第7話 西の別世界
ニワント王国 アチット航空監視所 兵士詰所
「聞いてくれよ! 昨日パトロールしていたとき東にいつもと違う島がある気がしたんだよ。それで普段より東に飛んでいったら飛んでもない速さの銀色の竜が――」
「フロン、その話聞くの3回目だよ。お前の目の良さは分かったけどさ、そんな速さの竜はニワントにはいないって」
「本当に見たんだって、魔写も撮ったんだ! まあ、王都に送っちゃったけど……」
「どうせ寝ぼけて雲か何かを見間違えたんだろ。それに勝手にパトロールの範囲を超えるのは規則違反だ。所長のおっさんに相当絞られたじゃないか」
「うっ……、それはそうなんだけど」
フロンと呼ばれた若い兵士は仲間に謎の銀竜を見たことを信じてもらえない上に、オッズ所長に「面倒ごとを起こしやがって」とネチネチ責められたことを思いだして頭が痛くなってきた。
突如、監視所の鐘が鳴り響き異常の発生を伝える
「東に船らしき物が接近しているのを
***********************
護衛艦せとぎり
ニワント王国、東の海で護衛艦せとぎりは帆船を曳航しながら確実にニワントの陸地へと近づいていた。
「アニンさんに寄ればこの先に港があるから帆船と共に停泊して欲しいとのことですが……」
隊員がそう言うと大沼艦長は難しい顔をする。
「台湾のこの辺りに港などあったか? 影山外交官はここが地球では無い別世界かも知れないなんて言っていたがな……。にわかに信じがたいな」
「艦橋より報告、陸地を双眼鏡にて目視したとのことです」
「台湾か?」
「い、いえ……。何やら様子がおかしいようでして」
影山の言葉にまさかと思っていた大沼も要領を得ない隊員の言葉にあり得ない考えがゆっくりと浮かんでくる。
しかし、顔を上げた先、レーダー画面上に何かが映っていることに気付きハッとなった。
「対空レーダーに感あり! 数は7! 陸地から何か来ます!」
「戦闘機か!?」
「いえ、戦闘機にしては速度が遅すぎます。時速100kmほど。戦闘ヘリにしても遅い。反応も小さい……。例の竜型飛行物体の可能性あり!」
「艦長! 中国語、英語でも無線および発光信号にも応答ありません」
「艦外に向けて直接放送を行え! 念のためだ、対空戦闘用意!」
「対空戦闘よーい!
米国製の艦対空ミサイル、シースパローの発射準備がなされる。
それは上空の超音速で飛行する最新鋭戦闘機ですら撃ち落とすことが可能である。
もちろん、自衛隊がこれまでに実戦で撃ったことは無い。
今回も撃つことにならないことを祈りながら、大沼は発射命令に慎重になる。
「発射はもちろん、ロックオンも許可せんぞ。向こうの出方を見てからだ」
*******************
ニワント王国 東の海上
上空には飛竜兵と呼ばれる飛竜にまたがって戦う者達の姿があった。
「ひぇー、なんて大きさの船なんだ」
「見ろよ! 後ろのあれ、ニワントの軍船じゃないのか?」
「繋がれてるぞ! 捕まったのか?」
「銀竜の次は黒の巨船だ!」
巨大な黒い船がニワントの軍船4隻を太い縄で繋いでいた。
銘々が思い思いに騒いでいると、黒い船から大音量で声が聞えてくる。
「本艦は日本国海上自衛隊である。我々は貴機らの所属を知りたい。可能であればこの先の港への寄港を求む。繰り返す、本艦は――」
*******************
護衛艦せとぎり
「艦橋より報告! 接近中の飛行物体は例の竜です! 人が乗っています!」
「目標、以前接近! 主砲射程内! 発射準備完了しています!」
護衛艦に搭載された速射砲の攻撃準備が整った。
ミサイルで撃ち漏らした目標を撃墜するためである。
護衛艦が同時にコントロール出来るミサイルの数には限界があり、目標が多数ある場合、撃ち落とし切れず接近を許してしまう可能性は充分にあった。
武器使用を担当する砲雷科を始め、隊員たちに接近してくる不明飛行物体への緊張が高まる。
「艦橋より新たな報告! 陸地は中世のような街並みが広がっている。台湾には見えないと」
「竜型飛行物体搭乗員より、手信号あり。意味は正確には分からない」
「艦長! アニンさんに寄ると既に曳航中の帆船が通信を試みているようです!」
************************
ニワント王国 東の海上
「飛行隊長! やはりあの黒い船の後ろ、ニワントの軍船です! 軍船から魔信が!」
魔法を原理に動く通信機を重そうに背負った魔信兵が飛竜兵たちのリーダーである飛行隊長にそう伝える。
「この黒い船とともに港に停泊したいようです。どうしますか? 飛行隊長!」
「くそっ、なんなんだあれは……! 魔信兵、本部に指示を仰げ」
*************************
護衛艦せとぎり
「艦橋より。以前、目標接近! どう見ても生物です。その上に人が!!
