員として迎えいれた。



「頭ぁ! 頭ぁ! 今度は黒い船です! 変な黒い船が近づいてきます!」


 甲板に出て外を眺めていた船員があわてて叫ぶ。


「なにぃ!?」


 タプスが甲板へ出ていくと黒い巨船が近づいていた。

 巨船はほの暗い黒色の船体であった。不思議な構造物が甲板上に建てられており、まるで船の上に要塞を築き上げたようだった。


「白い船もなかなかにでかかったが、コイツは馬鹿でかいな……!」


 タプスは巨船を見上げながら呟いた。その巨船とは護衛艦せとぎりであった。

 せとぎりから大音量で声が聞える。


「こちらは海上自衛隊所属、護衛艦せとぎりである。本艦はこれより貴船らを曳航する。本艦の目的は領海に侵入した貴船らを本国へ送還することである。繰り返す、こちらは――」


 ***************************

 長崎海上保安部 庁舎屋上


「アニンさん、念のためもう一度説明します。形式上、あなた達はこの国に不法入国しさらに凶器を所持していた。そのためあなた達の同意の元、あなた達を本国に送り返すことになっています。その際に我々が付いていく形になる」


「ええ、分かっておりますよ。何かあなた達にも難しい問題があるのでしょう。

 ところで、なぜこんな所で待っているのですか?」


 アニンは屋上で待たされている理由が分からずにポカンとした表情だった。

 影山が何と説明するべきか考えているとバババッと空で激しく空気を切り裂くような音がした。


「ひゃあ!? 何ですかあれは!?」


 空に浮かぶ白い機体。その中心に描かれている赤い丸。

 アニンが指差した先の空にはせとぎりより発艦した哨戒ヘリコプターSH-60Jが有った。


 ヘリは庁舎屋上の上空で静止し、徐々に高度を下げていく。

 アニンは激しいダウンウォッシュ回転翼からの風に思わず尻餅を突いた。

 やがて着陸したヘリから隊員が影山たちに乗るように促す。


「何と奇怪な形の竜……? 鳥? いや、これも影山殿がいう……」


「アニンさん、私に付いて来てください。これに乗って船まで向かいます」


「これも影山殿の言う、人が創った機械なのですか!? 落ちたりしませんよね?」


「ご安心ください。海上自衛隊として責任を持ってあなたを送り届けます」


 心配するアニンに操縦席に乗っていた海上自衛官が声を掛ける。

 それを聞いたアニンが恐る恐る乗る。

 ヘリは再度、高度を上げて海へと進み始める。


「あの、彼の言った海上自衛隊とはどういった組織ですか?」


 機内でアニンが影山に尋ねる。

 影山には既にアニンが別世界の人間だと高い確信があり、彼とは常識がかけ離れてると思ったためどう答えるべきか迷ったがやがて事実をありのままに伝えることにした。


「我が国の国防組織……。法的には軍隊で無いとなっていますが一般的には海軍に相当することになりますね」


「では、白い船の彼らは?」


「彼らは海上保安庁。海の警察組織です」


「警察……」


 アニンはあれほど早い船を警察組織が持っているのかと驚いた。

 そもそも、大国以外で軍隊と警察が組織として分離しているのは滅多に無い。日本はそれほどまでに社会制度の面でも進んでいるのだろうか。


「ほら、ちょうど海上自衛隊の船が見えてきました。このヘリはあそこに着陸します」


 アニンは窓から海を見下ろす。

 広大な海原に巨大な黒い船。まるで海に要塞が浮かんでいるようだった。

 そして要塞に故郷ニワント王国の軍船が縄で繋がれていくのを目にした。


「なんたる巨船……!」


 アニンは自分達がもしかしてカミン王国やパロンバン帝国西の大国よりも強大で危険な存在と接触してしまったのでは無いかと底知れない恐怖を覚えた。


 *******************

 護衛艦せとぎり 艦内


「飛行科より報告。艦載ヘリ、目標を回収し帰艦しました」


「同じく船務科より。曳航準備、完了しました」


 搭乗員たちが艦橋ブリッジにいた大沼艦長へ状況報告する。

 ここまで無事に進んだことに艦長は少し安堵する。


「ご苦労。例の外交官はどこへ?」


「まだヘリ格納庫にいるはずですが」


「分かった、そちらへ向かう」


 ***********************


「とても船の中とは思えませんね……。まるで王城のような……」


 アニンはヘリ格納庫で茫然としていた。

 ヘリパッドに着艦したヘリが格納されていく様子をずっと見ていた。

 隣で影山がどうしたらいいのか分からず手持ち無沙汰になっていると後ろから野太い声が掛けられた。


「影山外交官とアニンさんですね? 艦長の大沼です」


「はじめまして、アニンと申します。ニワントまでこの船が連れて行ってくださると聞きました。よろしくお願いします」


「ええ、最善を尽くします」




 大沼はこのひょろっとした男が例の自称外交官かといぶかしんだ。

 大沼には心から絶対に連れていきますとは言えなかった。

 気持ちではそうしたいとは思っていたがこの先、何が起こるか分からない不安の方が強かったし、アニンのことを信用しきってはいなかった。


「大沼さん、アニンさんにこの艦の中を案内しても?」


 影山が尋ねると大沼は微妙な顔をした。

 大沼は影山と違い、まだアニン達が単に不法侵入者だという線を捨てておらず、そんな者に最高機密だらけの艦内を案内するのはどうかと悩んだ。


「そうですね……。私が同伴します。艦内の一部だけならいいでしょう」


 どうせ普段からメディアを通して一般にも色々と公開しているのだから、それと同じくらいならいいだろうと大沼は判断した。


「まず、ここがヘリ格納庫でして――」



 甲板上で護衛艦の兵装についての簡単な説明をし終わったとき、大沼は太陽が真上にあることに気付いた。


「ちょうどお昼どきですし、お二人もどうですか? あっ、帆船の彼らにも勿論食事は出しておきますよ」


 *****************


「こちらが本艦の食堂になります」


 食堂に入ったアニンは慣れない刺激的な香りに気付いた。

 ちょうどこの日は金曜日であり、旧海軍から伝統のカレーライスが昼食メニューだった。

 ずらっと並んだテーブルで隊員たちがガツガツとそれを口にしていく。


「これは……、もしや香辛料……」


 見る限り、あの料理は全員に振る舞われている。

 これだけの香り……。貴重な香辛料を大量に使っているに違いない、それを全員に?

 アニンはそう思った。


「アニンさん、まずは一口どうですか?」


「で、では……」


 影山に促され、アニンはスプーンを手に取る。

 やはりこの香り、間違いなく香辛料だ。日本ではそんなにも貴重なそれが豊富に取れるのか?

 思い切って、口へ運ぶ。


「かっ、辛い!」


「すいません、水を!」


 影山は慌ててコップと水を探す。


「だが美味い!!」


 *********************

 日本 東京某所


 新たな夜を迎え、再び空に輪の形をした月が昇っていた。

 未明に月が輪になった昨日と違い、宵時から多くの国民がそれを目撃。

 日本中が更なる大パニックに陥っていた。


「天田先生、夜遅くに申し訳ありません。こちら手土産です」


 東京のある所、前内閣総理大臣である天田あまだ 陽壱よういちの住む邸宅に

 現職の総理大臣、嶋森明夫が訪ねていた。

 そこは月明りに照らされる美しい本格的な日本庭園のある邸宅である。

 しかし、月はやはり輪の形であった。


「あー、よいよい。変にかしこまらんでも」


 天田は寝間着姿のまま布団から体を起こす。

 年齢は70歳近く、総理の任を体調を理由に辞めた天田だったが立ち上がると年齢を感じさせない機敏な動きで元気に体操を始めた。


「先生、お体の方は……?」


「全く持って元気じゃわい。うちの家内が歳が歳がと心配性なだけじゃ。明夫くんは今年で何歳だったか?」


 嶋森は自分の下の名前を久しぶりに呼ばれた気がした。

 総理になってから総理や首相としか呼ばれず、家族とも会う機会も減っていた嶋森はそれだけで少し心が和らいだ。


「今年で46歳になりますが」


「若いな……」


「ええ、政治家としてはかなり。就任当初は戦後で最も若い総理と騒がれましたよ。それで今日、伺いましたのは……」


「今朝の会見のことじゃな」


「はい。思いついたかのように会見を開いてしまい国民をかえって不安にさせたのでは無いかと」


「まあ、あまり良い会見だったとは言えんな」


「やはりそう思われますか……。事実、国会前でも政府が調査を怠っている、何か隠し事をしていると主張するデモが起きておりまして」


「明夫くん、人間というのは誰かに責任を擦り付けたがる。災害のときがまさにそう。自然相手に怒りをぶつけても意味が無いから誰かに責任があることしてしまうのだよ」


「先生……」


「焦らなくても良い。今回の異変を打開出来れば自ずと国民は付いて来るよ。君はまだ若く、そして優秀だ。だからこそ私は君を後任に推したのだ。そんな優秀な君のことだ。もう何か策を打っているのだろ?」


「お褒めいただき光栄です……。はい、もう既に自衛隊に指令を出しています」


 40年以上に渡り、日本の政界を支えてきた偉大な男から褒められ、嶋森は体に再び血気が湧いて来るようだった。

 そして、この期待に応えなければならないと思った。


「私はもう戻らなければ。先生、お体を大事に」


 *********************

 護衛艦せとぎり CIC戦闘指揮所


 夜更けも過ぎた、未明の午前4時ごろ。

 以前、せとぎりは日本列島を離れ、西へと進んでいた。


「艦長、まもなく日本のEEZ排他的経済水域を抜けます。台湾の領海まであと数kmです」


「ついにか……。どうだ、レーダーに反応は?」


「いえ、何もありません。そろそろ戦闘機がスクランブル緊急発進してきてもおかしく無いのですが……」


 大沼がインカムを手に取る。


「総員に通達、本艦はこれより台湾の領海に侵入する。本艦の与えられた任務は戦闘でも武力による威嚇でも無い。しかしながら、場合によってはやむを得ない武力衝突やインシデントもあり得る。何が起きたとしても各々が自身の任を全うしてくれると信ず」


 CIC戦闘指揮所をはじめ艦内全体に放送が響き渡る。早い時間から交代で仮眠を取っていた隊員たちももう既にしっかりと目が覚めており、誰しも自衛官としての任を全うしようとしていた。

 大沼艦長は大きく息を吸い、インカムに向かって力いっぱいの声を出す。


「総員! 対空、対水上、対潜警戒を厳となせ!!」


「了解! 対空、対水上、対潜警戒を厳となす!!」



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