確かに、あの自然な翼の羽ばたき方。そして乗っている人間達のリアルすぎる息遣い。現代の技術で再現出来るのだろうか。しかもしっかりと空に飛ばしながら――
さらにはその先の中世ヨーロッパのような港街。
言葉を失っていた大沼は自分の顔を強く叩いた。
これは夢では無い。現実だ。
「何ということだ……。ライブ映像は撮れているか? すぐに政府と繋げ!」
***************************
日本 首相官邸
せとぎりからのリアルタイムの映像がすぐに嶋森総理らが居た首相官邸の会議室へと流され、官邸は驚きに包まれた。閣僚達がまだ現実とは思えない情報に頭の処理が追いつかない中、総理の決断は早かった。
「総理、どちらへ!?」
総理の隣に座っていた田元官房長官は会議室から出ていく総理を呼び止める。
「田元官房長官、私はこの事実を日本国民1億3000万人と共有したいと思っている」
「それは危険です。間違いなく国民が、日本全土が大パニックに陥ります。情報開示は極めて慎重にするべきです」
「だが、事実は事実だ。それに私の口から今、伝えなければやがてデマや誤情報が広がり、国民はよりパニックに陥るだろう」
「ですが……」
官房長官が次の言葉を言いよどむと嶋森は言葉を続ける。
「今分かっていること全てを伝え、政府が全力をあげて動いていることも理解してもらいたい。そして国民に協力を願うことが重要なのだ」
天田前総理から言われた言葉が嶋森の頭に浮かんでいた。いずれ自ずと国民は付いて来る、ならばここで国民に嘘や隠し事は出来ない。ここで情報を伝えなければ国民はさらに不安がるだろう。
「しかし……。 いえ、分かりました。すぐに関係各所に連絡を」
************************
新陽新聞社 東京本社
「増田くん、官邸からだ。緊急の記者会見を30分後に行うらしい」
「30分後? 随分と急ですね。今回の異変についてでしょうか?」
「だろうな、すぐに官邸に向かってくれ」
中堅記者の増田は海外にいるはずの同僚や知人たちが気がかりだった。
最初はこの異変の中でもいつも通りに仕事をしていたが、2日と続く中でどんどん不安になっており、異変についての取材を回して貰えるように上司に掛け合っていた。
見ると時計は朝の5時を回った頃だった。官邸まで車で30分で着くかはギリギリ。
増田は急いで官邸へと向かった。
********************
首相官邸 記者会見場
「本日は朝早くより、お越しいただきありがとうございます」
早足で会見の場に入ってきた嶋森が挨拶と同時に深く一礼した。
これ見よがしにとばかりに報道陣のカメラからフラッシュが飛び交う。
「国民の皆さまとこの度の異常事態についての情報を共有したく、急きょ、会見の場を設けさせていただきました」
総理の横にモニターが設置され、何かの映像が映し出される。
会見場の照明が一部消されると護衛艦の艦首の先に翼の生えた竜が飛び、さらにその先に中世のヨーロッパのような街並みが広がっている映像だと鮮明に分かった。
報道陣たちも、これを見ていたテレビやスマホの先の国民も、誰しもが状況を理解できなかった。
「信じられないことですが、これはCGでも特撮映画でもありません。
これは、海上自衛隊の護衛艦が台湾沖であるはずの地点で捉えているリアルタイムの映像となります。ご覧の通り、あるはずの台湾の街並みは無く映像のような街が広がっています」
「こちらの映像、さらにこれまでに起きた複数の事象から極めて現実的かつ建設的に判断しましたところ、日本列島自体が地球に存在していない可能性が極めて高いと私は結論付けました」
「国民の皆さまに関しましては、噂やデマに流されることなく――」
総理の言葉が終わると官僚が質疑応答に入ることを伝えた。
質問のある記者に挙手するように伝えるが、誰しもが情報を受け止めきれず、なかなか手があがらない。
それでも1人、また1人と順に手があがっていく。
「総理、このあとご予定がありますので3人ほどしか回答できませんが……」
官僚が嶋森に囁く。しかし嶋森はそれを振り切るように記者たちの方を向いて声を大にした。
「今回は、1人1問とはさせていただきますが全ての報道関係者の皆さまの質問に現在お答えできる範囲で答えていきたいと思います!」
天田総理に言われた「焦らなくてもいい」という言葉が嶋森の頭に残っていた。
そういう意味で言われたのでは無い。全ての質問に答えるなど言われた言葉の拡大解釈だとも分かっていたが、嶋森なりに天田前総理の、そして何より国民の期待に応えようとしていた。
「総理! やはり、例の帆船は関係があったのでしょうか」
「先日お伝えした通り、帆船に任意同行を求めたのは海上保安庁の通常の業務範囲内でした。しかし、その船に乗員1名はニワント王国という国の外交官を名乗っており、それが事実である可能性が高いということです」
「映像は護衛艦が撮ったとおっしゃいましたが、これは政府による領海侵犯に当たらないのでしょうか?」
「本海域はニワント王国の領海だと推測できます。遺憾ながらわが国としても領海侵犯はやむを得なかったと判断します。ニワント王国当局との接触を図り次第、説明と謝罪の意を――」
早朝5時半より始まった会見は嶋森総理が質問に答え続けていき、夜が明けようとしていた。
日本国民誰しもが総理の一言一句を食い入るように聴き、その姿を今までに無いほどに凝視していた。
だから、このときは日本国民誰1人として気づかなかった。
この異世界においても日はまた極東より昇ることに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます